旦那様、私をそんな目で見ないでください!

星野しずく

文字の大きさ
18 / 28

旦那様、私をそんな目で見ないでください!18

しおりを挟む
 大学についていつものように自販機の前でいつもの缶コーヒーを飲んでいた。ここにいれば凛太朗に会う確率はかなり高いが、もう自分のペースを乱してまで奴を避けるのが面倒になった。

「よう、響介、おっはよう!」

 こいつはいつもご機嫌だ。たまに調子が悪い日とか、気が乗らない日とかはないのだろうか。何だかんだバカにしながら、俺はやっぱり凛太朗のことがちょっとだけ羨ましいのかもしれない。

「おはよう」

 響介はごく普通に答えた。

「あらっ、あららっ、なに?なんだか響介がスッキリしてるぞ」

「スッキリ?なんだそれは」

「こっちが聞いてるんだよ」

「別に普通だろうが」

「いや、なんかこう達観したっていうか、吹っ切れたっていうか。あ、そうか、俺のアドバイスのおかげだな、きっと」

 どうしたらこうも前向きのものごとを考えられるのだろう。

「ああ、そうだな。きっとそうだ」

 いちいち否定するのが面倒くさい。

「心がこもってないけど、まあ、俺のおかげでお前の悩みが解決したんならそれでいい。俺は心が広い男だからな」

 なにを言い出すやら。そんなに簡単に解決するわけないだろう。

「お前ね、俺のことなんかにかまってないで、自分の身の処し方を考えたらどうだ。少なくとも俺は一度は結婚してるし子供もいるんだ。それなのに、お前ときたら、いつまでもフラフラして…」

「はい、ストーップ!そういう話はお袋からいっつも聞かされててもうウンザリなんだよ。俺は、お前とこうしてチチクリあってるのが楽しいんだよ。仕事はそこそこでいいし、偉くなると何かと忙しいだろう?何かを究めるとか興味ないんだよね。とにかく今が楽しいのが一番!」

 十代の若者の様な思考回路に響介は少し眩暈がしてくる。

「まあ、お前の人生だからな、俺が口出しすることじゃないな」

「そんな冷たい言い方するなよ。俺にとってお前は人生の一部なんだから」

 それはどういう意味だ?追求するのが怖い。

「そ、そうか。おっと、もうこんな時間だ。じゃあな、凛太朗」

 響介は気持ちを切り替えて教室へ向かった。

 静音からのアプローチはほぼ一日おきという、かなりのハイペースで続いた。少々寝不足ではあるが、彼女から与えられる体中がとろけそうな愛撫に自分でも意外なくらい溺れていた。彼女が来ない日は逆になかなか眠れなかった。もう身体に教え込まれたという感じだ。まさか自分の身体がこんなにもそういう行為を求めていたなんて知らなかった。だが、相変わらず彼女からの愛撫を受けるに留まっている。その先のことはまだ考えられない。

「パパ、雛ね、今度のピアノの発表会に出ることになったの」

 ピアノを始めてまだ3年の雛は、去年はまだ発表会に出るレベルではなかったのだ。

「本当か?すごいじゃないか」

「うん!」

「雛ちゃん、よかったですね」

 静音さんも嬉しそうに雛に声をかけた。

「うん、ありがとう。それでね、発表会の時に着るお洋服、静音さんと一緒に買いに行きたいな。ねえ、パパいい?」

 静音さんがうちに来てくれた日、雛は彼女の服を大層気に入っていたことを思い出す。

「ああ、もちろん。静音さん、お願いしてもいいかな?」

「はい、よろこんで。じゃあ、明日、早速行きましょうか?」

「ほんと?わぁ~い」

 ファッションに関しては世の中の父親はたいてい蚊帳の外だろう。響介も例にもれず全く無頓着な方だ。雛の嬉しそうな顔を見て、静音さんのありがたみをひしひしと感じる。よかったな、雛。

