ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第五章 フォアグラ教団編

第88話 二人の蟹座

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 無人の市街地。カニミソが対峙するのは、かつてトレミス士官学校で首席だった男。元王国軍少佐にして、現在はフォアグラ教団第九使徒。ピクルス・アクベンスである。
 ピクルスは背中から生えた触手を伸ばし、鞭のようにしてカニミソを攻撃。カニミソは手刀で触手を切るも、すぐに再生する。
「ハハハハハ! やはり弱いな! これが俺と貴様の実力差なのだ!」
 何度も体を触手で打たれ、カニミソはふらつく。
「簡単には死なせないぞ。じわじわと痛めつけて嬲り殺しにしてやる。貴様が俺にした仕打ちを考えれば、それでもぬるいくらいだがな!」
「君の怒りはわかるカニ。俺も本来騎士になるべきは君だったと今でも思ってるカニ。でも、いくら騎士になれなかったからといってテロリストにまで堕ちるのはよくないカニ!」
「何をぬけぬけと……親のコネなどという最低の手段で騎士になっておきながら、今更言っても遅いんだよ!」
 力強く打たれて吹き飛ばされたカニミソは、民家の壁に背中を打つ。
(つ、強い……果たして俺に勝てるカニか……)
 カニミソは壁に背をつけたまま、思いついたことを一つ尋ねてみる。
「き……君の目的は俺への復讐なんだろうカニ。だったら俺の首を差し出せば、もう市民や街への攻撃はやめてくれるカニか……?」
「残念だったな。確かに貴様を殺すことは俺の悲願だ。だがフォアグラ様の下で様々なことを学び、俺は更にその先の目標を得た。腐りきったこの国に革命を起こし、俺の理想の社会を作るというな。貴様への復讐などその通過点に過ぎん」
 ピクルスはカニミソの前まで歩き、いつでも攻撃できるよう触手の先をカニミソに向けた。
「冥土の土産に教えてやろう。フォアグラ様の治める新たな国で、俺は妖精騎士団を廃する。一つの星座につき一人までしか騎士になれないだなんて馬鹿げている。見てくればかりを重視した非効率なシステムだ。そして貴様のような、本人の実力が無くとも家柄や親の功績だけで高い地位に就く者を処刑する。真に実力ある者が正しく評価される社会を作るのだ!」
「あ、ああっ……」
 その盛大な野望を聞かされ、カニミソはうろたえる。
「俺はこれほどの大望を持っているにも関わらず、いつまでも貴様へのちっぽけな復讐に囚われている……だが貴様さえ殺せば、それにもようやく蹴りがつくのだ。貴様の骸を踏み台として、俺は更なる高みへ行く!」
 体を貫かんと一気に突き出された六本の触手が、カニミソに迫る。カニミソは左手を強く振って衝撃波を放ち、その勢いで跳んで避けた。
(だ、駄目だカニ……勝てる気がしないカニ……)
 戦闘能力では完全に自分を上回り、主張することはなんとなく正しいような気がする。武力でも言論でも負けている。
「フォアグラ様は素晴らしい……平民の身でありながら己が実力のみでのし上がり騎士となったお方だ。まさしく我が理想とすべき存在。そしてそのフォアグラ様を妬み陥れたこの国と妖精騎士団は真に腐りきっている。貴様という騎士は、この国の腐敗の象徴なのだ!」
 休む間もなく浴びせてくる触手の連撃。カニミソは相手から目を離さないようにしつつ逃げ回る。
「そうだカニ、君は実力実力と言っているけど、そういう君だって元は上級幹部だったのに今は下級幹部に落とされたと聞いているカニ!」
「それは挑発のつもりか? 痛い所を突いたとでも思っているのか? 確かに俺は、教団に入った当時は第六使徒の地位にあった。だが後から入ってきたより強い者、ポトフの改造により適合する者達に追い抜かれ、一時は第十使徒にまで落ち込んだのだ。だが俺はその結果に納得している! それこそが俺の望んだ実力主義社会のあるべき姿だからだ! しかし、納得しているのと低い地位に甘んじるのは違う! 俺は自分の一つ上にいたアブラーゲを倒し地位を一つ上げたのだ! そしていずれは第八使徒トリガラ、そして第七使徒チュロスをも倒し再び七聖者に返り咲いてみせる!」
 己に降りかかる逆境をも前向きに捉え、野望へと邁進するピクルス。王国軍時代の彼は、実力は確かだが高慢ちきで陰湿な奴という印象だった。これほどの熱さを秘めていたとは、カニミソも知らぬことであった。その姿は、最強の騎士になる夢を語る若き日のホーレンソーと重なって見えた。

