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旦那様、私をそんな目で見ないでください!19
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「パパ~、ただいま~」
「ただいま帰りました」
二人が帰ってくると、一気に家の中が明るくなる。
「雛、気に入るの見つかったか?」
「うん、ピンクでねレースがいっぱいついてて、後ろにおっきなリボンがついてるの」
「そうか、雛に似合いそうだな」
「サイズが少し大きかったので直してもらってるんです。一週間くらいで出来るそうですよ」
静音さんも嬉しそうだ。
「静音さんがいいお店を知っててよかったな。パパじゃとても見つけられなかったよ」
「ふふっ、そうね、パパには無理かも」
キッパリと言われても、それは雛の中で静音さんの存在が大きなものになっている証拠なのだから、悪くない。
「それじゃ私はそろそろお夕飯のお買い物に行ってきますね」
「雛は宿題やらなくちゃ」
そう言って二人はあっという間に響介の前から消えてしまった。今日はやけに慌ただしい日だ。みんなが充実した一日を過ごしている中、自分だけが周りに振り回されて終わってしまった。少し、仕事でもするか。これといって趣味のない響介は書斎に向かった。
書斎に入ると、ふわりと静音さんのつけているフレグランスの残り香がした。掃除のときには響介がいなくてもこの部屋に入るだろうし、一日おきにベッドに潜り込んでくるのだから、彼女の匂いがついてしまうのは仕方が無いことだ。
しかし、こうして一人でいる時にその香りを嗅ぐと、嫌でも彼女の温度を感じてしまう。自分がこんな気持ちになるなんて…。響介は彼女によって変わっていく自分の身体に戸惑っていた。いい年をした男が情けないと思うけれど、なにしろ女性経験が妻しかないのは事実だ。自分のこの反応はいったいどういう意味をもつのだろう。だけど、今は答えを急がない。
響介は分厚い歴史書を取り出すと、ページをめくった。
夏休みを目前にした六月の中旬、明日から雛たちは二泊三日の林間学校に行くことになっている。初めて親元を離れるということで、さぞ不安に思っているだろうと考えていた響介だったが、意外にも雛は平気な様子だ。女の子の成長は早いというが、静音さんが来てくれたことで、雛の気持ちが安定しているということもおおいに関係しているのではと思う。
反対に、響介のほうが妙にソワソワして落ち着かないのだった。なにしろずっと雛を中心に生活を送ってきたのだ。もちろん仕事はしていたけれど、なにより大切なのは雛だったから。娘の成長はうれしいものだが、少しずつ手がかからなくなることは同時にかすかな寂しさをともなうものだった。
響介は、リュックに持ち物を詰め込んでいる雛を複雑な表情で見つめていた。
「なんだか寂しそうですね」
「え、そ、そんなことは…」
「フフッ、嘘が下手ですね」
静音さんに心を見透かされているようで恥ずかしい。
「でも、私がいますから大丈夫ですよ」
「え、い、いやその…」
それはどういう意味で?何と答えたものか…、響介は耳を真っ赤にしてアタフタすることしたできない。
「二人っきりですね」
そ、そんなこと言われたら余計に意識してしまうじゃないか。響介はなるべくそこには触れないで、普段と変わりなく過ごそうと思っていたのに。
「そ、そ、そうですね」
ほら、もう動揺してるのがバレバレだ…。
「パパどう?」
荷物を詰め終わったリュックをしょって雛が聞いた。
「ああ、キマってるね」
雛が響介の葛藤など知る由もない。無邪気に喜んでいる雛に自分のこんな情けない心情を悟られてはいけないのだ。
「さあ、雛ちゃん、明日は朝が早いからもう寝ないとね」
静音さんの声に響介は助けられる。
「そうだな、さ、パパと一緒にお部屋に行こう」
「はあ~い」
雛はもう少しリュックをしょっていたかったようだが、諦めた様子で答えた。
雛を寝かしつけてリビングに戻ると、静音さんは食器を片付けていた。
「何か飲まれますか?」
「い、いや。あ、やっぱりコーヒーをお願いします」
「分かりました」
静音さんはコーヒー豆をセットミルにセットした。響介は酒はほとんど飲まない。コーヒーは唯一の嗜好品だ。ただ、そんなにこだわりはないため、家では挽きたてのものを飲むが、大学などでは自販機のものでも別にかまわない。
「どうぞ」
「ありがとう」
