ケダモノのように愛して

星野しずく

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ケダモノのように愛して.29

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 これかだらお父さんが帰ってくるのは疲れるのだ。

 ずっと日本にいれば一々騒がれることもないのに、海外にいるせいで帰って来るたびに騒がれるのだ。



「ね、ね、猪俣からお願いしてさ、俺と閏間の写真見てもらえないかな?今度の大会に出すやつ、俺まだ決められないんだ」

「そ、そんなの分かんないよ。まだ帰って来てないんだし…。帰ってくる時は何か用事があるから帰ってくるんだから」

「そ、そっか。そりゃそうだよな。でも、もしも、もしもほんの一時間でもいいから会えるなら会いたい」



 参ったな~、もう本当に面倒くさい。

 滝口やひなたにしてみれば、こんなチャンスは逃したくないに決まってる。

 だけど、帰って来たって家族でゆっくりすることすら無いのに、とてもそんな時間がとれるとは思えない。

 変に期待されても、叶わなかったときが気の毒だ。



「それは大丈夫だ」

「き、菊池先生?何が大丈夫なんですか」

「いやあ、僕ね、あれから結構頻繁にツイッターのダイレクトメッセージで話してるんだ。それでね、今度はどんな予定なんですかって聞いたらさ、特に仕事は入れてないらしいんだ」

「ええっ、まさか!お父さんが仕事以外の理由で日本に帰ってくるなんて信じられない」

 娘のくせになんてことを言うのだと思いながらも、そう言わずにはいられなかった。



「なんでも、向こうで虫歯が悪化したらしくて。だけど、向こうは保険がきかないから日本で治療するために帰国するんだって」

「え、ちょっと、そんな理由…」

 咲那は呆れるやら恥ずかしいやらで、みんなの方を見れない。



「い、いや、保険を舐めちゃいかんぞ。下手をすると歯の治療にウン百万かかる場合だってあるんだからな」

「そ、そうなんですか…」



 咲那はまだ複雑な気持ちのままだった。

 お母さんは知ってるのかな?いや、知らないはずだ。

 だって、仕事の調整がどうのって言ってたくらいだから。

 もう、本当に人騒がせなんだから!



「すまなかった…、私がつい出過ぎたまねをしてしまったせいで、ご家族の調和を乱してしまった…」

「いえ、いいんです。非常識なのはうちの父ですから…」

「それでだ…、実はその歯の治療の合間に洋平先輩は私と会ってくださることになってる」

「ええっ!」

 なぜ咲那が驚かなければならないのか分からないけれど、滝口とひなたと一緒に声をあげていた。



「すまん、猪俣。勝手に約束してしまった。ご自宅にお邪魔することになってるんだ」

「はぁ…、そうですか」

「で、その時に滝口と閏間も一緒にお邪魔することになってる」

「えええっ!!」

 滝口とひなたは手を取り合って喜んでいる。



「他の部員には内緒だぞ。全員連れて行ってやりたいところだが、そう大勢でお邪魔するわけにはいかない。だから、お前たちはみんなの代表だ」

「はい!」



 咲那はひとり、目の前で繰り広げられる光景をぼんやりと眺めていた。

 もうやけくそだ…。

 好きなようにしてください。

 可哀そうなお母さん…。

 今頃スタッフやお店の店員さんと調整の真っ最中だろう。
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