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月夜

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アテネ編

真実

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そう思っていたから。
君が僕に噛み付いた薬指を嬉しく思ったことや、僕の指にも同じものをつけてくれたことがただただ嬉しかった。
嬉しい誤算だった。
これで僕が消えたとしても、僕はあの世で寂しくないなと思った。
だって、君に愛された跡が僕の体に刻まれている。
これは幸せの証だ。
とても美しい幸せの形。
そっと指でなぞってみる。
思わず笑ってしまった。
だから、だから。
どんどん成長していって、僕を置いていく君が、僕と共に死ぬ運命を選ぶだなんて思っていなかった。
「ねぇ、アテネ。僕ずっと寂しかったんだ。悲しかったんだ。だってどこを探しても君はいない。僕の記憶からも消えてしまった。僕は悲しかったんだよ」
そんなこと言われたって僕には何も出来ない、だって僕は無力なんだから。
「ならせめて、僕を殺してよ。君と同じところに連れてってくれよ」
そんな勇気、僕にはない。
そんなことできやしない。
僕にそんな勇気があったら、こんなところで燻ってはいない。
「僕はもう生きるのが嫌なんだ。辛いんだ。君がいない世界なんて生きていたって苦しいだけなんだ」
何度も聞いたよ、その言葉。
そもそもどうしてそんなに君は生に執着するんだよ。
「だってアテネが言ったんじゃないか。生きてって。生きなきゃアテネの記憶を消すって僕を脅して、生きるようにしたんじゃないか」
その瞬間、僕は全部思い出した。
あぁ、僕が渚を壊したんだ。
僕が全部きっかけだったんじゃないか。
そもそも渚は元々生に執着なんてしていなかった。
生に執着し、成長し、主人公になった全てのきっかけは、それは。
「全部、僕が悪かったんじゃないか」

水の中で二人、混ざり合う。
肉体なんてものは脱ぎ捨てて、魂だけでどこまでも混じり合う。
もう良いか、生きるだとかそう言うことは。
結局、生きたって何にも良いことなんて起きなかった。
渚が人として、世界を変えたところで、人間は彼から全てを奪い取った。
ねぇ、この世界じゃ生きられないんだよ、渚は。
君はこの世界で生きるには純粋すぎる。
純粋無垢な存在は、この世界ではどこまでも汚され、蹂躙され、壊されるだけなんだ。
それなら、それなら...僕と共に死んで仕舞えば良い。
それに、僕は、もう嫌なんだ。
泣き叫び狂う君をみることが。
いい加減苦痛を感じて来たんだよ。
いっそのこと死んでくれた方が楽な事に気づいてしまった。
ここにいても救われないとわかっているなら、僕の作った理想郷で暮らそうか。
あの時君が願った死を僕が今叶えてあげるから。
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