せっかく入れてもらったのだが、雛がいないとどうも何を話せばいいのか分からない。響介はソファに座るとテレビをつけて例のごとくスポーツ番組にチャンネルを合わせた。もっぱら観戦することが楽しみなのだが、学生時代はテニスやスキー、ハーフマラソンなど本格的ではないが体を動かしていた。就職して、結婚してからはなかなか時間がとれず、テレビ観戦専門になってしまったが。ちょうどサッカーの中継をやっていたのでこれで間を持たそうと腰を落ち着けて見はじめた。
「わたしもご一緒していいですか」
静音さんがコーヒーを手に響介の隣に腰をおろした。
これでは彼女のそばからわざわざ離れた意味がない。しかし、断ることもできない。
「ど、どうぞ。でも、サッカーなんてお好きじゃないですよね」
「別にテレビを見に来たんじゃないですから」
じゃあ何をしに?などと聞けるはずもない。少しだけ触れ合っている腰のあたりが気になって、ちっともテレビに集中できない。
「コーヒーさめちゃいますよ」
コーヒーを飲むことさえも忘れていた。
「あ、そ、そうですね」
あわててコーヒーをすすって、今度は激しくむせる。
「大丈夫ですか?」
静音さんがティッシュで顔についた滴をぬぐってくれた。何となく目を合わせるとマズイ気がして、響介は視線をずらした。
「す、すみません。せっかく入れてもらったのに」
「いえ、そんなことはいいんです。入れ直してきましょうか?」
「いや、大丈夫です。明日は雛も早いらしいし、もう寝ます」
響介はそう言って立ち上がろうとした。
「旦那様」
静音はそう言うと、響介の膝に手を置いて体を預けたきた。
「あ、えっと」
いつも布団の中ではあんなことをされているのだが、それは真っ暗でお互いの顔も見えない状況でだ。しかし、今は何もかもがハッキリ見える。全てを受けとめると決めたものの、実際には怖気づいてしまうものだ。
静音は何も言わないで、響介のももを撫で始める。
ま、マズイよ。今日はまだ雛が家にいる。って、それじゃあ雛がいなかったらOKみたいじゃないか。俺の貞操観念ってこんなにゆるかったのか?
「静音さん、明日の朝は早いですから…」
やんわりと拒絶の意思を伝えてみる。
「私は大丈夫です」
そんなこと言われたらどうすれば…。ああ、もう!
「明日からは二人っきりですから。それまで待ってもらえませんか?」
待ってもらえませんかって、何をだ?彼女がどこまで求めているのかも分からないのに。どうするつもりなんだよ、俺!
「そうですか、分かりました」
変に期待値を上げてしまった。俺はバカか。自分で自分の首を絞めた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
響介は逃げるように部屋へと引っ込んだ。
「ただいま帰りました」
二人が帰ってくると、一気に家の中が明るくなる。
「雛、気に入るの見つかったか?」
「うん、ピンクでねレースがいっぱいついてて、後ろにおっきなリボンがついてるの」
「そうか、雛に似合いそうだな」
「サイズが少し大きかったので直してもらってるんです。一週間くらいで出来るそうですよ」
静音さんも嬉しそうだ。
「静音さんがいいお店を知っててよかったな。パパじゃとても見つけられなかったよ」
「ふふっ、そうね、パパには無理かも」
キッパリと言われても、それは雛の中で静音さんの存在が大きなものになっている証拠なのだから、悪くない。
「それじゃ私はそろそろお夕飯のお買い物に行ってきますね」
「雛は宿題やらなくちゃ」
そう言って二人はあっという間に響介の前から消えてしまった。今日はやけに慌ただしい日だ。みんなが充実した一日を過ごしている中、自分だけが周りに振り回されて終わってしまった。少し、仕事でもするか。これといって趣味のない響介は書斎に向かった。
書斎に入ると、ふわりと静音さんのつけているフレグランスの残り香がした。掃除のときには響介がいなくてもこの部屋に入るだろうし、一日おきにベッドに潜り込んでくるのだから、彼女の匂いがついてしまうのは仕方が無いことだ。
しかし、こうして一人でいる時にその香りを嗅ぐと、嫌でも彼女の温度を感じてしまう。自分がこんな気持ちになるなんて…。響介は彼女によって変わっていく自分の身体に戸惑っていた。いい年をした男が情けないと思うけれど、なにしろ女性経験が妻しかないのは事実だ。自分のこの反応はいったいどういう意味をもつのだろう。だけど、今は答えを急がない。
響介は分厚い歴史書を取り出すと、ページをめくった。
夏休みを目前にした六月の中旬、明日から雛たちは二泊三日の林間学校に行くことになっている。初めて親元を離れるということで、さぞ不安に思っているだろうと考えていた響介だったが、意外にも雛は平気な様子だ。女の子の成長は早いというが、静音さんが来てくれたことで、雛の気持ちが安定しているということもおおいに関係しているのではと思う。
