ヤンキーVS魔法少女

平良野アロウ

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第八章 最終決戦編

第141話 拳士と剣士

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 ビフテキが拳凰に見せた残酷な幻覚。それは両親の死の瞬間を、忠実に再現したものであった。あまりにも辛い光景を見せられた拳凰は意気消沈し、吐き気を催すほどの事態に陥っていた。
(くそったれが……最低の攻撃しやがる……)
 相手の心を折ることこそ幻覚魔法の神髄。相手の嫌がるポイントを的確に抉ってくる。
 修行で手合わせしていた際にはここまでえげつない手段をとらなかったため、幻覚に手を抜いていたことがよくわかる。
(だがよ……負けるわけにはいかねーだろ!)
 拳凰は心を落ち着かせようと深呼吸し、ぎゅっと拳を握る。そして大きく振り上げ、空間を砕くように渾身のパンチを空に打った。
 砕け散る幻覚の世界。現実に戻ってきた拳凰はビフテキを力強く睨む。
「舐めんじゃねーぞクソジジイ。これで俺の心が折れると思ったかよ」
「ふむ……では次はどんな幻覚をお見せしましょうかな……」
 考え込む動作をするビフテキの顔面目掛けて、拳凰の拳が飛び込んだ。だがやはり二度あることは三度ある。ビフテキが消えると同時に拳凰は新たな幻覚に包まれる。
「何度も同じ手を喰らうかよ!」
 が、その瞬間必殺の拳が幻覚を砕き、瞬時に現実へと帰還。
「その斧は飾りか!? 幻覚なんか捨ててかかってこいよ!」
「なんと素晴らしき精神力! それでこそこの国を担うに相応しい!」
 拳凰の挑発に乗ることはなく、そればかりか挑発に挑発を返す。
「うるせー! 誰がてめーの言いなりになるかよ!」
 そこを目掛けて放たれた蹴り上げは、これまたビフテキの幻覚に当たっただけで空を切る。
「野郎……デカい図体してちょこまかと……」
 自分自身の幻をデコイとして残しつつ、本体は攻撃の当たらぬ場所へ退避。威厳に満ちた見た目とは裏腹なずる賢い戦い方は、修行での手合わせにおいても何度も拳凰を苛立たせた。だが何度も喰らっているだけに、それへの対抗策も拳凰の頭の中には既に出来ていた。
「てめーがどこに逃げ回ろうとぶちのめせる方法があるぜ」
 力いっぱい右腕を引いた構え。これはフォアグラ戦で見せたもの――ビフテキがそう思った矢先、全身に衝撃が走って吹き飛ばされ、後ろの結界に磔にされた。渾身の正拳突きが強烈な拳圧を巻き起こし、ビフテキがどこにいようが関係ない、結界内全体に余すことなく衝撃を与える必殺の鉄拳だ。
 即座に拳凰はビフテキに接近し、両手で猛烈なラッシュの追い打ち。結界を背にするビフテキは両手を素早く動かしそれを受け止めようとするも、拳凰の方が手数で優っていた。ガードを許さぬ神速の連打で容赦なく殴りまくり、最後にアッパーで突き上げた。
 錐揉み回転しながら吹っ飛び落下するビフテキを、拳凰は気を抜かず見つめる。はっきりと手応えはあったが、これも幻覚である可能性は十分にあり得る。
「流石は……拳凰様……」
 ボコボコにされたビフテキは、ピクピクと体を震わせる。
「それでこそ……この国の……」
「ハッ、てめーが俺を利用して何か企んでるのは知ってるが、俺はてめーの言いなりになるつもりは無えぜ」
 拳凰が突っぱねると、ビフテキははがくりと項垂れて気を失った。ビフテキと共に結界が消え、次の宮への扉が開く。
 意気揚々とステージを降りようとする拳凰。が、その時だった。拳凰の背後から、脳天目掛けて振り下ろされる大斧。消えたはずのビフテキが、いつの間にか背後に現れていたのだ。
 拳凰は振り向きもせず、腕だけ振り上げ裏拳で斧を砕いた。そしてそのままの勢いでビフテキ本体にも拳を当てて吹っ飛ばす。
「お見事……!」
 そう言いながらビフテキが消えると、今度こそ本当に結界が消え扉が開いた。
「勝ったぜ」
 いい笑顔で拳凰が振り返ると、花梨はほっと胸を撫で下ろした。
「ケン兄、ケガは?」
「大丈夫だ。つまんねー精神攻撃ばっかで体には何も喰らってねーからな」
 ぽんぽんと花梨の頭を撫でながら、拳凰は自分が無傷であることを強調。
 恐るべきはその精神力。いとも容易く幻覚から抜け出し状況を立て直すその姿は、見る者に衝撃を与えた。中でも幸次郎は、その強さにぞくぞくする思いを抱くほどであった。
(一体どこまで強くなるんだ、最強寺さんは……)


