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悲喜劇のその後に
□□□
「なんて悪趣味な物語かしら」
私は拗ねたように言い、夫に本を押し付ける。
ただ出だしが似ているだけだよ。そう笑いながら彼はそれを本棚に戻した。
「この後身投げした伯爵令嬢は旅先で夜風に当たっていた隣国の王太子に救い出されるんだ」
そして彼はこの国にいたくないと泣く令嬢を自国に連れ帰り王妃にする。
彼の語るあらすじに、確かにそれなら別物かもしれないと私は膨らんだ腹を撫で返事をした。
「最初は妃になるのを拒み使用人として仕えようとする伯爵令嬢を王太子が口説き落とす部分が一番の人気らしいよ」
来年舞台化するらしいから二人で見に行こうか。
若きハーレイ伯爵、そして私の夫であるカインは私にそう笑いかけた。
それに複雑な表情をした私に、当然出産が終わって君の体調が良くなってからだよと年下の夫は頬に接吻ける。
心配事はそれではないと私は笑い返した。
「舞台と聞いて追い出された二人を思い出したの」
「ああ君の妹と……私の愚兄か」
あの後、運河に身投げした私は気を落ち着かせようとたまたま外にいたギースの弟、カインに救出された。
本当に運のいいことだと思う。水の女神が憐れんで助けてくれたのかもしれない。
しかし私は婚約者と妹の仕打ちによほど絶望したのか記憶を失くしてしまったらしい。
家のことや家族のことを聞くと酷く取り乱すし泣く為、そのまま帰したら又自害するとカインは思ったと言う。
兄の罪の償いをしようと、カインは私が落ち着くまでこっそり伯爵家の別荘の一つに匿った。
その間に元婚約者のギースは伯爵家を追放され、元妹のアンジェラは父母の離婚に伴い母方の実家で暮らすことになった。
だが『頭の病』を理由に半ば幽閉のような扱いを受けているらしい。本だけは自由に読めるといいが。
しかし頭の残念具合はギースも同等だ。
ハーレイの家名をこれ以上汚さない為、彼もまた伯爵領のどこで飼い殺されているのかもしれない。
カインは二人の話題が落ち着いた頃を見計らい、私を保護していることをラングレー伯爵家に伝えた。
父の喜びようは凄まじいものだったという。
それと同時に運河に飛び込み記憶を失くした私を彼が庇護していた出来事がひっそりと上流階級の噂になったらしい。誰が流したのだろう。
彼に保護されている間彼は私に一度も触れなかったが、それでも私が彼に匿われていたことは事実だ。
私とカインは早々に婚約した。賛同する者はいても反対する者は誰もいなかった。
何故なら両伯爵家にとってもこれが一番都合のいいことだからだ。結婚したのは更に半年後。
ここまで全部、兄を見限ったカインの書いた筋書き通りだった。
「あの二人、見目と声は良かったのだから役者になったら成功したかもしれないわね」
「役者を愚弄としてはいけないよ、愛しいエレオノーラ」
鈍感な愚者では無理な職業さ。そう窘められて私は反省した。若き、しかし先代以上に有能なハーレイ伯爵。
兄ではなく彼が当主の座を継いでくれてよかったという声を親戚づきあいの中で聞くことは少なくなかった。
どうやらギースは婚約破棄以前から色々とやらかしていたようだった。
直情的で騙されやすく、そして致命的に愚かだった元婚約者。確かに権力を与えてはいけない人間だ。家が滅びかねない。
そしてギースのやらかしの数々を婚約者の私にすら気づかれない程完璧に隠ぺいしていたのはその有能な弟だった。
つまりカインだ。
「……そうね。役者は脚本家の意図を読み取って演技をする能力がいるものね」
「そうだよ、私の賢きプリマドンナ」
彼が兄を見捨てるか迷った切っ掛けは私の義妹との密通だったという。
密通そのものよりも自分より何歳も年下の更に頭の幼い娘の言うことを愚直に信じ込み奴隷のようになっていた所に絶望したそうだ。
追放計画に私を巻き込んだのは、賭けだったらしい。
彼は幾つもの不貞の証拠品と共に私を訪ね事実を伝えてきた。
その後の反応で、婚約破棄を『私が』させなかった場合、少なくともギースとアンジェラは破局するだろう。
そして彼女が伯爵夫人として夫の手綱をぎっちり握るつもりなら弟の自分も愚兄の補佐役を続投してもいい。そう考えたそうだ。
このことを聞く度に当時の夫は私をどれだけ買いかぶっていたのかと呆れながら照れ臭くもなる。
だが私は婚約破棄を選んだのでギースおよびアンジェリカの追放計画が実行された。
彼らが私に仕組んだ婚約破棄劇を修正し大幅加筆した形で。カインが書き、私が演じたのだ。
つまり私と彼の関係は共犯意識がまず先にあった。愛情は、どうだろう。
再来月には子供が生まれる予定だ。心労で髪が全部抜けていまだ生えてこない父も今から楽しみにしている。
私は年下の夫に質問をしてみた。
「……ねえ、私たちの関係って脚本家と主演女優のままかしら?」
「いいや、妻を誰よりも愛している夫と……夫に誰よりも愛されている妻、さ」
気障な台詞を言いながら徐々に顔を赤くしていくカインに私は笑って性別を入れ替えた台詞を返す。
どうやら伯爵様は男優には向いていないらしい。けれど私の夫としては申し分ないからいいだろう。
私たちは、お腹の子に負担のかからない優しい接吻を交わした。
