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チュートリアル
2.無転換者
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2.無転換者
「それにしても、荒野は運がいいよね。だってあんなトンデモ大転変があったっていうのに、奇跡的に性別が変わらずに済んだんだもん」
「……本当にそう思っているのか?」
一年A組の教室にて、俺は後ろの席にいる紅葉をギロリと睨んだ。
すると、紅葉は背中に氷でもぶっ込まれたように肩を跳ね上げる。
「うそうそ、冗談だよ。荒野は荒野で大変だってことくらい、ボクにも分かっているよ」
紅葉は困った表情で、胸の前に両手で×を描きながら停戦を持ちかけた。
まあ、紅葉だって本気でからかったわけじゃなく、落ち込んでいる俺をどうにかしようと気を遣ってくれたのかもしれない。
こんな女の子の姿になっても、小学生からの幼馴染で、大切な〝男友達〟なのだから。
……そうだ。俺、木枯荒野は、紅葉や他の連中とは違っている。彼(彼女)らのように、あの隕石によるウイルスで、性別の変わらなかった数少ない人間だ。
〝不幸〟なことに、大転変を従来と同じ性別のまま乗り切った人間。そういった者たちのことを、いつしか人は【無転換者】と呼ぶようになっていった。
紅葉は幸運だとかぬかしていたがとんでもない。ここからが地獄の一丁目だったんだ。
なんたって、時を追うごとに周囲は性別が変わったことを前提にして動き出している。
世間は反転した社会に適応するべく日夜変化していくなか、何一つ変わることがなかった無転換者は、なにもかもから置いていかれるようなっていった。
たとえばトイレや更衣室の使用。性別の変わらなかった無転換者の俺は、結局どちらからも締め出しを食らってしまい、着替えは空き部屋を、トイレは教職員用を使用せざるを得ないのだ。
さらに困ったことが、今朝の校門前で起きたラブレター騒動だ。
はっきり言おう。
無転換者には、大転変の後にとんでもない〝モテ期〟が到来したのである。
だからといって、そんなの嬉しくもなんともないのである。
性別が逆転した皆々様とはいえ、いきなり恋愛関係になれる強者ばかりではなかった。
男が女に、女が男に。今朝みたいな場合、それは〝元同性〟ということになる。
これはどちらかといえば少ない例で、実際は男(※元女)から愛を語られるという恐ろしいシチュエーションに陥ることのほうが多い。
元からそんな性癖を持っているわけでもなく、かつての自分と離別することもできない心弱き者たちは、せめて片方だけでもまともな相方を選ぼうとして無転換者という答えにたどり着くらしい。
他にも無転換者は性別の変わった者たちを発情させるフェロモンが漏れているとか、異性ではなく無転換者そのものを第一交配対象として選ぶように本能が切り替わったとかいう説もあったりするが、当事者として言えることは一つだけ。
――こっちとしては堪ったもんじゃねえ!
無転換者であるというだけで、磁石みたいに惹き寄せてしまう。
性別の反転した住人たちに無条件で好かれてしまう世界のど真ん中にて、男女問わないピンク色した覇気から怯え続ける毎日は、高校生になってからも変わる様子はなさそうだった。
「まあ、そんな荒野の心のオアシスになってあげているボクに感謝することだね」
「……人の心の中を読むなよ」
朝のすったもんだの末、俺たちは遅刻ギリギリアウトな形で教室に滑り込むことができた。しかし、教室では授業どころかHRすら始まっていなかったのである。
それというのも、いつまで経っても担任の教師が現れなかったためだ。当初は生徒を試す教師の罠かと疑っていたものの、いつしかクラスは棚ボタ式に起こった休み時間を満喫していた。
それはパッと眺めた限り、かつてと同じような極々普通の学校風景のように感じてしまう。
しかし、この学校。このクラスにいる俺を除く生徒たちは、全員性別が逆転した者たち。
よくよく教室を観察していると、当時と異なる部分が垣間見えてくる。
例えば男子は元女子ということで噂好きでおしゃべりになった。全体的に賑やかで、各所でグループを作っては芸能人だの流行のアクセサリーなどについて雑談していた。
しかし、実はあの中には派閥というか、見えない壁みたいなのが張り巡らされているうえ、会話は知らぬ間にループを繰り返すこともしばしば。現在進行形で無転換者な自分と同性であるはずなのに、非常に接し辛い(めんどくさい)存在となっていた。
そして、次は現在の女子である元男子たち。
一見すると喋っている者から本を読んでいる者まで様々だが、総じて共通していることがあった。その一例が、丁度……後ろの席である庭咲紅葉に起こっていた。
「おい、紅葉……」
「ん、なんだい荒野?」
紅葉はスマホをいじりながら画面に集中していた。
これは、やはり気付いていないのだろうか?