反対に、響介のほうが妙にソワソワして落ち着かないのだった。なにしろずっと雛を中心に生活を送ってきたのだ。もちろん仕事はしていたけれど、なにより大切なのは雛だったから。娘の成長はうれしいものだが、少しずつ手がかからなくなることは同時にかすかな寂しさをともなうものだった。
響介は、リュックに持ち物を詰め込んでいる雛を複雑な表情で見つめていた。
「なんだか寂しそうですね」
「え、そ、そんなことは…」
「フフッ、嘘が下手ですね」
静音さんに心を見透かされているようで恥ずかしい。
「でも、私がいますから大丈夫ですよ」
「え、い、いやその…」
それはどういう意味で?何と答えたものか…、響介は耳を真っ赤にしてアタフタすることしたできない。
「二人っきりですね」
そ、そんなこと言われたら余計に意識してしまうじゃないか。響介はなるべくそこには触れないで、普段と変わりなく過ごそうと思っていたのに。
「そ、そ、そうですね」
ほら、もう動揺してるのがバレバレだ…。
「パパどう?」
荷物を詰め終わったリュックをしょって雛が聞いた。
「ああ、キマってるね」
雛が響介の葛藤など知る由もない。無邪気に喜んでいる雛に自分のこんな情けない心情を悟られてはいけないのだ。
「さあ、雛ちゃん、明日は朝が早いからもう寝ないとね」
静音さんの声に響介は助けられる。
「そうだな、さ、パパと一緒にお部屋に行こう」
「はあ~い」
雛はもう少しリュックをしょっていたかったようだが、諦めた様子で答えた。
雛を寝かしつけてリビングに戻ると、静音さんは食器を片付けていた。
「何か飲まれますか?」
「い、いや。あ、やっぱりコーヒーをお願いします」
「分かりました」
静音さんはコーヒー豆をセットミルにセットした。響介は酒はほとんど飲まない。コーヒーは唯一の嗜好品だ。ただ、そんなにこだわりはないため、家では挽きたてのものを飲むが、大学などでは自販機のものでも別にかまわない。
「どうぞ」
「ありがとう」
せっかく入れてもらったのだが、雛がいないとどうも何を話せばいいのか分からない。響介はソファに座るとテレビをつけて例のごとくスポーツ番組にチャンネルを合わせた。もっぱら観戦することが楽しみなのだが、学生時代はテニスやスキー、ハーフマラソンなど本格的ではないが体を動かしていた。就職して、結婚してからはなかなか時間がとれず、テレビ観戦専門になってしまったが。ちょうどサッカーの中継をやっていたのでこれで間を持たそうと腰を落ち着けて見はじめた。
「わたしもご一緒していいですか」
静音さんがコーヒーを手に響介の隣に腰をおろした。
これでは彼女のそばからわざわざ離れた意味がない。しかし、断ることもできない。
「ど、どうぞ。でも、サッカーなんてお好きじゃないですよね」
「別にテレビを見に来たんじゃないですから」
じゃあ何をしに?などと聞けるはずもない。少しだけ触れ合っている腰のあたりが気になって、ちっともテレビに集中できない。
「コーヒーさめちゃいますよ」
コーヒーを飲むことさえも忘れていた。
「あ、そ、そうですね」
あわててコーヒーをすすって、今度は激しくむせる。
「大丈夫ですか?」
静音さんがティッシュで顔についた滴をぬぐってくれた。何となく目を合わせるとマズイ気がして、響介は視線をずらした。
「す、すみません。せっかく入れてもらったのに」
「いえ、そんなことはいいんです。入れ直してきましょうか?」
「いや、大丈夫です。明日は雛も早いらしいし、もう寝ます」
響介はそう言って立ち上がろうとした。
「旦那様」
静音はそう言うと、響介の膝に手を置いて体を預けたきた。
「あ、えっと」
いつも布団の中ではあんなことをされているのだが、それは真っ暗でお互いの顔も見えない状況でだ。しかし、今は何もかもがハッキリ見える。全てを受けとめると決めたものの、実際には怖気づいてしまうものだ。
静音は何も言わないで、響介のももを撫で始める。
ま、マズイよ。今日はまだ雛が家にいる。って、それじゃあ雛がいなかったらOKみたいじゃないか。俺の貞操観念ってこんなにゆるかったのか?
「静音さん、明日の朝は早いですから…」
やんわりと拒絶の意思を伝えてみる。
「私は大丈夫です」
そんなこと言われたらどうすれば…。ああ、もう!
「明日からは二人っきりですから。それまで待ってもらえませんか?」
待ってもらえませんかって、何をだ?彼女がどこまで求めているのかも分からないのに。どうするつもりなんだよ、俺!
「そうですか、分かりました」
変に期待値を上げてしまった。俺はバカか。自分で自分の首を絞めた。
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