 階段を下りた先に待ち構えるは、双児宮を護りし双子座ジェミニのソーセージ。拳凰の父であるユドーフの死後、双子座の騎士を引き継いだ男である。
 だがどういうわけか、双児宮のステージは無人であった。
「え、どういうこと? 素通りしていいってこと?」
「どの道騎士を倒さないと扉は開かないんじゃないかしら。どこかに隠れているのかも……」
 梓が辺りを見回していると、突然ステージの中央でドロンと音がして煙の中からその男は姿を現した。
「+激しく忍者+」
 覆面に黒装束、絵に描いたような忍者らしい忍者。常に意味不明なな言葉ばかり口にし、感情を窺い知れない不気味な男だ。
「僕が出ます」
 前に出たのは、幸次郎である。
「一人目は負けるというジンクスを崩してみせますよ」
 三属性の剣トリニティーソードを鞘から抜くと、幸次郎の周囲に三色のオーブが出現する。
「ぃょぅ」
 ソーセージは右手を上げフレンドリーに挨拶するも、声には抑揚が無い。
「ソーセージさん……姉さんの件を貴方に訊いても無駄なことは解っています。だからこの先にいるカクテルさんに直接問いただします。そのためにまずは貴方を倒し、僕の剣が妖精騎士団にも通用することを確かめる!」
 気合を入れる幸次郎。そこに歩み寄ったのは恋々愛である。
「幸次郎……がんばって」
 透明感のある声でそう囁くと、頬に軽い口付け。突然の事態に気が動転した幸次郎は真っ赤になりながら逃げるようにステージに上がる。
「逝ってよし」
 と、その瞬間不意打ち気味に投げてきた手裏剣をオーブが防いだ。幸次郎は瞬時に気持ちを切り替え、そこから流れるような動きで黄色のオーブを剣の柄に空いた孔に収める。
「雷撃閃!」
 幸次郎の反撃は、離れた位置からの一文字斬り。稲妻を纏った斬撃を飛ばしてソーセージを狙うも、当たった瞬間ソーセージはドロンと消えてどこからともなく現れた丸太がその場に残された。
 木の焼け焦げた匂いが漂う中、幸次郎は辺りを見回しソーセージがどこに消えたかを探る。僅かな気配を頼りに、幸次郎は頭上へ剣を振り上げた。急降下攻撃を狙っていたソーセージは、瞬時に分身で躱すと幸次郎の両サイドに着地して挟み撃ちを狙った。対する幸次郎はオーブを赤に換装し、炎を纏った回転斬りで二人のソーセージを纏めて攻撃。一方はドロンと消滅し、もう一方は後方宙返りで避けて距離を取った。
「全身から湧き上がるこの喜び! >>1さんにとどけ!」
 意味不明な台詞を脈絡なく口走りながら、ソーセージは三人に分身。目にも留まらぬ速さで手裏剣を連投してきた。幸次郎は剣からオーブを外し、三つのオーブに剣も交えて金属音を響かせながら次々と手裏剣を叩き落としてゆく。元々守備力には自信のあった幸次郎。防御に使うオーブを三つにすることでより守りを固め、まさしく絶対防御を見せつける。
「もうね、アホかと。馬鹿かと」
 それに対するソーセージは更に分身を増やして手裏剣を撃ち込んできた。弾幕の如く飛来する手裏剣。いくら絶対防御といえど、これだけの数が相手では厳しいというもの。遂には肩を手裏剣が掠め、そこから一筋の血が流れた。魔法少女とは違って生身の肉体である幸次郎は、攻撃を受ければその身が傷付く。それでも怯まず立ち向かう幸次郎だったが、一度でも攻撃を喰らってしまえばそれ即ち絶対防御の崩壊を意味する。二発目、三発目とその身に手裏剣を受け、胴着を血で赤く染めた。
 この状況が続けば、先にジリ貧になって負けるのは幸次郎の方だ。これ以上防戦一方でいるわけにはいかない。瞬間、幸次郎の中で何かが閃いた。
(僕だって……最強寺さんみたいに!)
 防御に使っていた三つのオーブが、合体して一つになる。防御が剣一本になったことでここぞとばかりに手裏剣を打つ手を速めるソーセージだったが、何故かその手裏剣は一度に全て弾かれる。
三属性の剣トリニティーソード……究極形態アルティメットフォーム!」
 三つのオーブが合体した白のオーブが剣の柄に嵌められ、幸次郎の全身から白いオーラが溢れ出る。
「僕自身が……絶対防御だ!」
 幸次郎に触れそうになっただけで弾き返される手裏剣。これぞ幸次郎自身にオーブの持つ防衛能力を付与した新形態だ。
「あの野郎、土壇場で新能力に目覚めやがった!」
 拳凰はニヤリと笑ってガッツポーズ。
 手裏剣が効かないと理解したソーセージは、更に分身の数を増やしクナイを手にして一斉に幸次郎へとなだれ込む。
「これで決める!」
 垂直に立てた剣を眼前に構えた幸次郎は、力の限り大降りで薙ぎ払う。
「秘剣・無限斬!!」
 ただの薙ぎ払いではない。結界内全域を流星群の如く斬撃が迸り、全てのソーセージ分身体を一撃の下に切り捨てた。
 一人に戻ったソーセージは、ステージ中央に力無く倒れ伏す。
「あぼーん」
 そう一言だけ言ってソーセージが魔石に封印され消えると、結界が解け奥の扉が開いた。
「おめでとう幸次郎!」
 恋々愛がステージに駆け上がり、幸次郎を抱きしめた。戦闘の緊張が解けた途端に今度は柔らかい胸の感触がやってきて、幸次郎はてんやわんや。
「花梨ちゃん、幸次郎のケガ、治してあげて……」
「うん、任せて」
 恋々愛の頼みを受けて花梨はステージに上がり、痛々しい血まみれの幸次郎に治癒魔法をかけ始めた。
「やったよ梓! あの子一人だけで騎士に勝ったよ!」
 幸次郎の勝利を喜ぶ智恵理であるが、梓は浮かない顔。
「それよりも智恵理、わかってる? 次の相手は……」
 それを聞いてはっとした智恵理の表情が、暗く沈む。
 次の階段を下りた先、智恵理にとって辛い戦いが待っているのである。
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