もう君を絶対に離さない

星野しずく

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もう君を絶対に離さない.51

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 そう思って我慢しようとした涙はやっぱり我慢できなくて、瑠璃子の瞳からは滴がこぼれ落ちる。



「瑠璃子、後悔しないように、思ってることはちゃんと伝えなさい」

 紗栄子はいつもの様にうるさく詮索することはせず、それだけ言うと、黙って瑠璃子のことを抱きしめてくれた。

「夕ご飯は、瑠璃子の好きなペペロンチーノ作ってあげる」

 珍しく優しい言葉なんか掛けるから余計に泣けてきて、瑠璃子は子どもの様に声をあげて泣いた。



 食事の間も紗栄子は特に野崎の話には触れず、瑠璃子のことをそっとしておいてくれた。

 何にでもしゃしゃり出てくる紗栄子がこんな風に気を使ってくれることが、嬉しくもあり恥ずかしくもあり、食後に出されたコーヒーの味もよく分からなかった。

「いつも見栄っ張りな瑠璃子が私の前で泣いちゃうなんて、よっぽど好きになったのね・・・」

 それだけ言うと、紗栄子は食器を食洗器にセットして、リビングに移動するとワインでひとり晩酌をはじめた。



 瑠璃子は静かに自分の部屋へ戻っていった。

 結局オーディションは全てキャンセルしてしまった・・・。

 野崎に会えなくなった今、瑠璃子にとって、演技を学ぶ必要などなくなったのだから。



 野崎は今日初めてインカレサークルに顔を出した。

 メンバーはその日によって集まる人数は違うが、総勢五十名以上だ。

 制作に携わることを目標にしてる人、演者になることを目標にしてる人、目的はそれぞれ違うが、大学で学ぶだけでは飽き足らないというその熱量は高い人ばかりだ。



 実はこのインカレサークルの活動日は土日だけだ。

 だから、瑠璃子に伝えた情報は少しだけ嘘があった。

 姉の方はどうやら快方に向かったということで、昨日実家から戻り、土曜の今日初めて参加したという訳だ。



「耕太?耕太じゃない・・・、久しぶり」

 目の前に現れたのは高二の時つき合っていた水田美子(みずたみこ)だった。



 彼女とは二年のとき同じクラスになって席が隣になり、お互い映画好きだというところからつき合うようになった。

 しかし、三年になり、進学コースによってクラスが別れたこと、互いに受験勉強が忙しくなったことにより自然消滅した。

 なんとなくつき合ったせいで、なんとなく別れたという野崎らしい結末だった。



「みこか・・・、久しぶりだな」

「何よ、久しぶりに会ったのにそのテンション」

「別に、普通だろ」



 美子とはつき合っていたというより、映画好きの女友達といった方が近いのかもしれない。

 だから、こうして再開しても、特に身構えることもなく話せるのだ。

 しかしそう思っていたのは野崎の方だけらしい。

 美子は見た目は可愛らしい女の子だが、女優を目指すだけのことはあり、実はプライドが高い。

 自然消滅した時も、美子の方はまだ野崎のことが好きだったけれど、それを自分から言うのは許せなかった。

 野崎が映像系の大学を目指すことは知っていた。

 そして、本当なら同じ大学に入るのが一番近道だが、ストーカーみたいに思われるのが嫌で、同じ地域の別の大学を選んだ。

 自分は俳優の道を進み、野崎は監督の道を進んでいる。

 友達の友達を通じて、野崎の近況は必ずチェックしていた。

 そして偶然を装って野崎に近づき、今度こそは野崎を自分に夢中にさせようと心に決めていたのだった。



「どう?大学の方は。映像専門なんでしょ」

「ああ、学ぶことが多すぎて大変だけど、充実してる」

「だけど、なんか印象変わったね」

「そうか?」
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