いや、別に放っておいても良い問題なのかもしれない。親切心で伝えてしまうと、かえって傷つけてしまうことになりかねない。
……だが、このままでは俺の今日一日の行事に変調をきたしてしまいかねないため、俺はやむなく今起きている事実を伝えることにする。
せて、どう切り出したら良いものかと思案するも、やはりストレートに言葉にしなければ伝わらないのだろうと、俺はできるだけ小さな声で……。
「……スカート、めくれあがっているぞ」
紅葉の机の下。制服のスカートがめくれあがり、細くて綺麗な脚線美がはっきり確認できるほど露わになっていたのだ。
性別が変わる以前の世界なら、こんな場面にお目にかかるなんて、異性の目がある共学ではあり得なかった。
指摘したとたん、紅葉は待ってましたとばかりに口元を吊り上げる。
「キシシシ。ようやく気付いてくれたんだね。あともうちょっと黙ってチラ見していたら、もう数センチ上げていたところだったのになー」
「こいつ、またそうやって人んとこからかって……」
「わぁお! こわいこわい。今時そうやって初々しい反応してくれるのは、無転換者の君くらいなんだから、このくらい大目に見てよ」
「うるさい! 好きで見たいんじゃないんだよ!」
「キシシシ。そっかそっか。荒野は隠れている部分が見たいんだね。それだったらスカートめくりなんてどうだい? 近年ではめっきりみなくなったし、個人的には一度はされてみたいところなんだから、今度試してみない?」
「誰がやるか!」
スカートをつまみ上げながら破廉恥極まりない発言で誘ってくる元男な幼馴染。
……そう。男から女に変わった女子どもの特徴。それは、スカートに対する注意力が皆無であるということだ。
椅子に座るときにはドカッと腰を下ろすし、平気で胡座もかく。机にも無造作に足を乗せて漫画を読むし、階段を上がる時に後ろの視線を気にする様子もない。
これらは子供の頃からスカートを穿く習慣もなく、教育もされてこなかったためらしい。
正直、教室中どこを見回しても目に毒な光景が広がっている。どいつもこいつも下着がチラチラしているのを気に留めるそぶりもない。
対して男子(※元女子)にとっても、3年前までよく見慣れたモノであったため、騒ぎ出したりすることもない(……なお、この習性には逆バージョンも存在する)。
恥じらいも絶対領域も失われた世界というのは、こうも心苦しいものだったとは……。
そんな俺の心労を知ってか知らずか、紅葉はなおもスマホゲームに夢中の様子。軽い音楽に混じって、なにやら電子的な女の子の音声も聞こえてきた。
「お前、さっきからなにしてるんだ?」
「ん? 新作のギャルゲーだけど」
そう、女の子になっている紅葉が答えた。
「乙女ゲーとかじゃなくてか?」
ちなみに説明の必要も無いかと思うのだが、ギャルゲーとは主に男の主人公が一人、あるいは複数の少女と学園やらファンタジーやらで擬似的な恋愛体験シミュレーションして遊ぶジャンル。いわゆる恋愛ゲームである。
ギャルゲーとは男性向けを対象とした恋愛ゲームで、乙女ゲーは逆の女性向けを指すのだが、紅葉がやっているのは男性向けのギャルゲーだった。
その疑問を口にしたとき、紅葉は手を止めて、少しだけ怒った表情になった。
「荒野! 確かにボクは女になってしまったけど、心はまだ男のままでいるつもりなんだからね! そもそも、ボクが女の子になっても、女の子が好きでいる普通の男の子な中身でいてほしいって、中学に入ったばかりの頃に泣きついてきたのは荒野! 君だったじゃないか!」
机に身を乗り出して怒った顔をアップで近づけてくる紅葉。
中身が男のままだと分かっているものの、アレとかソレとか外してしまえば、純粋に女の子として可愛い顔なのだ。
さらに胸元から覗かせる女性特有の身体的特徴から作り出された谷間は、高校生として平均以上の大きさをしていることもあって、健全な男子として今に至る俺の思春期をホイホイさせようとしてくるのだ。
「あー……そうだな。確かに今のは俺が悪かったよ」
両手を上げて降参のポーズを取る。
「ふふん。なら、これでおあいこだね」
それに満足したのか、紅葉は再びスマホゲームに興じ始めた。
画面には服がはだけている女の子が写し出されており、紅葉がニタニタした顔で指をクリクリするたびに、朝にはあまり聞きたくない喘ぎ声が教室に響き渡る。
……このように性別が変わっても、本質的に変わらない奴もいたりする。
男から女になっても女が好きって奴もいれば、男になったから女が好きって奴だって存在する。この反転した世の中で自分にとって許される線引きというのは人それぞれだ。
……それにしても、今日はHRの始まりが遅いんじゃないか? チャイムだってとっくに鳴ってるはずなのに。
「――せ、先生が来たよ!」
廊下を見張っていた女子生徒(※元男子生徒)が自由時間終了のお知らせをする。
とたん、生徒たちは転がるように一斉に自分の席へと戻ってゆき、廊下からはこちらに近づいてくる教師のモノらしき足音……と、ん? その教師の靴音から少し遅れて聞こえてくる小さな足音はなんだろう?