 次の日、雛と静音さんは朝から街に出かけて行った。

 響介は久々に一人きり日曜の午前を満喫していた。挽きたてのコーヒーの香りを堪能していると、チャイムの音が聞こえた。
 
 せっかくの休日を邪魔するのは誰だ。響介はムッとしながらモニターを覗き込んだ。そこに映っていたのは凛太朗と、その後ろにもう一人誰かいるようだ。

 響介はしかたなく玄関に向かった。

「何だよ、せっかくの休日にまでお前の顔をみなきゃならないのか?」

「ひどい挨拶だな」

 笑いながら答える凛太朗の後ろの女性に目を移した。「あ、あれ?美里さんじゃ」

「はい。おはようございます」

「静音さんに何か用がありましたか?実は、今、娘と一緒に買い物に行ってまして」

 響介は意外な組み合わせにアタフタする。

「ああ、別に静音さんに会いに来たわけじゃないから。ちょっとだけあがっていい?」

「それはかまわないけど」

 響介は二人をリビングへ案内した。

「コーヒーを入れるから、ちょっと待ってて」

「ああ、いい、いらないよ。すぐ帰るから」

「そ、そうなのか」

 響介は、いったいなんの用なのかと気が気ではない。

「お前には一応言っておこうと 思ってさ」

「なにを?」

 急に真面目な顔つきになる凛太朗に響介の不安はMAXになる。

「実は俺たち付き合ってるんだ」

「はあ~??い、いったいいつから?」

「確か、この間この家で会ったあとすぐかな}

 手が早いと思っていたが、まさかこんな若い子を手籠めにするとは…。彼女、確かまだ二十二歳だよな。年の差十一歳だぞ。

「し、静音さんは知ってるのか」

「女同士はそういうの早いから。美里の方からすぐ連絡したらしい」

 美里って、もう呼び捨てにして…。

「美里さん、こ、こいつに騙されてないですか?大丈夫?」

「お前ね、人聞き悪いこと言うんじゃないよ。何で俺が女性を騙したりする必要があるんだよ。俺は自分の気持ちをいつも素直に表現している。そして、その結果彼女とお付き合いすることになったんだ」

 まあ、確かに、この男は下手な小細工はしないだろう。いつも真っすぐぶつかって、ダメな時はそのまま砕け散るような生き方が信条なのだから。それにしても、美里さんはこいつのどこがよかったんだろう?

「私、凛太朗さんみたいな人に会ったの初めてなんです。裏表がないって言うか、変な気を遣わなくてもよくて、一緒にいて疲れないんです。それに、自分の気持ちをいつも素直に言葉にしてくれるのも日本人の男性っぽくなくて嬉しいです」

 美里はそう言うと顔を赤らめた。

 はいはい、ごちそうさまです。早く目が覚めるといいですね。

「そ、そう。それはよかったね。末永くお幸せに」

「お前、言葉に心が込もらなさすぎ」

「いや、お前が俺に女性を紹介してくるなんて初めてだから、少し驚いてるよ」

「まあな。俺もそろそろ身を固めなくちゃだろ?」

 はあ?まさか美里さんと結婚とか考えてるのか?美里さん、それだけは辞めておいた方がいい。こいつに振り回されるだけで人生が終わるよ。

「やだあ、凛太朗さんたら、気が早いよ~」

「は、ははっ。幸せそうでなによりだ」

「じゃ、そういうことで、俺たちこれからデートなんだ。お前の相手してやれなくてすまんな~」

「いや、俺は大丈夫だから、楽しんできてくれ」

 響介は玄関で二人を見送った。二十分ほどの短い滞在時間だったのだが、どっと疲れた。

 まったく、あいつは、いつも突然爆弾をしょってやって来る。穏やかなはずの午前中がすっかり乱されてしまった。響介はコーヒーを入れ直すとローテーブルに新聞を広げてソファに体を沈めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

王冠の乙女

ボンボンP
恋愛
『王冠の乙女』と呼ばれる存在、彼女に愛された者は国の頂点に立つ。 インカラナータ王国の王子アーサーに囲われたフェリーチェは  何も知らないまま政治の道具として理不尽に生きることを強いられる。 しかしフェリーチェが全てを知ったとき彼女を利用した者たちは報いを受ける。 フェリーチェが幸せになるまでのお話。 ※ 残酷な描写があります ※ Sideで少しだけBL表現があります ★誤字脱字は見つけ次第、修正していますので申し分ございません。  人物設定がぶれていましたので手直作業をしています。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

【完結】「かわいそう」な公女のプライド

干野ワニ
恋愛
馬車事故で片脚の自由を奪われたフロレットは、それを理由に婚約者までをも失い、過保護な姉から「かわいそう」と口癖のように言われながら日々を過ごしていた。 だが自分は、本当に「かわいそう」なのだろうか? 前を向き続けた令嬢が、真の理解者を得て幸せになる話。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

処理中です...