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36,襲来

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 ―ドンドンドンッ

 夜になって一仕事を終えた時にスライムのレッドと復習をしていたら、店の入り口から勢いよく入り口のドアが叩かれる音がした。

「すまねえ、誰かいないか!」

 切羽詰まった声だ。緊急事態が起きたのだろうか。
 すぐにブラインドを上げてドア越しに見ると、1人の男性が立っていた。呼吸が荒い。

「どうされました?」

 施錠したまま用件をを訊いた。

「あの、ここにスペンサー草を持っている人がいるって聞いて」

 キラクさんとの会話を聞いた人から漏れたのかもしれない。まあ、こればっかりは仕方ないか。

「ありますけど、どのくらい必要でしょうか」

「今急いでるんだ。どのくらい必要かはわからない。一緒についてきてくれないか?」

「一緒に、ですか……」

 夜も更けてきている。正直言ってそれは勘弁してほしい。

「一刻も争うんだ。人が死にそうなんだ!」

「わかりました、すぐに出ます」

 ジタバタしていては命を落とす人が出てくるかもしれない恐怖が湧きあがってくる。祖父が倒れた時のことが頭を過ぎる。
 外にはまだ人もいるはずだ。そう思い、すぐに羽織れるものと鞄を持ってから出ることにした。

 店の鍵を閉めて、レッドには「ちょっとお留守番しててね」とだけ伝えて、男性の後ろについていく。

 男性は川のある方向に向かっていく。近くには崖がある。ここにはあまり人がいない。さすがに心配になってきたが、前の方にうずくまって横になっている人影があった。

「おい、大丈夫か、スペンサー草を持ってきてやったぞ」

 横になっていた人を男性が抱えるようにして言った。その人は目をつぶっていて、会話ができそうにない。

「これがスペンサー草です、きゃあ!」

 私が鞄から出したスペンサー草を渡そうとしたら、急に後ろから鞄を引っ張られてバランスを崩してしまった。
 その方向に目を向けると、4、5人くらいの人たちが立っていた。男性だけじゃなく女性もいる。

「馬鹿な女だな」

 私を見てにやりと不気味に笑う人がいた。この人は、ミリーフの町の潰し屋だった男だ。

「くっ、離しなさい」

 後ろから両腕をとられてしまった。

「姉ちゃん、スペンサー草に、それから貴重な鞄も持ってるらしいな。これはなんだ、【収納・中】効果があるんだな。よしよし、これが良い儲けになる」

「あなたたち、こんなことをして恥ずかしくないの!」

「恥ずかしくないさ」

 やっぱりこんな夜中に出歩くんじゃなかった。そんな後悔は遅い。
 すぐに頭を切り換え、頭を後ろに勢いよく倒して私の背後にいる人の顎を狙った。そして、急所を踏んだ。ケージくんから習った護身術をここで使わなくていつ使うのか。躊躇せずに思いっきり蹴った。

「ちっ、このアマ、ふざけやがって。もういい、ここで死ね」

 私の隙をついて剣を抜いた人が私を斬りつけた。しかし、痛みはない。
 
「なんだ、刃が通らねえ。くそ、スキル持ちか」

 そんなスキル知らない。
 けれど、相手が動揺していることがわかったのですぐに駆け出す。ダンジョンや店のある方向には潰し屋たちがいるので、その反対方向に走っていった。
 しつこく追いかけてきて、あと少しで追いつかれそうだ。

「そっちには崖しかねえぜ。しかも真下は激流だ」

 そんな声が後ろから聞こえてきたが、この人たちに捕まるよりはマシだ。逃げられるところまで逃げてやる。しかし、期待をしても前は崖だ。

 崖の前で立ち止まる。月明かりで下の方も見える。この流れはどこに繋がっているのだろうか。水の怖さは知っているので安易に飛び込むのは得策じゃない。でも、後ろには距離を詰めて潰し屋たちがじりじりと近づいてきている。

「どうするんだ? こっちに来たら命だけは見逃してやるぞ」

 そんなこと言ったって目撃者を殺めようとする意図しか感じられない。

(どうする!?)

 考える時間はない。少しだけ崖から距離を取って、一気にかけ出してから飛んだ。

(くそっ、飛べなんて考えても飛べるはずなんてないよ)

 真下は激流、水も冷たいだろうな。そろそろ水に達する時間だ、そう思っていた。いつまで立っても冷水の感覚はない。

「う、浮いてるの?」

 自分の身に起きたことがよくわからない。飛んだら浮いてしまっている。真下にはもちろん激流がこちらを呑み込もうと準備待機をしている状態だ。

「くそ、【飛行】付与のものを持ってやがったか。おい、弓を放て。魔法も使え」

 潰し屋が私を目がけて攻撃をするつもりだ。宙に浮いているけど、移動する方法がわからない。このままじゃやられる、そう思った時だった。

 潰し屋の方から「うわっ」とか「ギャー」という声が聞こえたかと思うと、灰色の物体が浮いている私に向かって素早く飛んでやってきた。

「きゃあ!?」

 灰色の物体は人だったようで、飛んできてから私を抱きしめるようになった。急な重みで一瞬だけ川に近づきそうになったけど、すぐに同じ高さにまで戻った。

「離して!」
 
 潰し屋かと思って必死に腕で突き放そうとしたけれど、堅いし動かない。こうなったら目だ、そう思って目つぶしをしようと思ったら、それをかわされた。

「捕まえた!」

 満面の笑みで声を出したのは、あの男性だった。

「ヒューバードさん?」

 夜空に浮かぶ月のように、私たちは川の上に浮かんでいた。
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