ガラリと教室の戸を開けて現れた担任の女教師(※元男性教師)は、皆がちゃんと席についていることを確認すると教卓へ移動する。
「あーコホン。みんな、席についているな。いきなりだが、今日はこのクラスに転入生がやって来ることになった」
中年臭さを感じさせる女性教師(※元男性教師)の言葉に教室中がざわめき出す。
転入生?
すでに五月。全国的に気温も二十度台にスタンバってきて、特に予定もなかったGWも終わり、高校生として本格始動するこのハンパな時期に転入生?
「キシシシ。転入生だってさ、荒野。男の子かな? 女の子かな? 荒野はどっちがうれしいのかなー」
思わずゲームを中断した紅葉が聞いてきた。
「お前なぁ、それ本気で言っているのか?」
たとえ転入生が男だろうが女だろうが、可愛かろうが美人だろうが、今この世界にいる人間なんてのは、等しく性別が変わってしまっているんだ。
結局、無転換者である俺にはどちらも対象外である。
「どれ、入ってきなさい」
教師は前置きも程々にして転入生を招き入れると、静かに教室の戸が開かれる。
クラス中の視線が入口へと注がれ、俺もどんなもんだか人目拝んでやろうと目をやった。
「えっ…………」
……その瞬間、
無転換者としての灰色の日々に、
ほんの一瞬、
一瞬だけ、
――かつてと同じ世界の色が見えた気がした。
「それにしても、荒野は運がいいよね。だってあんなトンデモ大転変があったっていうのに、奇跡的に性別が変わらずに済んだんだもん」
「……本当にそう思っているのか?」
一年A組の教室にて、俺は後ろの席にいる紅葉をギロリと睨んだ。
すると、紅葉は背中に氷でもぶっ込まれたように肩を跳ね上げる。
「うそうそ、冗談だよ。荒野は荒野で大変だってことくらい、ボクにも分かっているよ」
紅葉は困った表情で、胸の前に両手で×を描きながら停戦を持ちかけた。
まあ、紅葉だって本気でからかったわけじゃなく、落ち込んでいる俺をどうにかしようと気を遣ってくれたのかもしれない。
こんな女の子の姿になっても、小学生からの幼馴染で、大切な〝男友達〟なのだから。
……そうだ。俺、木枯荒野は、紅葉や他の連中とは違っている。彼(彼女)らのように、あの隕石によるウイルスで、性別の変わらなかった数少ない人間だ。
〝不幸〟なことに、大転変を従来と同じ性別のまま乗り切った人間。そういった者たちのことを、いつしか人は【無転換者】と呼ぶようになっていった。
紅葉は幸運だとかぬかしていたがとんでもない。ここからが地獄の一丁目だったんだ。
なんたって、時を追うごとに周囲は性別が変わったことを前提にして動き出している。
世間は反転した社会に適応するべく日夜変化していくなか、何一つ変わることがなかった無転換者は、なにもかもから置いていかれるようなっていった。
たとえばトイレや更衣室の使用。性別の変わらなかった無転換者の俺は、結局どちらからも締め出しを食らってしまい、着替えは空き部屋を、トイレは教職員用を使用せざるを得ないのだ。
さらに困ったことが、今朝の校門前で起きたラブレター騒動だ。
はっきり言おう。
無転換者には、大転変の後にとんでもない〝モテ期〟が到来したのである。
だからといって、そんなの嬉しくもなんともないのである。
性別が逆転した皆々様とはいえ、いきなり恋愛関係になれる強者ばかりではなかった。
男が女に、女が男に。今朝みたいな場合、それは〝元同性〟ということになる。
これはどちらかといえば少ない例で、実際は男(※元女)から愛を語られるという恐ろしいシチュエーションに陥ることのほうが多い。
元からそんな性癖を持っているわけでもなく、かつての自分と離別することもできない心弱き者たちは、せめて片方だけでもまともな相方を選ぼうとして無転換者という答えにたどり着くらしい。
他にも無転換者は性別の変わった者たちを発情させるフェロモンが漏れているとか、異性ではなく無転換者そのものを第一交配対象として選ぶように本能が切り替わったとかいう説もあったりするが、当事者として言えることは一つだけ。
――こっちとしては堪ったもんじゃねえ!
