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月夜

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アテネ編

夜明けの月

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僕は本当の渚なんて何一つ見ていなかったのかもしれない。
水に霞む月を見るように、渚への身勝手なイメージで作り上げた虚像だけを見ていたのかもしれない。
僕だけでなく、みんな。
本当の渚はか弱くて、消えてしまいそうで。
それでもイメージに応えるために頑張ってしまう子なんだ。
もしも、未来のない明日を描いたのなら、それを望んだなら。
渚は一緒に来てくれるだろうか。
それはきっと僕の腕の中に答えがあった。
一緒に湖の底へと沈んで結果的に渚は死んだ。
自ら明日を手放した。
それはきっと側から見たら避難されるような事なのだろう。
それでも、僕は嬉しかった。
すごく嬉しかった。
それ以外の言葉なんて要らないくらい。
そんな僕はとてもひどいやつなんだろうなって、自分でも思うけど。
それでも嬉しかったんだ。
他の人ではなく僕を選んでくれたという事実が。

空に浮かぶ月が一瞬見えたけど、もう消えてしまった。
きっとあの月はもう二度とみることが出来ないんだろうなと思った。
だってもう月は僕の近くに落ちてしまったのだから。
僕の月をそっと撫でる。
そっと身じろぎをしてから寝息を立てる僕の渚。
もう二度と離さない。
渚の家族は心配するのだろうか。
生活感皆無の家の中を思い出す。
渚の部屋以外は全て散らかっていなくて、まるでモデルルームのような、そんな家だった。
渚はいつからあの状態で暮らしていたっけ。
僕が死んでからか。
あれから渚はますますおかしくなっていって。
渚の本当の母親と父親ではない叔父や叔母が渚を見捨てたんだっけ。
テーブルの上に置かれた通帳と幾らかの現金。
手書きの手紙で、
「これであとは生活してください」
って書かれて姿を消してしまった。
渚はそれから必死に外では家族がいるように振る舞って、家では孤独だった。
だから僕みたいなのに魅入られてしまうんだ。
もしも渚の家庭が壊れていなかったら、僕のことを忘れていたら、渚は堕ちてこなかったんだろうなと思った。
何処かの国の神話では、黄泉の国へと自分の伴侶を取り戻しに行ったが、そこでの伴侶の姿を見て、恐ろしくなり逃げ帰ったという話がある。
その人は本当にお嫁さんの事を愛していたのかな、なんて思う。
継ぎ接ぎの体、虚なあの目。
何もかも壊れてしまった渚の姿さえも美しいと感じて愛せた僕とは大違いだ。
颯太や美空が乗り込んで来て、お前の愛は異常だとか、そう言うことを言われたけれど、お前らの方が異常だと思う。
そもそも僕らの関係だって、お前らが違ったら、こんな事にならなかったかもしれないのに。
なんて、そんなこと言ったってもう遅い。
黄泉の国に二人、永遠に囚われ続ける。
僕はこの運命に満足しているし渚も満足している様子だった。
「これは僕と渚が本当に望んだハッピーエンドなのです。逆に言えば、これ以上の幸せなんてないのです」
渚にそっとキスをした。
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