【終わり】
「なんて悪趣味な物語かしら」
私は拗ねたように言い、夫に本を押し付ける。
ただ出だしが似ているだけだよ。そう笑いながら彼はそれを本棚に戻した。
「この後身投げした伯爵令嬢は旅先で夜風に当たっていた隣国の王太子に救い出されるんだ」
そして彼はこの国にいたくないと泣く令嬢を自国に連れ帰り王妃にする。
彼の語るあらすじに、確かにそれなら別物かもしれないと私は膨らんだ腹を撫で返事をした。
「最初は妃になるのを拒み使用人として仕えようとする伯爵令嬢を王太子が口説き落とす部分が一番の人気らしいよ」
来年舞台化するらしいから二人で見に行こうか。
若きハーレイ伯爵、そして私の夫であるカインは私にそう笑いかけた。
それに複雑な表情をした私に、当然出産が終わって君の体調が良くなってからだよと年下の夫は頬に接吻ける。
心配事はそれではないと私は笑い返した。
「舞台と聞いて追い出された二人を思い出したの」
「ああ君の妹と……私の愚兄か」
あの後、運河に身投げした私は気を落ち着かせようとたまたま外にいたギースの弟、カインに救出された。
本当に運のいいことだと思う。水の女神が憐れんで助けてくれたのかもしれない。
しかし私は婚約者と妹の仕打ちによほど絶望したのか記憶を失くしてしまったらしい。
家のことや家族のことを聞くと酷く取り乱すし泣く為、そのまま帰したら又自害するとカインは思ったと言う。
兄の罪の償いをしようと、カインは私が落ち着くまでこっそり伯爵家の別荘の一つに匿った。
その間に元婚約者のギースは伯爵家を追放され、元妹のアンジェラは父母の離婚に伴い母方の実家で暮らすことになった。
だが『頭の病』を理由に半ば幽閉のような扱いを受けているらしい。本だけは自由に読めるといいが。
しかし頭の残念具合はギースも同等だ。
ハーレイの家名をこれ以上汚さない為、彼もまた伯爵領のどこで飼い殺されているのかもしれない。
カインは二人の話題が落ち着いた頃を見計らい、私を保護していることをラングレー伯爵家に伝えた。
父の喜びようは凄まじいものだったという。
それと同時に運河に飛び込み記憶を失くした私を彼が庇護していた出来事がひっそりと上流階級の噂になったらしい。誰が流したのだろう。
彼に保護されている間彼は私に一度も触れなかったが、それでも私が彼に匿われていたことは事実だ。
私とカインは早々に婚約した。賛同する者はいても反対する者は誰もいなかった。
何故なら両伯爵家にとってもこれが一番都合のいいことだからだ。結婚したのは更に半年後。
ここまで全部、兄を見限ったカインの書いた筋書き通りだった。
「あの二人、見目と声は良かったのだから役者になったら成功したかもしれないわね」
「役者を愚弄としてはいけないよ、愛しいエレオノーラ」
鈍感な愚者では無理な職業さ。そう窘められて私は反省した。若き、しかし先代以上に有能なハーレイ伯爵。
兄ではなく彼が当主の座を継いでくれてよかったという声を親戚づきあいの中で聞くことは少なくなかった。
どうやらギースは婚約破棄以前から色々とやらかしていたようだった。
直情的で騙されやすく、そして致命的に愚かだった元婚約者。確かに権力を与えてはいけない人間だ。家が滅びかねない。
そしてギースのやらかしの数々を婚約者の私にすら気づかれない程完璧に隠ぺいしていたのはその有能な弟だった。
つまりカインだ。
「……そうね。役者は脚本家の意図を読み取って演技をする能力がいるものね」
「そうだよ、私の賢きプリマドンナ」
彼が兄を見捨てるか迷った切っ掛けは私の義妹との密通だったという。
密通そのものよりも自分より何歳も年下の更に頭の幼い娘の言うことを愚直に信じ込み奴隷のようになっていた所に絶望したそうだ。
追放計画に私を巻き込んだのは、賭けだったらしい。
彼は幾つもの不貞の証拠品と共に私を訪ね事実を伝えてきた。
その後の反応で、婚約破棄を『私が』させなかった場合、少なくともギースとアンジェラは破局するだろう。
そして彼女が伯爵夫人として夫の手綱をぎっちり握るつもりなら弟の自分も愚兄の補佐役を続投してもいい。そう考えたそうだ。
このことを聞く度に当時の夫は私をどれだけ買いかぶっていたのかと呆れながら照れ臭くもなる。
だが私は婚約破棄を選んだのでギースおよびアンジェリカの追放計画が実行された。
彼らが私に仕組んだ婚約破棄劇を修正し大幅加筆した形で。カインが書き、私が演じたのだ。
つまり私と彼の関係は共犯意識がまず先にあった。愛情は、どうだろう。
再来月には子供が生まれる予定だ。心労で髪が全部抜けていまだ生えてこない父も今から楽しみにしている。
私は年下の夫に質問をしてみた。
「……ねえ、私たちの関係って脚本家と主演女優のままかしら?」
「いいや、妻を誰よりも愛している夫と……夫に誰よりも愛されている妻、さ」
気障な台詞を言いながら徐々に顔を赤くしていくカインに私は笑って性別を入れ替えた台詞を返す。
どうやら伯爵様は男優には向いていないらしい。けれど私の夫としては申し分ないからいいだろう。
私たちは、お腹の子に負担のかからない優しい接吻を交わした。
【終わり】
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