君に溺れてしまうのは僕だから

星野しずく

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君に溺れてしまうのは僕だから.32

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「ねえ、急に誘ったけど、水着とかサンダルとか持ってる?」

「うわあ、そういうのは全く持ってないな」

「そっか、じゃあこれから買いに行こう」

「でも、今日そんなにお金持ってきてないよ」

「いいからいいから。俺、ちょっと臨時収入があって今お金持ちなんだ」

「なによ、臨時収入って」

「いやあ、実は俺いとこの家庭教師やってるんだけど、そこの家お金持ちでさ、つい先週一ヶ月分まとめてもらったんだけどいくらだったと思う?」

「さあ」

 伊織はつい気のない返事をしてしまった。

「じゃ~ん、なんと5万円ですぅ」

「ええっ!家庭教師一ヶ月分にしてはちょっと多すぎない?」

「だろ?でも、うちの高校名門だからさ、他の高校に比べて時給はいいんだよ。まあ、それにしても多すぎるけどね。余ってるところは使いたくて仕方ないんでしょ。だからありがたく貰っちゃった」

 坂口はペロリと舌を出す。

 確かに坂口の成績は学年でもトップクラスだ。

 名門校でトップクラスであれば、それなりに箔がつくのだろうか。

 バイトなどやろうと思ったこともないお嬢様育ちの伊織には分からない世界だった。



「誘ったのも俺だし、今日は俺のおごり。さ、そうと決まったら買い出しにしゅっぱ~つ」

 同じ体育会系の部活に入ってはいるが、坂口のテンションの高さは生まれ持ったものだろう。

 体力的についていくことは可能だが、武彦のような落ち着いた大人の男性が好みの伊織に、そのテンションの高さは不要なものだった。

 伊織は半ば無理やり買い物に連れていかれた。



「いやぁ、いかにもデートって感じで最高」

 坂口は上機嫌だ。

「それはよかったね」

「ちょっと、それはないんじゃない?一応付き合ってる体でいてくれないと雰囲気出ないじゃん」

「ん?なに、会話までそうしなくちゃいけないの?」

「そりゃそうでしょ。じゃなきゃ、一緒にいる意味ないでしょ」

 そうか?そうなのか?なんとなく騙されている様な気がしないでもないけど。

「でも、それじゃあ演技だよ。本心じゃなくてもいいの?」

「いいのいいの。どうせ一ヶ月しか味わえない恋人気分なんだからさ、俺は目一杯満喫したいの」

「ふうん、わかった…。できるだけやってみる」

 そうは言ったものの、恋人同士のセリフをお芝居でもないのに日常生活で話さなければいけないなんて、実際はとんでもなく気持ちが悪いものだ。



「お、水着が置いてあるお店発見、行こう行こう」

 坂口に引っ張られる様にして店内に入るが、レディースの店に男性と入るのはあまり気分のいいものではない。

 しかも一緒に選ぶとなるとよほど親しくない限り無理だ。

「ねえ、自分で選ぶから待っててくれない?」

「あ、そう?でも試着したら見せてね」

「うっ…、わかった」

 まったく…、ちゃっかりしてるわね。
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