兄と妹のイケナイ関係

星野しずく

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兄と妹のイケナイ関係.11

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 気が付くともう夕方で、もう少しすると母親が帰ってくる時間だった。

 こんな真っ赤な目では、いかにも泣いていましたと言っているようなものだったので、とにかく目を冷やそうと洗面所に行って冷たい水で何度も顔を洗った。

 目の周りの腫れも治まり、赤みも引いたので少しホッとした。

(将兄急にどうしちゃったんだろう?もう私のことなんか嫌いになっちゃったのかな…。好きになってもらおうなんて贅沢は言わないけど、やっぱり一緒に暮らしてるうちは、ぎくしゃくするのは嫌だな…。)

 ここは辛いけど、お互いのためにも普通に振舞うしかない。みのりはそう心に決めた。


 将貴はみのりが去った部屋で一人落ち込んでいた。

 兄として、そして男として好きな女性に対する態度としては最低だった。

 思っている以上に自分はみのりの前では大人でいられないことを自覚させられた。

 みのりには「さみしい。」と言って欲しかったのに、物分りのいい顔で「大学受験のためだから仕方ないよね。」みたいな事を言われてしまって、ついカッとなってしまった。

 今頃反省しても遅いんだけど、みのりにとって自分の存在はそんなものだったのかと思うと、勝手だが腹が立ってくる。

(俺はこんなにみのりが好きなのに。ずっと、ずっとみのりだけが好きで、こうして今やっと触れ合えるという夢の様な日々がやってきたというのに、みのりときたら、ぜったい俺に惚れてるはずなのに…。まあ、確信は無いが…。あんなに求め合って、身体を重ね合って、気持ちは通じていると思っていたのに。それは自分の思い過ごしだったのか…。)

 それにしても今日の態度は無かったなと、改めて思う。

 後で顔を合わせたら、あやまろう。少し疲れていたんだとでも言って。

 何しろ、明日からは1週間も合えないのだから。

 こんな気持ちのまま行って、勉強に身が入るとは到底思えない。
 
 昼を過ぎても部屋から出てこないみのりを随分心配したが、夕方になると1階に降りていく音が聞こえたので、少し安心した。

 許してくれるといいんだが…。

 都合のいいことを願いながら、部屋を出る。

 リビングに行くとお腹がすいていたのだろう、みのりはシリアルにミルクをかけて遅い昼食を食べていた。

「みのり、あっ、あの…、さっきは、ごめっ…。」

 将貴があやまりの言葉を伝えようとした瞬間、みのりは満面の笑顔で振り向いた。

「将兄、私気にしてないから。あやまったりしないで。そんなことより、明日からの講習会がんばってね。」

 将貴は頭をガツンッと殴られたようなショックを受けた。

(みのりはあんな事があっても平気なのか…。やっぱり、俺への特別な気持ちなんてみじんも無いんだな。全てただの興味本位か…。ハハッ…。俺ばっかみてえ…。一人で期待して、一人で落ち込んで、その上、みのりをなぐさめようとしてたなんて…。)

「そっ、そうか…。ありがとな…。」

 将貴は力なく笑うとリビングを後にした。

 自分の部屋に入ると頭を抱えて床に座り込む。

(全て自分の勘違いだったんだ。一人相撲だった。俺が主導権を握っていたつもりだったのに、逆だったとは…。とんだ笑い話だ…。)

 そんな風に自虐的な考えばかりに囚われていた将貴だったが、ふと昨日決めたことがあることを思い出した。

『受験が終わったら告白する』

 あれはどうするのか。

 長年思い続けてきたその気持ちを告げずにこの家を去ることは出来ないと、あの結論に達したんじゃないのか。

 彼女が自分をどう思っていようと伝えようと決心したのに…。

 昨日までのようにみのりに触れることは出来ないのは辛いけど、決めたとおり告白することだけは実行しよう。

「みのり…。好きだ…。」

 みのりの残り香がかすかに残る布団を抱きしめ、将貴は思いを新たにした。

 将貴がそんな思いで過ごしていることなどつゆ知らず、みのりは兄を快く送り出す自分の懐の広さに、満足気だった。

(本当はめちゃくちゃ寂しいけど、将兄のためだもん、どんな我慢だってしちゃうんだから。)

 みのりは、変な方向に頑張るベクトルが向いていることにも気づかず、こちらも気持ちを新たにしたのだった。

 
 短期講習の始まる日、将兄はお昼には家を出る予定だった。

 朝からテキストや着替えなど持ち物の準備で忙しい将貴に、みのりはなかなか話しかけられないでいた。

 実のところ、几帳面な将貴は準備などもうとっくに済ましていたのだが、みのりとの気まずい時間を過ごさなくても良いように、忙しいふりをしていたのだった。

 みのりは邪魔をしてはいけないと分ってはいても、やはり1週間も離れ離れになるのは寂しい。

 将貴の気持ちなど知るはずのないみのりは、将貴が家を出る前に、少しでもいいからイチャイチャしたいな~なんて考えている。

 そんな訳で、荷物を持って2階からリビングに下りてきて一息ついてソファに座っている将貴を見逃すはずはなかった。

 将兄の後ろからそ~っと近づくと、すかさず腕を回した。

「なっ、なにするんだ。」

「こうするの!」

 そう言うと、みのりの方から唇を重ねる。

「やめろっ!」

 将貴はみのりを突き飛ばし、声を荒げる。

「どっ、どうして、将兄…。今日から1週間も離れ離れなんだよ。お別れのキスぐらいしたいよ!」

 そう言うみのりの瞳からは涙が溢れている。

「嘘泣きなんてするなよ。俺がいようがいまいが、お前にとってどうでもいいことなんだろっ!」

 言い終わらないうちに、みのりの平手が将貴の頬を激しく打った。

「将兄のバカー!鈍感!」

 そう言うとみのりは自分の部屋へ走って行ってしまった。

 しばらく呆然としていた将貴の頭の中では今のみのりの言葉が何度も繰り返されていた。

(バカ、鈍感?どういうことだ?)

 今まで俺がしてきた事といえば、無理やりキスをしたところから始まり、男女の関係までいってしまったことが責められるべきこととしてあてはまる。

 それなのに、みのりの口からはバカ、鈍感?という言葉が発せられたのだ。

 バカは分るとしても、鈍感とはどういうことだ?

 そして、その前に大事なことが、みのりは自分から俺にキスをしたのだ。

 あいつはチャラチャラした性格でもないし、好きでもない男と付き合うような軽い女じゃないことは将貴が一番知っている。

(そんなみのりが、自分からキスしてくるってことはやっぱり俺のことを好き?いやいや、そんなはずはないよな…。)

 あいつはどちらかと言えば奥手で、まあ、思春期だからいろいろと興味はあるようだけど、それ以外では本当にきちんとしてる。

 だから、身体の関係を持ったからと言って、あいつの気持ちまで自分に向いていると言える程単純な話ではない。

(あ~、ますます分からね~。女心ってホントわかんね~よ。)

 そうこうしているうちに、家を出る時間になった。

 返事が返ってくるとは思えなかったが、一応声をかけた。

「じゃあ、行って来るから。」

 やはり返事は無い。将貴は仕方なく荷物を担ぐと、家を後にした。
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