ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第七章 インターバル編

第132話 拳凰VS拳凰

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 朝。ムニエルが花梨の部屋に来たのと同じように、智恵理の部屋にもカニミソが業務連絡に来ていた。
「……と、いうわけカニ」
「うん、わかった」
 智恵理は返事をした後、カニミソの顔をじっと見る。
「ん? 俺の顔に何か付いてるカニ?」
「あんた、昨日死のうとしてたでしょ」
 智恵理が言っているのは、フォアグラの攻撃から魔法少女達を捨て身で庇おうとしていた時のことだ。
「弱い俺が騎士としての務めを果たせる方法がそれしかなかったカニ。結果として最強寺拳凰に助けられはしたカニが……」
 カニミソは眉尻を下げ、申し訳無さそうに言う。智恵理は無言で不機嫌そうにカニミソを見つめるばかりであった。


 ケルベルス山。ビフテキと対峙する拳凰は、長い幻覚から現実に引き戻されていた。
「……で、こいつは真実なのか?」
 拳凰は額に汗を浮かべ、険しい表情で尋ねる。攻撃をされるかと思ったらただ映像を見せられただけであり拍子抜けするところはあったが、その映像の内容は衝撃的なものであった。
「無論、真実です」
「あんたを信用していいのかわかんねえ。フォアグラみてーにクーデターを企んでて、それに俺を利用しようとしてるかもしれねーしな」
「用心深いのは良い事です。私が修行をつけただけのことはありましたな。さて、では約束通り本日も修行をおつけ致しましょう」
 拳凰の質問に対する明確な答えを示さないまま、ビフテキは再び幻覚魔法を行使する。
 そして拳凰の前に現れたのは――もう一人の拳凰であった。全身が影のように真っ黒で目だけが赤く光る、言うなれば影拳凰とも言うべき存在。
「ハハハハハ! 俺は最強だ! 誰も俺には勝てねえ!」
 現れるや否や、両腕を広げて下品な高笑いと共に最強宣言をする影拳凰。拳凰は身構えつつも、異様な存在を見せられて嫌な気持ちにさせられた。
「悪趣味じゃねーの。まあいい、要はこの偽モンぶちのめしゃーいいんだろ? この後デートが控えてんだ、速攻で終わらせてやる」
 先制攻撃を仕掛けようと踏み込む拳凰。だが、影拳凰の方が一歩早かった。一瞬で拳凰の眼前に迫った影拳凰は、鼻面目掛けてパンチを打つ。拳凰は体を傾けて躱し、影拳凰の拳は耳の横を通り抜け空を切った。
 瞬間、拳圧が突風を巻き起こし拳凰は吹き飛ばされた。すぐさま体勢を立て直しながら足で地面を力強く踏み込んでブレーキ。追撃に飛び込んできた影拳凰に、カウンターのストレートをかます。だが影拳凰は、自らが攻撃を受けることを厭わず突っ込んできた。拳凰と影拳凰、両方の頬に同時に拳が突き刺さる。お互い吹っ飛んで距離が開いたところで、拳凰はペッと口から血を吐き捨てた。
(この偽モンも痛みも出血も所詮は幻覚……だが幻覚だからと舐め腐って勝てる相手でもねーな)
 再び迫る影拳凰に対し、拳凰はこちらも駆け出し真正面からぶつかってゆく。相手の拳を右手の甲でいなし、左手で鳩尾に一発。怯んだ影拳凰に、追撃のハイキック。攻撃を受け続けても影拳凰はゾンビのように立ち上がってくるが、拳凰は攻撃の手を休めない。一瞬でも隙を見せれば相手は捨て身の攻撃に出てくるので、ひたすらに気の抜けない時間が続く。
(このタフさも、傷付くことを厭わないのも俺をコピーしたつもりか? めんどくせー相手だぜ)
 そう思った拍子に影拳凰に胸倉を掴まれたので、拳凰はその掴む腕を逆に掴み返す。強引に引き剥がすと自分のシャツも引きちぎれるが、そんなものはどうでもよい。そのまま片手一本で投げ伏せると、上から拳を叩き落し影拳凰を地面にめり込ませた。陽炎のように揺らぎながら、影拳凰は消滅。