 アクベンス家は土地が貧しく、貴族とは名ばかりの貧乏生活を余儀なくされていた小貴族であった。ピクルスは一族復興のため、多大な期待を受けて騎士への道を目指したのである。
 だが結果として、騎士になったのは自分より遥かに劣る実力のカニミソであった。しかもそれは騎士の息子で、大貴族の生まれである。ピクルスにとってこれほど許せないことはなかった。彼はこの国を見限り、かねてより敬愛していたフォアグラの側につくことを決意したのだ。
 いつか訪れる復讐の時、そして野望を叶える時の為、彼は自分を高めることに余念が無かった。ポトフの改造により、魔獣から切り取った触手を六本もその身に移植した。最初はこんなグロテスクなものを使って戦うことに疑念を抱いていたが、ポトフからこれが君に一番向いた武器だと言われて受け入れた。
 そして今、まさしく念願の時は来た。これまで研ぎ澄ませてきた全てをぶつけ、憎き相手を討ち果たす時。

「追い詰めたぞカニミソ! ここが貴様の死に場所だ!」
 市街地の袋小路。逃げ回るうち、カニミソは気がつくとそこに追い込まれていた。両腕を振り回して自身の体を覆うように衝撃波を展開し触手攻撃に備えるが、それを予測してかピクルスはすぐに攻撃はしない。そして衝撃波の隙間を見極め、一本の触手を滑り込ませカニミソの左手首に巻きつけたのである。先程までは鞭のように打撃武器として使っていた触手を、今度はしなやかなロープのように扱う。それはまるで手足の如き自在さ。
 衝撃波を放つ要である左手の動きを封じられたことで更に隙間ができ、そこに残り五本の触手が一気に襲い掛かる。全身の動きを封じるように巻きつき、力を籠めて締め付ける。
「グガッ……」
 カニミソの身体が軋む。
(ま、マズいカニ! 抜け出せないカニ!)
 焦ってもがくカニミソだったが、すると余計に締め付けられる。宣言通りすぐには殺さず、じわじわと甚振るように少しずつ力を強めてゆく。
(や、殺られる……)
 意識が遠のき始めたその時だった。カニミソはふと、正面から何者かがこちらに向かってきているのが見えた。
 援軍かと思ったが、にしては背が低い。まるで子供のような背丈だ。まさかムニエル様がとも思ったが、髪の毛が短い。それは十歳ほどの男の子であった。手には包丁のようなものを持っている。
「死ね! フォアグラ教団!」
 少年が包丁でピクルスを刺そうとしたところで、ピクルスは手で少年を軽く撥ね退ける。
「何だ、貴様は?」
「俺の父さんは、仕事で出張に行った先でテロに遭って殺されたんだ! 俺はお前達を許さない!」
 少年はすぐに立ち上がり、また包丁を向ける。
「駄目だカニ! 君の勝てる相手じゃないカニ!」
 市民は全員避難したはず。だとすればこの少年は、父親の敵討ちのために避難所を抜け出してきたということだ。
「ほう、これはいいものを見つけた。俺は今から、この子供を八つ裂きにして殺す!」
「何を言ってるカニ! その子は関係ないカニ!」
「こいつは俺に刃を向けた。その時点で俺にはこいつを殺す大義ができた。そしてカニミソ、これは貴様に最大限の苦しみを与えるためでもあるのだ。自分が弱いばかりに守るべき市民を目の前で殺される……騎士としてこれほど屈辱的なこともあるまい」
 ピクルスはカニミソを拘束していた触手を一本解き、その先端を少年に向ける。
「待つカニピクルス! さっきの話を聞いて、お前はお前なりの正義があってテロを起こしてると思っていたカニ! なのに罪も無い子供を殺そうとするだなんて……どうかしているカニ!」
「お前なりの正義だと? さもそれは世間的には正義ではないかのような口ぶりだな。これは俺なりの正義などではない。絶対的な正義だ! 常に正しきフォアグラ様に仕える俺もまた、常に正しいのだ!」
 先程までは復讐の勢いに乗っていた少年であったが、ピクルスに気圧されて竦み上がっていた。
 カニミソは触手が一本解けて拘束が緩んだのを確認すると、左手に魔力を集中する。僅かでも動かせるならば、衝撃波を発生させることはできる。触手を切って脱出すると、力の限り駆け出した。
「やめるカニィィーッ!」
 子供に覆い被さるように飛び込み、触手の一撃を背中に受ける。思った以上にその一撃は重く、内臓に響いた衝撃で吐血した。
「ガホッ……! だ、大丈夫カニか……ここは危ないから避難所に戻るカニ。お父さんの仇は俺が討ってあげるカニから……」
 カニミソがそう言うと、少年は頷いて逃げ出す。
「逃がすか!」
 少年目掛けて伸ばされた触手を、カニミソは手刀で切り落とす。
「ピクルス……俺はお前をこうさせてしまったことに負い目があったカニ。だからお前を倒すのを躊躇していたカニ。でももう吹っ切れたカニ。たとえ刺し違えてでも、お前を倒すカニ!」
「負けそうになったのは本気出してなかったからとでも? 格好悪いなあ」