無転換者であるというだけで、磁石みたいに惹き寄せてしまう。
性別の反転した住人たちに無条件で好かれてしまう世界のど真ん中にて、男女問わないピンク色した覇気から怯え続ける毎日は、高校生になってからも変わる様子はなさそうだった。
「まあ、そんな荒野の心のオアシスになってあげているボクに感謝することだね」
「……人の心の中を読むなよ」
朝のすったもんだの末、俺たちは遅刻ギリギリアウトな形で教室に滑り込むことができた。しかし、教室では授業どころかHRすら始まっていなかったのである。
それというのも、いつまで経っても担任の教師が現れなかったためだ。当初は生徒を試す教師の罠かと疑っていたものの、いつしかクラスは棚ボタ式に起こった休み時間を満喫していた。
それはパッと眺めた限り、かつてと同じような極々普通の学校風景のように感じてしまう。
しかし、この学校。このクラスにいる俺を除く生徒たちは、全員性別が逆転した者たち。
よくよく教室を観察していると、当時と異なる部分が垣間見えてくる。
例えば男子は元女子ということで噂好きでおしゃべりになった。全体的に賑やかで、各所でグループを作っては芸能人だの流行のアクセサリーなどについて雑談していた。
しかし、実はあの中には派閥というか、見えない壁みたいなのが張り巡らされているうえ、会話は知らぬ間にループを繰り返すこともしばしば。現在進行形で無転換者な自分と同性であるはずなのに、非常に接し辛い(めんどくさい)存在となっていた。
そして、次は現在の女子である元男子たち。
一見すると喋っている者から本を読んでいる者まで様々だが、総じて共通していることがあった。その一例が、丁度……後ろの席である庭咲紅葉に起こっていた。
「おい、紅葉……」
「ん、なんだい荒野?」
紅葉はスマホをいじりながら画面に集中していた。
これは、やはり気付いていないのだろうか?
いや、別に放っておいても良い問題なのかもしれない。親切心で伝えてしまうと、かえって傷つけてしまうことになりかねない。
……だが、このままでは俺の今日一日の行事に変調をきたしてしまいかねないため、俺はやむなく今起きている事実を伝えることにする。
せて、どう切り出したら良いものかと思案するも、やはりストレートに言葉にしなければ伝わらないのだろうと、俺はできるだけ小さな声で……。
「……スカート、めくれあがっているぞ」
紅葉の机の下。制服のスカートがめくれあがり、細くて綺麗な脚線美がはっきり確認できるほど露わになっていたのだ。
性別が変わる以前の世界なら、こんな場面にお目にかかるなんて、異性の目がある共学ではあり得なかった。
指摘したとたん、紅葉は待ってましたとばかりに口元を吊り上げる。
「キシシシ。ようやく気付いてくれたんだね。あともうちょっと黙ってチラ見していたら、もう数センチ上げていたところだったのになー」
「こいつ、またそうやって人んとこからかって……」
「わぁお! こわいこわい。今時そうやって初々しい反応してくれるのは、無転換者の君くらいなんだから、このくらい大目に見てよ」
「うるさい! 好きで見たいんじゃないんだよ!」
「キシシシ。そっかそっか。荒野は隠れている部分が見たいんだね。それだったらスカートめくりなんてどうだい? 近年ではめっきりみなくなったし、個人的には一度はされてみたいところなんだから、今度試してみない?」
「誰がやるか!」
スカートをつまみ上げながら破廉恥極まりない発言で誘ってくる元男な幼馴染。
……そう。男から女に変わった女子どもの特徴。それは、スカートに対する注意力が皆無であるということだ。
椅子に座るときにはドカッと腰を下ろすし、平気で胡座もかく。机にも無造作に足を乗せて漫画を読むし、階段を上がる時に後ろの視線を気にする様子もない。
これらは子供の頃からスカートを穿く習慣もなく、教育もされてこなかったためらしい。
正直、教室中どこを見回しても目に毒な光景が広がっている。どいつもこいつも下着がチラチラしているのを気に留めるそぶりもない。
対して男子(※元女子)にとっても、3年前までよく見慣れたモノであったため、騒ぎ出したりすることもない(……なお、この習性には逆バージョンも存在する)。