「よし、これで終了。いつの俺をベースにしたのか知らねーが、案外大したことなかったな」
 拳凰はフェアリーフォンを取り出し、現在の時刻を確認する。
「デートまでまだ時間はあるし、次はマッチョジジイ、あんたが直接相手してくれよ」
 そう言ったところで背後から殺気を感じ、上体を回しながら裏拳を振りかざす。先程消えたはずの影拳凰が、姿勢を低くして裏拳を回避。脇腹に一撃を喰らった拳凰は吹っ飛び際に影拳凰の額に肘を入れる。
(復活しやがった!? いや……幻覚だから何でもアリってことかよ!)
 影拳凰は額から血を流しながら、空中の拳凰目掛けて跳び上がる。
「俺が最強! 俺は強くなりすぎた!」
 叫び声を上げ、力一杯アッパーを繰り出す。拳凰はその拳に掌を合わせて掴むと、勢いをつけて急降下し影拳凰を地面に叩きつけた。
「生憎てめーは大して強くねーよ。偽モン野郎め」
 だが、そう言った直後に拳凰は目を丸くする。先程の影拳凰が容易く消滅したのとは違って、今度は両足で力強く踏ん張り倒れることなく耐えていたのだ。
(さっきよりも耐久力が上がってやがる。さてどうすっか……)
 拳凰は視線をビフテキの方に向ける。
(俺の偽モンと戦うより、マッチョジジイ本体を叩くべきか?)
 魔法少女バトルで様々な試合を観戦していたが、自分で直接戦わず召喚獣に戦わせるタイプの魔法少女は貧弱な本体を狙うのがセオリー。だがこれがこの修行の趣旨と合っているかと言われると微妙な所だ。わざわざ拳凰の姿と戦闘スタイルをコピーした敵を出してきたということは、自分自身に勝てという意味合いの強い修行だと受け取るのが普通だろう。それにそもそも、ビフテキはとてもとても「貧弱な本体」には見えない。
(まあいいぜ。どうせなら俺の偽モンなんかよりマッチョジジイと戦いたかったしな!)
 影拳凰を振り解き、拳凰はビフテキへと一直線に走る。腕を組んで仁王立ちしているビフテキは微塵の隙も感じさせないが、拳凰は構わず振りかぶる。
 そしてその拳は、指一本に止められていた。
「何!? いや……これも幻覚か!?」
 一瞬ぎょっとするも、すぐに冷静になる。何が現実で何が幻か判らなくなるのが、幻覚使いの恐ろしさだ。
「ここまでですな」
 ビフテキの声が響く。その場にいたビフテキがすっと消えて、拳凰の拳は空を切った。後ろを振り返ると、そこには本物のビフテキと共にハンバーグの姿も。
「クソロンゲ、いつからここに」
「さっきまでお前と戦ってたのは俺だ」
「てめーかよ」
 影拳凰のまさかの正体。ビフテキの幻覚で姿を変えていたのである。影拳凰との戦闘で拳凰が受けたダメージも幻覚ではなく、実際に体に傷が付いていた。
「俺を倒したフォアグラにお前が勝ったからっていい気になるなよ最強寺拳凰。俺もあれから修行をしてよ、言っておくが今の俺の本気はこんなもんじゃねえぞ」
「はっ、上等だ。てめーへのリベンジはいつかしたいと思ってたんだ」
「申し訳ありませんが拳凰様、本日の修行はここまでです」
 バチバチとメンチを切るヤンキー二人であったが、そこにビフテキが水を差す。
「あ? まだ時間あんだろ」
「……実を言いますと、デートの時間を気にされて集中できなくなることがないよう貴方様のフェアリーフォン画面に幻覚をかけておりました。実際の時刻はもっと進んでおります」
「は!?」
 慌ててフェアリーフォンを取り出し幻覚の解けた実際の時刻を確認すると、約束の時間を大幅に過ぎている。
「マッチョジジイてめー!」
「そういうわけだ。決着はまた今度にしようぜ」
 焦る拳凰を、見下した表情でハンバーグが煽る。
「冗談じゃねーぞくそっ!」
 アプリから転移の魔法陣を呼び出した拳凰は、急いでその中に入りケルベルス山を発ったのである。


