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第四章 西風を裂く剣
幕間 酒泉の義士
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閻行に指定された赤罌村の廟にて龐淯と偶然に出会った趙英らは、夜の焚火を囲んで互いの事情を話し合った。
涼州の現状の確認から、趙英らがこの西平へ訪れた目的までを話し終えると、次は龐淯が自身の事情を語り始めた。
黄河の西側に位置し、祁連山脈と北山山脈に挟まれた武威郡、張掖郡、酒泉郡、敦煌郡。河西回廊の別名でも呼ばれるそれら西域四郡は、かつては涼州に属していた。しかし度重なる反乱で州府のある漢陽郡と途絶してしまう事が多かった事や、ある程度の辺境開発も進んできていた事もあり、曹操が後漢朝廷の政治を司るようになると、それら西域四郡は雍州として分割され、最も都に近い武威郡に州府が置かれる事になった。
龐淯は故郷である酒泉が編入された雍州の各地で役人として働いていたわけだ。
余談であるが、これより後の時代、曹操の孫・曹叡の代になって、この雍州と涼州の名前がそっくり入れ替えられる事になる。
その理由は諸説ある物の、蜀漢の諸葛亮が「我らはまず涼州を落とす」と宣言して北伐を開始した時期と重なる事から、陥落した後も「涼州は奪われていない!」という見栄を張る為、或いは「砂漠の向こうまで取りに行くがいい」という嫌がらせを行った等、程度の低い理由ばかりが並ぶ事で後世にも物笑いの種となっている。
いずれにしても、その時期に州名が入れ替えられてから戻される事が無かった。その為「涼州」という地名が指し示す範囲が、曹操の丞相就任以前は隴山以西から西域四郡までの広範囲を、この建安年間では隴山以西のみを、そして諸葛亮の北伐以降は西域四郡を、という様に時代によって違ってくるのである。
とにかくこの時代に於いては、龐淯の働いていた西域四郡の行政区分は雍州だったわけである。
さて、そんな辺境の雍州でも近年は大きな事件が続いていた。曹操によって雍州として行政区分が分割されたわけだが、元々それを要請したのが地元である敦煌郡の豪族の張猛、それに応えた曹操によって雍州刺史として派遣されたのが中原は兗州出身の邯鄲商であった。張猛はその下の武威太守となる。
同じ城市の政庁で働くこの二人は年齢が同じで日頃から歯に衣着せぬ口論を繰り広げていたのだが、次第に仲違いが激しくなり、遂には張猛が邯鄲商を殺害してしまうという事件が起こったのだ。
邯鄲商が張猛暗殺を計画している事を察知して先手を打ったというのが張猛の言い分であったのだが、真相は定かではない。
邯鄲商から恩を受けていた龐淯は、その知らせを聞くと即座に馬を走らせ、邯鄲商の遺体の前で伏して号泣したそうな。兵士から取り押さえられても毅然たる態度で「殺したくば殺せ」と言い放った龐淯を見て、張猛も義士であると褒め称え、その命を奪う事は無かったという。
刺史を殺害し反逆を起こした張猛を討伐する為に朝廷から軍が派遣される事になるわけだが、その時に討伐軍を出したのが潼関で反乱を起こす以前の韓遂であり、その先鋒として直接討伐部隊を率いていたのが閻行だったのである。
その後、酒泉郡に立派な義士がいるという噂が都まで到達すると、曹操は中央に召したいと思い、龐淯にその旨の知らせを送ったのだが、この時はまだ母である趙娥が存命であり「老母がいるので雍州を離れるわけにはいきません」と断っていたわけだ。
だが趙娥が天寿を全うしたのを見届け、雍州での仕事も一段落すると、趙英に渡す宝剣「冰霄」を母から託されていた事もあり、龐淯は改めて中央への召喚を受ける事にして故郷を出発。
ところが涼州に入れば関中軍閥の残党軍が各地で小競り合いを起こしているという有様。反曹操の点で一致している軍勢が割拠する土地を、これから曹操に仕える文官が一人旅するなど危険極まりないという話である。
そこで龐淯は、数年前の張猛討伐で面識を持ち、なかなかの好漢であった閻行の下に一旦身を寄せる事にした。するとそこに漢陽で会う予定であった趙英がいたというわけである。
「すごい偶然だね」
呼狐澹の呟きに、一同が笑って頷きあう中、龐淯が話を続けた。
「だがここで再会できた事で、私の方の問題は解決かも知れんな。慧玉と共に冀城まで戻って逗留し、近々起こるだろう蜂起の手伝いをして、その後に来るはずの援軍と共に長安まで行き、そこから都に向かえばいい。閻将軍の口添えに関しても、私から丞相に直接出来ると言えば、良い返事が貰えるのではないかな」
「それは心強い」
そう答えた緑風子としても、この後の交渉材料が増えた事で一安心といった所だった。
