眺めのよい城。

おんきゅう

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そういうの疲れない?

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午前10:50 僕は喫茶オオタの前にいる。今日はアルバイト初日、約束の10分前には入らないと。


マスターの言う通り僕は生真面目だ。小中高とずっと皆勤賞で、宿題もちゃんとやってくるし勉強もそつなくこなす。なので周りから宿題を見せてだの、テスト範囲教えてだの色々頼られる事が多かった。僕は頼られる事が嬉しかったけど、今思えば周りからはただの都合の良い奴と思われていたんだろうな。

同級生の連絡先を僕はほとんど知らない。そんな薄い関係に嫌気がさして、誰も僕の事を知らない田舎に飛び込んだのかもしれない。と昔の事を思い出していたら、あっと言う間に約束の5分前になっていた。まずい、早く店に入らなきゃ。

急いで店のドアを開けると私服の優希さんがカウンターでスマホをいじっていた。昨日のサイズの合わないエプロン姿から、全く想像できないほど女の子らしい可愛い服装だった。僕はファッションについては全く知識がないので、説明するのは難しいのだが、あの華奢な身体にこの服だととても幼く見える。でも僕より歳上なんだよね、高校生だと思ってごめんなさい…。

「おはようございます!今日からよろしくお願いします!」

やはりこう言うのは最初が肝心だ、元気よく挨拶して好感をもってもらおう。

「はぁぁ…おはよ…朝から頭に響くから、もうちょっと静かにしてくれる?」

うっ…いきなり裏目に出た。

「しかし本当に来るとはね…冷やかしかと思ってた。パ…あ…マスターから細かい事教えてって頼まれたから、こっち来て」

とバックヤードやキッチン、接客など一通りの説明を不機嫌そうに、でも細かく丁寧に教えてくれた。意外と世話焼きなお姉さんタイプなのかもしれない。僕はコンビニでバイト経験があるので、接客は何とかやれそうだ。

「どう?簡単でしょ?ま…簡単すぎてすぐつまんなくなるんだけどね…」

「ははは…まぁでも喫茶店で働くのは初めてなので楽しみです」

「まっバイトだし、嫌になったらすぐ辞めればいいし気楽いこうよ」

「あの質問なのですが、何とお呼びすればよいですか?太田さんだとマスターとかぶってしまうし」

「は?太田さんとマスターならかぶってないじゃん、でも肩っ苦しいから優希でいいよ」

「わっかりました!では優希さんで!」

「うん、だからちょっとうるさい…」

「あ…すいません…」

気不味い雰囲気の中、小走りでマスターがやってきた。マスターの人の良さそうな顔を見て、何だかホッとしてしまった。

「おはよう、いやぁ~本当に来てくれるとは、助かるよ。とりあえず今日一日よろしくね!」

「こちらこそよろしくお願いします!」

優希さんは鬱陶しそうな顔をして奥へ行ってしまった。

「じゃあそろそろ開店の時間だね、キッチンは基本私がやるから、川上くんはホールをよろしくね。初日だしわからない事は優希に聞いてね、まぁ繁盛店って訳じゃないから気楽にいこう」

「はい!」

親子揃って気楽にいこうか。開店時間が過ぎてさっそくお客さんが入って来る、みんな常連さんなのか慣れた感じで席に座り注文する。

「おっ新人さん?頑張ってね」

「新人さんとは珍しい、マスターも大変そうだからなるべく長く続けてあげてね」

「これ、今日私の畑で採れた野菜なの、良かったらみんなで分けて食べてね!」

と声をかけてくれたりお土産をくれるお客さんもいた。ランチタイムはそこそこ忙しいけど、みんないい人なのでやり易い。東京のコンビニで働いていた時は、クレームやイチャモンが日常茶飯事の殺伐とした雰囲気だった。それに比べればここは天国だ、なのに相変わらず優希さんは不機嫌そうな顔で接客。

そういえば余裕が無くてちゃんと見ていなかったけど、よく見ると優希さんの顔ってスゴく可愛いな。あの気難しい性格が無ければモテるだろうな、いやもう彼氏とかいるのかな?

「何?ジロジロと気持ち悪いんだけど」

「あっすいません…」

「早く空いた食器下げてきて」

「はい」

ランチタイムも一段落して、マスターから休憩にしてと言われる。喫茶オオタはまかないがタダ、これは貧乏学生にはありがたい。バックヤードの小さな部屋で優希さんと2人でまかないを食べる。

優希さんはスマホ片手に食事している、今日は初日だしこんな時は何か話しかけて親交を深めねば、でも話題が…あ!そうだ!

「あの、僕は今年から桜花大学に入学するんですよ、優希さんは2年生なんですよね?」

「うん、知ってる」

会話終了、万事休す。どうしたもんかと頭を捻っていると、優希さんから話しかけてきた。

「あのさ、そういうの疲れない?別に無理して話さなくたって私は死なないから大丈夫だよ」

「あ…そうですね…」

「気なんか使わなくていいから、私は静かに食べたいの」

確かにその通り、無理して相手を気遣っても実は相手にとっては迷惑だったりする事もある。優希さんと僕の静かな休憩が終わり、少し働いた所でマスターに呼ばれた。

「今日は初日だしこんなもんで上がってくれていいよ、シフトとか時給の事とか諸々明日にでも話そう」

「わかりました」

「明日も…来てくれるよね?」

「もちろんです!」

「良かった!それじゃお疲れ様」

僕がバックヤードで帰りの準備をしていると、ヒョコっと優希さんがやってきた。

「明日も来るんでしょ?」

「はい、もちろんです」

「そう、よろしくね…えと…後輩くん」

「あ………はい!!よろしくお願いします!!」

「っだ・か・らぁぁぁ」

後輩くんだなんて、少しだけ打ち解けたと自分で勝手に解釈して、嬉しくてついつい今日一番の大きい声を出してしまった。当然怒られる。


「あはは!そりゃ大変だぁ」

その週の日曜日の昼下がり、僕は神社のベンチで山城さんと話している。今日も良い天気で城からの眺めも良い、神社の桜は満開で丁度見頃を迎えていた。ニャー太とニャー助は元気に境内を走り回っている。明日からいよいよ大学が始まる。

「でもマスターやお客さんはみんな良い人ばかりなので、惜しいと言うか何と言うか」

「いやいや最初から順風満帆じゃつまんなくない?ちょっとくらい波乱があった方が面白いよ」

「面白いのは話を聞いてる山城さんだけじゃないですかぁ」

「なはは!バレたか、でもそのツンデレちゃん可愛いんでしょ?いいじゃん目の保養になって」

「デレは無いですよ、まぁ顔は…確かに可愛いですけど…」

山城さんはニヤニヤしながら僕を眺める。

「ふぅーーん、こりゃ今後が楽しみだ。今度お店に遊びに行くね」

「他人事だと思ってぇ」

「んじゃ私はそろそろ行かなきゃ、明日から大学頑張ってね、応援してる!」

新しい土地での新生活は、色々変化があって楽しいけど大変だ。猫達が走り疲れたのか僕の膝に乗って甘えてくる、お前たちは気楽でいいよなぁ。

僕は優しく猫達を撫でて、長いため息をついた。














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