恥じらいも絶対領域も失われた世界というのは、こうも心苦しいものだったとは……。
そんな俺の心労を知ってか知らずか、紅葉はなおもスマホゲームに夢中の様子。軽い音楽に混じって、なにやら電子的な女の子の音声も聞こえてきた。
「お前、さっきからなにしてるんだ?」
「ん? 新作のギャルゲーだけど」
そう、女の子になっている紅葉が答えた。
「乙女ゲーとかじゃなくてか?」
ちなみに説明の必要も無いかと思うのだが、ギャルゲーとは主に男の主人公が一人、あるいは複数の少女と学園やらファンタジーやらで擬似的な恋愛体験シミュレーションして遊ぶジャンル。いわゆる恋愛ゲームである。
ギャルゲーとは男性向けを対象とした恋愛ゲームで、乙女ゲーは逆の女性向けを指すのだが、紅葉がやっているのは男性向けのギャルゲーだった。
その疑問を口にしたとき、紅葉は手を止めて、少しだけ怒った表情になった。
「荒野! 確かにボクは女になってしまったけど、心はまだ男のままでいるつもりなんだからね! そもそも、ボクが女の子になっても、女の子が好きでいる普通の男の子な中身でいてほしいって、中学に入ったばかりの頃に泣きついてきたのは荒野! 君だったじゃないか!」
机に身を乗り出して怒った顔をアップで近づけてくる紅葉。
中身が男のままだと分かっているものの、アレとかソレとか外してしまえば、純粋に女の子として可愛い顔なのだ。
さらに胸元から覗かせる女性特有の身体的特徴から作り出された谷間は、高校生として平均以上の大きさをしていることもあって、健全な男子として今に至る俺の思春期をホイホイさせようとしてくるのだ。
「あー……そうだな。確かに今のは俺が悪かったよ」
両手を上げて降参のポーズを取る。
「ふふん。なら、これでおあいこだね」
それに満足したのか、紅葉は再びスマホゲームに興じ始めた。
画面には服がはだけている女の子が写し出されており、紅葉がニタニタした顔で指をクリクリするたびに、朝にはあまり聞きたくない喘ぎ声が教室に響き渡る。
……このように性別が変わっても、本質的に変わらない奴もいたりする。
男から女になっても女が好きって奴もいれば、男になったから女が好きって奴だって存在する。この反転した世の中で自分にとって許される線引きというのは人それぞれだ。
……それにしても、今日はHRの始まりが遅いんじゃないか? チャイムだってとっくに鳴ってるはずなのに。
「――せ、先生が来たよ!」
廊下を見張っていた女子生徒(※元男子生徒)が自由時間終了のお知らせをする。
とたん、生徒たちは転がるように一斉に自分の席へと戻ってゆき、廊下からはこちらに近づいてくる教師のモノらしき足音……と、ん? その教師の靴音から少し遅れて聞こえてくる小さな足音はなんだろう?
ガラリと教室の戸を開けて現れた担任の女教師(※元男性教師)は、皆がちゃんと席についていることを確認すると教卓へ移動する。
「あーコホン。みんな、席についているな。いきなりだが、今日はこのクラスに転入生がやって来ることになった」
中年臭さを感じさせる女性教師(※元男性教師)の言葉に教室中がざわめき出す。
転入生?
すでに五月。全国的に気温も二十度台にスタンバってきて、特に予定もなかったGWも終わり、高校生として本格始動するこのハンパな時期に転入生?
「キシシシ。転入生だってさ、荒野。男の子かな? 女の子かな? 荒野はどっちがうれしいのかなー」
思わずゲームを中断した紅葉が聞いてきた。
「お前なぁ、それ本気で言っているのか?」
たとえ転入生が男だろうが女だろうが、可愛かろうが美人だろうが、今この世界にいる人間なんてのは、等しく性別が変わってしまっているんだ。
結局、無転換者である俺にはどちらも対象外である。
「どれ、入ってきなさい」
教師は前置きも程々にして転入生を招き入れると、静かに教室の戸が開かれる。
クラス中の視線が入口へと注がれ、俺もどんなもんだか人目拝んでやろうと目をやった。
「えっ…………」
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