 弱さ故の屈辱は、とうに味わった。
 カニミソ自身ですら予想していなかった騎士指名就任。他の十一人と比べ遥かに劣る実力は、当然自覚していた。だからこそ、手柄を立てて早く一人前の騎士として認められようと思っていた。
 士官学校時代、カニミソは早く実績を残したがるホーレンソーに何を焦っているのかと尋ねたことがある。だが騎士になってからは、焦っていたのはカニミソ自身であったのだ。
 そして挑んだ乱入男討伐。結果は知ってのとおり敗北。挙句フェアリーフォンを奪われ、騎士としての職務を執行することすらできなくなるという失態を犯した。そこからすっかり落ちぶれて、遂には尾部津などという下劣極まりない男と手を組むにまで到った。あの時のカニミソは、復讐心に取り憑かれていた。それこそピクルスや、先程の少年のように。フェアリーフォンを返してもらい騎士の職務に戻った後も、この弱さ故に味わった屈辱は決して忘れることはなかった。

 また甚振ってやろうと、ピクルスは触手を伸ばす。だがカニミソは両腕を高速で振り回し、それを木っ端微塵に切り刻んだ。
「無駄だ無駄だ! お前は弱すぎるんだよ!」
 当然、触手は瞬時に再生。ピクルスは二本の先端を尖らせて突きを放つ。カニミソは両の手刀で受け止めるも押し負ける。更に先程少年を庇った際に受けた背中の傷が急に痛み出し、顔を顰めた。ピクルスはその隙を見逃さず、残り四本の触手を突き刺す。両肩と両腿、四肢の動きを封じるべく的確に貫く。
「うっ、ぐぐぐ……」
 触手を抜かれるとカニミソは倒れそうになるも、根性で踏ん張る。
「やせ我慢か? 弱い奴ほどそうやって虚勢を張り自分を強く見せる」
 小馬鹿にされても構わず、カニミソは痛みに耐えながら走り出す。
「無駄なんだよ!」
 触手の猛撃を両手で捌こうとするも、こちらが二本に対しあちらは六本。文字通り手数の差で押し負け、何発も攻撃を喰らう。だがそれでも怯むことなく突撃する。
「そろそろとどめを刺してやるよ!」
 ピクルスは六本の触手を束ねてドリル状にすると、それをカニミソの心臓目掛けて突貫させた。カニミソは両手を合わせた手刀で触手を叩き軌道を逸らさせようとするも、パワーの差で押し切られる。触手は心臓を外れ、カニミソの腹をぶち抜いた。
「仕留めたッ!」
 歓喜に笑うピクルスであったが、直後、背筋に寒いものを感じた。カニミソは腹に触手を刺したまま、こちらに突っ込んでくる。
「カニイイィィィーーーッ!!!」
 絶叫と気迫に押され、ピクルスはその場から動けず。カニミソの左手が、ピクルスの胸に突き刺さった。
「ごはっ……な、き、貴様……どこにそんな力が……」
 僅かながらその貫手は心臓を逸れていた。まだピクルスに反撃のチャンスはある。束ねた状態でカニミソの腹に刺さった触手を解いて広げれば、カニミソの体は八つ裂きになって弾け飛ぶという寸法だ。
「死ね! カニミソ!」
 が、次の瞬間、カニミソが貫手を更に押し込んで放った衝撃波が心臓を切り裂いた。
「う、嘘だ……俺には成すべき未来が……こんな奴に……」
 ピクルスは口から多量の血を吐く。カニミソの腹に刺さった触手が朽ちて消滅し、ピクルスは崩れ落ちるように倒れた。
「か、勝った……カニ……」
 そしてカニミソも、それに覆い被さるように倒れた。


<キャラクター紹介>
名前:第十二使徒・霧雨のターメリック
性別:男
年齢:27
身長:178
髪色:水色
星座:水瓶座
趣味:ドラマ観賞
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