その後、龐淯と趙英の思い出話を中心に焚火を囲んでの談笑が続いて、夜も更けていった。
閻行が廟に姿を見せたのは、翌朝の事である。
涼州の現状の確認から、趙英らがこの西平へ訪れた目的までを話し終えると、次は龐淯が自身の事情を語り始めた。
黄河の西側に位置し、祁連山脈と北山山脈に挟まれた武威郡、張掖郡、酒泉郡、敦煌郡。河西回廊の別名でも呼ばれるそれら西域四郡は、かつては涼州に属していた。しかし度重なる反乱で州府のある漢陽郡と途絶してしまう事が多かった事や、ある程度の辺境開発も進んできていた事もあり、曹操が後漢朝廷の政治を司るようになると、それら西域四郡は雍州として分割され、最も都に近い武威郡に州府が置かれる事になった。
龐淯は故郷である酒泉が編入された雍州の各地で役人として働いていたわけだ。
余談であるが、これより後の時代、曹操の孫・曹叡の代になって、この雍州と涼州の名前がそっくり入れ替えられる事になる。
その理由は諸説ある物の、蜀漢の諸葛亮が「我らはまず涼州を落とす」と宣言して北伐を開始した時期と重なる事から、陥落した後も「涼州は奪われていない!」という見栄を張る為、或いは「砂漠の向こうまで取りに行くがいい」という嫌がらせを行った等、程度の低い理由ばかりが並ぶ事で後世にも物笑いの種となっている。
いずれにしても、その時期に州名が入れ替えられてから戻される事が無かった。その為「涼州」という地名が指し示す範囲が、曹操の丞相就任以前は隴山以西から西域四郡までの広範囲を、この建安年間では隴山以西のみを、そして諸葛亮の北伐以降は西域四郡を、という様に時代によって違ってくるのである。
とにかくこの時代に於いては、龐淯の働いていた西域四郡の行政区分は雍州だったわけである。
さて、そんな辺境の雍州でも近年は大きな事件が続いていた。曹操によって雍州として行政区分が分割されたわけだが、元々それを要請したのが地元である敦煌郡の豪族の張猛、それに応えた曹操によって雍州刺史として派遣されたのが中原は兗州出身の邯鄲商であった。張猛はその下の武威太守となる。
同じ城市の政庁で働くこの二人は年齢が同じで日頃から歯に衣着せぬ口論を繰り広げていたのだが、次第に仲違いが激しくなり、遂には張猛が邯鄲商を殺害してしまうという事件が起こったのだ。
邯鄲商が張猛暗殺を計画している事を察知して先手を打ったというのが張猛の言い分であったのだが、真相は定かではない。
邯鄲商から恩を受けていた龐淯は、その知らせを聞くと即座に馬を走らせ、邯鄲商の遺体の前で伏して号泣したそうな。兵士から取り押さえられても毅然たる態度で「殺したくば殺せ」と言い放った龐淯を見て、張猛も義士であると褒め称え、その命を奪う事は無かったという。
刺史を殺害し反逆を起こした張猛を討伐する為に朝廷から軍が派遣される事になるわけだが、その時に討伐軍を出したのが潼関で反乱を起こす以前の韓遂であり、その先鋒として直接討伐部隊を率いていたのが閻行だったのである。
その後、酒泉郡に立派な義士がいるという噂が都まで到達すると、曹操は中央に召したいと思い、龐淯にその旨の知らせを送ったのだが、この時はまだ母である趙娥が存命であり「老母がいるので雍州を離れるわけにはいきません」と断っていたわけだ。
だが趙娥が天寿を全うしたのを見届け、雍州での仕事も一段落すると、趙英に渡す宝剣「冰霄」を母から託されていた事もあり、龐淯は改めて中央への召喚を受ける事にして故郷を出発。
ところが涼州に入れば関中軍閥の残党軍が各地で小競り合いを起こしているという有様。反曹操の点で一致している軍勢が割拠する土地を、これから曹操に仕える文官が一人旅するなど危険極まりないという話である。
そこで龐淯は、数年前の張猛討伐で面識を持ち、なかなかの好漢であった閻行の下に一旦身を寄せる事にした。するとそこに漢陽で会う予定であった趙英がいたというわけである。
「すごい偶然だね」
呼狐澹の呟きに、一同が笑って頷きあう中、龐淯が話を続けた。
「だがここで再会できた事で、私の方の問題は解決かも知れんな。慧玉と共に冀城まで戻って逗留し、近々起こるだろう蜂起の手伝いをして、その後に来るはずの援軍と共に長安まで行き、そこから都に向かえばいい。閻将軍の口添えに関しても、私から丞相に直接出来ると言えば、良い返事が貰えるのではないかな」
「それは心強い」
そう答えた緑風子としても、この後の交渉材料が増えた事で一安心といった所だった。
その後、龐淯と趙英の思い出話を中心に焚火を囲んでの談笑が続いて、夜も更けていった。
閻行が廟に姿を見せたのは、翌朝の事である。
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