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月夜

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凪編

朝焼けの花

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僕ら二人でこの世界に生きる。
泉の真下を抜けて仕舞えば、アテネが作ったという家があった。
そこに二人で住む。
空には淡い夏の空が映る。
当然だ。
僕らの生活はまだ始まったばかりなのだから。
家族は元々居なかった。
実の両親は気がついたら姿を消していた。
莫大な金を残して。
代わりに叔父と叔母が面倒を見てくれたけど、二人は面倒くさがりやだったようで、時々しか家にこなかった。
流石に幼少期は毎日来てくれたが。
 
顔を見せなくて良いっていつも言われていたし、僕が居なくなってせいせいしたんじゃないかと思った。
美空のことは気がかりだけど。
かっこいいし、人気者だから。
多くの人が彼に関わって、僕の事など忘れさせてくれるだろう。
アテネと息ができる今は僕にとって至福の時間だから。
ずっと前からこうしていたかった気がするほどに。
もしも、また将来何をしたいのかと聞かれる機会があったら、自信満々にアテネと生きられるようにしたいというだろう。
二人でゆったりと過ごしたいと答えることだろう。
それくらい僕にとっては価値ある時間だったし、アテネにとっても同じだったようで。
 
ふと、面白い事を思いついたから口に出すことにした。
「僕らは多分、ずっとここにいることになるじゃん。そしたらもうあの街には帰らないことになるね」
「そうですね...もしかして未練とかあったりするんですか...?」
「そんなわけないでしょ」
アテネの手を頬に当てる。
冷たくないことに安堵しながら、僕はいう。
「そしたらさ、僕らがいた夏は二度と訪れないわけだね、あの街には」
 
ずっと夏が来ない街。
久しぶりに泉の真下に訪れて、上を見上げる。
もう何年経ったかわからないし、こちらとあちらの時間の流れの差なんて僕は全く知らないから何もいえないけど。
あの街の今に想いを馳せた。
僕らが出会って、共に過ごして、今こうしているきっかけを作った街。
美空や颯太など仲の良かった人々が住む街。
藍色の空に、蛍の光が見えた。
いつかの日と同じように飛んでいた。
誰かを連れてきたのだろうか。
空が少しずつ白んできた。
夜が、明けようとしていた。
僕らはそっと泉の下から離れた。
ここにいてはいけない気がして。
 
ポチャリ、という音がした気がした。
ゆっくりと何かが落ちてきた気がした。
なんだか怖くなってきて、アテネの後ろに隠れた。
聞き慣れた声が聞こえた気がした。
 「「会いたかったです」」
夜明けに蛍がふわふわと漂っていた。
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