君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ

文字の大きさ
40 / 65

39.突然の発作

しおりを挟む
「まあそうよね、弟が当主である兄に命令するなんて普通の家なら有り得ないもの」

 アルマ姉さんが納得したように言う。もしかしたら嫌味も混じっているかもしれない。
 でも実際この伯爵家が普通では無いのは確かだった。

 私だってこの国の全ての貴族を知っているわけでは無い。
 寧ろ箱入り令嬢のマリアンは世間知らずな方だろう。
 更に今は前世の記憶まで戻ってきている。

 けれど現世と前世、どちらの価値観でもフェリクスとラウルの関係は異常だ。
 そして二人の母親の前伯爵夫人も外見通りの無害な人物では無いような気がした。

「貴族は家父長制で先代伯爵は大分前に逝去されているから、この家で一番偉くて発言権があるのは本来なら貴方の筈……次に伯爵夫人であるマリアンかしら?」

 どちらもそんな扱いをされていないようだけれど。
 アルマ姉さんの指摘に何故か私の耳まで痛くなった。
 伯爵夫人らしい扱いは受けてないし、伯爵夫人として毅然と振舞った記憶も無い。
 
 メイドや執事たちを増長させたのは私が彼らの機嫌を伺い過ぎたせいもあるだろう。
 だとするとフェリクスが使用人、特に執事に軽んじられているのも同じ理由だろうか。
 しかし伯爵家の長男で王太子とも親しく剣の腕も優れている彼が、使用人たちにへりくだる理由は思いつかなかった。

「でも私がこの家の執事と話した限りだと違うようね。彼は次男を守るために当主の貴方に罪を平気で被せた、それに……」

「だ、旦那様っ!!」

 アルマ姉さんの言葉を男の声が遮る。
 全員で声の方角に視線をやるとそこには執事のアルバートが肩で息をしながら立っていた。
 
「奥様が、又発作を……!」

 そう言いながら室内に足を踏み入れようとする彼をアルマ姉さんが制する。

「誰が入っていいと言ったの?」
「な……!」
「止まれ、アルバート!」

 怒りに顔を赤くした執事に今度はフェリクスが命じる。
 そして逞しい体格でアルバートの前に立ちふさがった。まるで言葉だけでは止められないとでも言うように。

「旦那様、奥様よりあの者たちを優先するのですか!!」
「そういう訳では……いや、それよりも母がどうした」

 執事に抗議されたフェリクスが弱気な返事をしようとして、途中で止めた。
 私とアルマ姉さんの存在を思い出したのかもしれない。だとしたら無礼な執事を叱りつけるぐらいしても良いのだが。

「奥様が又発作を起こされまして、すぐお越し下さい!」

 発作? 私は内心首を傾げた。
 前伯爵夫人は確かに線が細く儚げな人だが、発作を起こす病気持ちだとは聞いたことが無い。
 医者が定期的に伯爵家を訪れているという記憶も無かった。

「……わかった」

 私の疑念も知らずフェリクスは静かに返答する。溜息こそ吐かないが、確かに疲れたような気配はその声にあった。
 まるで介護疲れをしている人の様だ。

 しかし完全に私たちの存在が無視されている。何と声をかければいいか迷っているとアルマ姉さんが口を開いた。

「何やら取り込み中ね、私たちはこのままお暇します。妹がこの家で迫害された証拠は全部押収出来たしね」
「なっ」 

 姉の物騒な言葉に反応したのはフェリクスではなく執事のアルバートだった。
 しかしアルマ姉さんはその反応を無視してフェリクスにだけ話しかける。

「これがあれば私の知り合いの御婦人たちにも妹がどんな目に遭ったか信じて貰えると思うわ、この証拠が無ければ信じて貰えないぐらい有り得ない話だもの」
「アルマ姉さん、知り合いって?」

 私が質問すると彼女は優雅に微笑む。

「私も大公家に嫁いで十年経っているからね、その間に知り合った方々よ。シスタードロシア様とかね」
「たっ……?」

 アルバートが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
 本当にアルマ姉さんが大公夫人だと知らなかったらしい。それで伯爵家の執事をやれているのはある意味凄いと思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

[完結]出来損ないと言われた令嬢、実は規格外でした!

青空一夏
恋愛
「おまえなど生まれてこなければ良かったのだ!」そうお父様に言われ続けた私。高位貴族の令嬢だったお母様は、お父様に深く愛され、使用人からも慕われていた。そのお母様の命を奪ってこの世に生まれた私。お母様を失ったお父様は、私を憎んだ。その後、お父様は平民の女性を屋敷に迎え入れ、その女性に子供ができる。後妻に屋敷の切り盛りを任せ、私の腹違いの妹を溺愛するお父様は、私を本邸から追い出し離れに住まわせた。私は、お父様からは無視されるか罵倒されるか、使用人からは見下されている。そんな私でも家庭教師から褒められたことは嬉しい出来事だった。この家庭教師は必ず前日に教えた内容を、翌日に試験する。しかし、その答案用紙さえも、妹のものとすり替えられる。それは間違いだらけの答案用紙で、「カーク侯爵家の恥さらし。やはりおまえは生まれてくるべきじゃなかったんだな」と言われた。カーク侯爵家の跡継ぎは妹だと言われたが、私は答案用紙をすり替えられたことのほうがショックだった。やがて学園に入学するのだがーー これは父親から嫌われたヒロインが、後妻と腹違いの妹に虐げられたり、学園でも妹に嫌がらせされるなか、力に目覚め、紆余曲折ありながらも幸せになる、ラブストーリー。 ※短編の予定ですが、長編になる可能性もあります。

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

処理中です...