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昭和20年編

久しぶりの顔

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朝から屋根に弾かれるような雨の音で目が覚めた。
あっ......あっ ここは
川端の家 この景色を見た途端一気に心も頭も戦時下に引き戻される。

私はドタバタ音を立て急いで居間へ
誰もいない、なんで?
畑からなにやら人の声が.....

「わしが入ろか?」
「無理やろ。役人さんに知らせよか」
「せやけど、自分らでやれ言われるやろ」
「はぁーかなんな なんでこんなとこに。」
「誰やろな....」

近所のおじさん、おばさんが、子供らまでが井戸を囲んでいる。
私もそれに参加する。
「どうしたの?」
ひろしにきいた。
「人が落ちてるらしい」「え?!井戸に?」
「うん」
私はビックリして井戸に駆け寄り覗き込む。
わぁ...ほんとだ。助けようにも、これはもう既にお亡くなりに、そしてきっとこれは自ら井戸に入った...んだ。

結局村一番の細めの男性が、井戸へ入り引き上げた。

近所に住む女性だった。戦況の悪さを嘆き、大切な人も失い希望を見失ってしまったらしい.....。

夏代姉さんは、私らが飲む水でやめてほしいわ!っとお怒りだった。

久々に会った私は、みんなの顔をまじまじと眺める。
「どないしたん?八千姉、気が触れたんか?」
ひろしが真顔で言う。
「いや。みんな生きてて良かったと思って」
「何言うとん。へんなのっ」

やっぱり正一さんの知らせは無かった。
同じ時に出征した人達の家族も、知らせは無いという。

私はおひささんに梅野さんは親戚か聞いた。
「いえ、親戚やないよ。お父さんが商売する時に神戸で世話になったから。その恩でうちへ引き取るて。」

神戸。商売?

ウ――――――― 空襲警報だ

「ほな いきましょか」
みんな慌てていない。貴重品だけ背負い防空壕へ向かう。
空爆は無いと、あっても田舎には無い。
それよりも重要なのは治安の悪化だという。
この村にきた人が泥棒となったり、気がおかしくなった人から身を守るのが優先だ。

この時の空襲で、神戸の町、市街地はほとんどが焼け野原となった。

やがて食料も少なくなり、配給では足りず、近所の燐組をまわりお金で買わせてもらえないか聞いて回ることになった。私もひろしを連れて行った。

「悪いけどうちもカツカツなんやわ。他あたって。」
誰も人様に売るほど持ってはいない。

日が暮れる頃、おひささんが、さつまいもの干したものと麦を担いで帰る。
おひささんの妹の嫁ぎ先から買ったと。
その晩私はおじやを作った。夏代姉さんと、少ない麦にさつまいもと畑の何かの葉っぱを入れて煮込む。

みんな喜んで食べた。
正一さんの弟達もホッとした顔を見せた。私は昨日まで、現代食を食べていたんだ、自分の分は下の子らに分けた。

夏代姉さんがみんなの前でぽつりとつぶやく
「正一さんどないしてるかな....」
父が目に力を込めて静かに話し出す
「たぶんやけど県内の訓練駐屯所で訓練して、陸軍防衛隊で各地の港に出兵やろか。今の状況やと案外はように、出兵やろな」

各地の港、主要都市の防衛隊....
沖縄の防衛隊は壊滅状態。本土は...空爆が主流だけど。
頭がぐちゃぐちゃになる。
もしかしたら.....。
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