 それから少し前のことである。
「今日は楽しかったぞ、花梨」
 二人で街を散策していたムニエルであるが、お互い午後から別々の用事があるため昼前にそれを切り上げた。
「私も楽しかったよ、ムニちゃん。でもムニちゃん、もしかして何か辛いことでもあった?」
「いや、そんなことはない。とても楽しかったぞ」
 遊んでいる間も時折浮かない顔をしていたムニエルを見て不安に思った花梨が尋ねると、ムニエルははぐらかした。
「ではな花梨、明日のパーティでまた会おう」
 ムニエルはこれ以上追究される前にと、明るく振舞いながら手を振り転移の魔法陣で去っていった。
(本当にどうしたんだろう……)
 花梨はますます不安に駆られる。だけどもムニエルはとっくに姿を消してしまったので、仕方が無く自室に戻ることにした。

 せっかくなので拳凰と一緒に昼食を取ろうとしていた花梨であったが、暫く経っても拳凰が戻ってこないので一人でホテル内のレストランに行くことにした。
 妖精界では人間界のスマートフォンは繋がらないので、拳凰と連絡を取ることはできないのである。
 昼食を終えて自室に戻った花梨は、拳凰が来るのを待つ間ベッドに寝転がってごろごろする。以前の四人部屋ならチームメイトと楽しく話せた時間も、今は退屈で仕方が無い。いつ拳凰が来るかわからないので部屋を離れることもできず、ただ無意味に時間が過ぎてゆくのを待つのみ。
 暇を持て余した花梨はせっかくなので、前回ムニエルと街に出た時に買った妖精界の服に着替えてみることにした。拳凰が来た時に一目見てびっくりさせたかったし、着替えをしていたらラッキースケベを嗅ぎつけたように拳凰がやってくるかもしれないという期待も籠っていた。
 扉の開く音。
「おっ、いいもん見れたぜ」
 丁度ブラを脱いで白のパンツ一枚でレオタードに足を通そうとしていたタイミングで、案の定拳凰が入ってきた。
「ひゃあっ!」
 拳凰と目を合わせた花梨はびくりと身体を震わせ、丸出しの胸を両手で隠す。
「二日連続でお前の乳首見られるとかついてんな」
「もー! ケン兄のエッチ!」
 ある意味狙い通りではあるのだが、それで本当に拳凰が来られるとそれはそれで戸惑う花梨であった。
 花梨が拳凰に背中を向けると、拳凰の視線は純白の下着に包まれたお尻に向き、続けて足下に落ちたレオタードに向いた。花梨はすぐにレオタードを拾って、慌てて着始める。
「で、そいつが今朝言ってた妖精界の服か。なかなかいいじゃねーかスケベで」
 歯に衣着せぬセクハラは恋人になる前と変わらず。そればかりかお尻に掌でぽんぽんと触れてくる始末。
「お前案外といいケツしてるよな。もうガキのケツじゃねーよ。乳はまだまだ小せーけどな」
「もー……ほんっとエッチなんだから」
 あんまり触りすぎると花梨が不機嫌になるので、この辺で止めておく。
 花梨が正面を向くと、拳凰はとりわけ腰や太腿に多く視線を向けつつ全身を舐め回すように花梨のレオタード姿を堪能していた。
 可愛らしいピンクのチェック柄で、Vラインのカットは浅くやや露出度控えめなレオタード。それが花梨の幼げでキュートな印象と実にマッチしており、魅力をとても引き立てている。
「やべーな。最高じゃね俺の彼女。めっちゃ可愛いわ」
 ついこの間まで子供扱いでツンケンしていたのに、ひとたび恋人関係になった途端にデレて堂々と褒めてくる。拳凰の今まで見たことない一面に、花梨の胸がキュンとしてしまう。
「ケン兄ってばほんとにもう……」
 と、そこで花梨はようやく拳凰の状態に気がつく。全身傷だらけで出血もしており、明らかに一戦やってきた後だ。
「ケン兄、また戦ってきたんだ」
「わりーな、お陰でデートに遅刻しちまった。侘びになんか好きなもん買ってやるよ」
「そんなことより私はそういう怪我してくることが心配だよ」
 花梨は魔法少女バトルアプリを立ち上げ、ナース服の魔法少女に変身。早速魔法による拳凰の治療を始めた。
 床に胡坐をかいて座る拳凰は、治療する最中である花梨のスカートを捲り黒のレース下着を観賞する。魔法少女衣装の下着は普段の花梨のイメージとは一転した大人っぽいセクシー系なのである。
「さっきの白パン見た後のこのエロい黒パン見るのもなかなかいいもんだな」
「エッチ。エッチ」
 本当にセクハラに遠慮が無いので困りながら呟く花梨であったが、そういった行為を拒否する素振りは見せず。拳凰の好きにさせてあげている。
「はい、治ったよ」
「サンキュー花梨」
 拳凰は立ち上がり際に、不意打ちで花梨の額に唇を落とす。花梨の顔がぼっと火照ったところで、拳凰は花梨の頭をぽんぽんと撫でた。
「そんじゃ俺は自分の部屋戻って着替えてくるからよ、ちょっとだけ待っててくれ」
 手を振り部屋を出て行く拳凰を、花梨は惚けた顔で見送る。
(……彼氏になったケン兄のやることって、凄く心臓に悪い……)
 拳凰が戻ってくる前に、うるさく鳴る心臓をどうにか落ち着かせようとする花梨であった。

 一方自室に戻る途中の拳凰は、ふとあることを思い出していた。
(そういや急いで戻ってきちまったもんで、お姫様と結婚させられる件とかあの映像の件とか、詳しく追及しそびれちまった。まったく人が悪いぜあのマッチョジジイはよー)


<キャラクター紹介>
名前:天秤座ライブラのオムハヤシ
本名:オムハヤシ・ミザール
性別:男
年齢:24(125話当時)
身長:174
髪色:黄
星座:天秤座
趣味:ゲーム
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