山田がふりむくその前に。

おんきゅう

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私の町に初雪が降る、と言っても積もるほどではない。町が白銀の世界になるまでは、あと1ヶ月くらいはかかる。今日も山田と私は朝から読書、この寒い中よく続くなと我ながら感心する。


山田の野球部は2回戦で強豪校とあたり敗退、けっこう惜しいスコアだったらしいが、また次頑張ってと励ましの言葉をメールで送った。応援に来て欲しかったと返信が来たので、人が多い所は苦手だからゴメンと謝っといた。

部活が一段落して山田の読書熱は更に加速した。朝だけ読んでいた本を、今では帰宅してからも熱心に読んでいる。なので読むペースがかなり上がり、私のオススメ本もだいぶストックが無くなってきた。私も必死に新しい本を買って読んで、山田にも読めるか楽しめるか、判断する作業に追われていた。

「ねっ!そろそろ俺も難しい系の文学とか読んでもいいと思うんだよね。それなりに色んな本を読んできたし、どう思う?」

「そうだね…試しに読んでみる?無理そうなら…また読み易い本に戻せばいいし…」

色んな本って大半は読み易い恋愛小説じゃんってツッコミを入れたくなったけど、本人のやる気を挫くのも悪いし、何よりツッコミを入れるコミュ力も無いので辞めといた。難しいオススメ本かぁ…あるにはあるけど、すぐに挫折して読書が嫌になったりしないかな?下手したらこの充実した時間が終わってしまうかも…。

外はチラチラと雪が降っている、思えばこの朝の読書会を始めてもう3ヶ月たった。山田はもう10冊は読んだかな、とりあえず読書初心者はそろそろ卒業なのかもしれない。本を読む山田の横顔もだいぶ様になってきた、私はその横顔をバレない様にチラチラと盗み見る。すると山田が本を読みながらおもむろに

「そろそろクリスマスだなぁ、花井はクリスマスに予定とかあるの?」

「……………っえ?」

これってもしかして、デートのお誘いってやつか?いやいや冷静になれ、この女子として魅力0%の私をデートに誘う男子なんてこの世にいるのか?いたとしたら天文学的確率だぞ?そんな奇跡が起こる事なんてあり得ない。私の頭の中はグルグルと混乱した

「…えと…な…何にもない…よ…」

「そっかぁ、俺は野球部の野郎たちと集まって男だけのクリスマスパーティーやるんだぜ!ウケるでしょ?あははは!」

「あはは…は?…あ…そうなんだ…楽しそうだね…」

ホッとしたのかガッカリしたのか、色んな感情が私の中で渦巻いた。何より淡い期待をしてしまった自分がとてつもなく恥ずかしい、穴があったら入りたいとは正に今この瞬間の事を言うんだなと実感した。山田は男だらけのクリスマスパーティーの計画について色々話してくれたが、私は上の空でまったく話が耳に入って来なかった。すると山田が思わぬ事を口にした

「ちなみにパーティーは25日なんだけどさ、花井は24日って空いてたりする?」

急降下からの急展開、もちろん空いているって言うか16年間ずっと12/24は空きっぱなしだ。

「…あ…空いてるけど…なに?」

「そっか!いや…ちょっと花井と一緒に本屋にでも行ってさ…色々冬休みに読む本を買いに行けたらいいなって」

「ああ…そうだね…帰りが遅くならなければ…大丈夫だと思うよ」

「よし!じゃあ決まりね!店は花井の方がよく知ってるだろうから案内よろしく!」

「…うん…わかった…」

これをデートと言うのかは置いといて、16年間で初めてクリスマスに男子と買い物に行く、これは私にとって革命的な一日になりそうだ。いわゆるクリスマスの奇跡ってやつなのか?ニヤニヤしそうになる顔を必死に堪えるのに必死だった。山田はそんな私にお構いなく畳み掛ける

「本買うだけだとすぐ終わっちゃうからさ、どっか喫茶店入ったりしようぜ!あと他に買いたい物あるから付き合ってよ」

はいデート確定、もうデートの何ものでもない。こんなリア充コースを山田と私で周るのか?今から信じられない。でも買いたい物ってなんだろ?私が恐る恐る山田に質問すると

「えーとね…それは当日までの秘密って事で」

恋愛小説を浴びるほど読んだ私にだから分かる、これは…日頃の感謝を込めて私へのプレゼントだ、もうそれしか考えられない。もういよいよニヤニヤが抑えられなくなった私は思わず顔を伏せた。

「急にどした?お腹でも痛いの?大丈夫か?」

「いや…そうじゃなくて…その…」

「その…何?」

「う…」

「う?」

「うれしくて…ニヤニヤした顔…見られたくなくて…」

しばしの沈黙の後、山田の大きな笑い声が教室に響いた。山田と私以外誰もいない教室、寒いはずの教室が今はまるで南の国の様に暑い、こんなに身体が火照るなんて風邪で熱を出した時以来だ。

「いや、笑ったりしてゴメン!怒った?」

「う…ううん、怒ってないよ…」

「良かった、俺も花井と一緒に出かける約束出来て、すげー嬉しいよ」

「なんで?…私みたいな女と出かけて…嬉しい?」

「そりゃ嬉しいよ、だって…」

「だって…?」

「あーゴメン!トイレ行って来る!漏れそう!」

「え?…ちょ…ま…って…」

山田はサッと立ち上がり、あっという間に教室から出て行ってしまった。それから山田が戻って来たのは授業が始まる5分前だった。もうクラスメイト達も教室に集まり、続きを聞く雰囲気ではなかった。担任の教師が教室に入って来て、授業が始まった。

なんにせよ今年のクリスマスは今までとは違う、誰かと過ごすクリスマスになる。前の席の山田の大きな背中を眺めながら、私はニヤニヤしながらささやかな幸福感にしばし浸った。



雪が次第に強くなって来た、クリスマスの頃には町は白銀の世界になっているのだろう…。



















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