30 / 123
第一部
30.
しおりを挟む
ホルガーがケビンに対して手紙を書きたいと言うので一旦席を外した。
確かに家令として長年勤めていた上に急に辞めるとなったら幾らでも伝えたいことはあるだろう。
感傷的な意味でも実務的な意味でも。
「じゃあその間に公爵夫人の怪我でも診せてもらおうかな。それが私の呼ばれた理由だしね」
そう言ってレインは私にウィンクした。
親戚だけあってケビンに似ているので色々と微妙な気持ちになる。
「では私の部屋でお願いします」
流石にホルガーの前で背中を出す気にはなれない。
元々の予定通り公爵夫人室に案内しようとする私にレインは大袈裟に肩を竦めた。
「やれやれ、こんな可愛い奥さんと私が寝室で二人きりなんてケビンの奴に妬かれないかな」
「大丈夫ですよ、あの人は亡き奥様しか眼中にないので」
私が微笑んで口にするとレインは固まる。
ホルガーは手紙を書くのに集中している振りをしていた。
「それにレイン先生と私で間違いが起きるなんて有り得ませんから」
そう言って私は扉を開ける。レインは微妙な表情で何か小声で言っていた。
無視して部屋の外に出る。暫く歩いているとレインが診察鞄片手に追いかけて来た。
公爵夫人室まで特に会話せず二人で歩く。途中で何人かメイドと擦れ違った。
挨拶するメイドと私を無視するメイドの二種類が居たので、ちゃんと記憶しておく。
ただどちらもレインにはちゃんと挨拶をしていた。
私を無視してそれをするメイドたちに呆れる。
「貴方たち、そんな子供じみた真似をして困るのはレイン先生だとわからないの」
実際私の横のレインは苦笑いを浮かべるしかなかった。
当たり前だ。公爵家の使用人が公爵夫人を無視して親戚の自分にだけ挨拶をしているのだから。
レインが私を排斥したい虐めてやりたいと積極的に思っていないなら困惑するに決まっている。
彼女たちは何も言わず私を睨みつけると小走りに逃げて行った。背中だけでなく頭も痛くなる。
溜息を吐いた後、到着した公爵夫人室にレインを招き入れる。そして頭を下げた。
「申し訳ありません、使用人教育が全く出来ていなくて」
「いや仕方ないよ、昨日今日この家に来たわけだし寧ろよくやってると思うよ」
「そうでしょうか」
「うん、ホルガーに関しての采配とか凄い事だと思うよ。私が君と同じ年にはそんな風にしっかりしていなかった」
まあ中身は外見年齢通りじゃないしねと思う。そんなこと話したり出来ないけれど。
「でも結婚式の時の君は、凄く緊張していて大人しくて……今の君とは別人みたいだったな」
レインの言葉に私は顔を上げる。緑の瞳からは感情が伺えなかった。
別人という指摘に一瞬心臓が跳ね上がるのが分かった。相手が何気なく口にした言葉だとしても。
正確には別人ではない。
エリカ・オルソンとして十七年間生きて来た記憶はある。
ただ性格は随分と変わってしまった。
元々のエリカは良くも悪くも善性の塊で誰も恨まず清く正しく生きていけばきっと幸せになれると信じていた。
しかしその願いにヒビを入れたのが初夜でのケビンの態度だ。
エリカは信じていたのだ。夫になったケビンならわかってくれるだろうと。
二人きりで話せばきっと悪女だという誤解は解けると。
しかし会話など無かった。男遊びが激しいなら乱暴に抱いていいよなというとんでもない事を一方的に言われた。
そしてショック死するレベルの精神的衝撃を受けて、心を守るために気絶した。
原作のエリカはその後普通に目が覚める。
そして乱暴されてないことに気付き、ケビンの冗談を真に受けて初夜を台無しにした自分に青褪める。
ただ今回は何故かエリカとその前世である私の性格が切り替わったようになってしまった。
(エリカも本当は逃げられるなら、逃げたかったのかもね)
辛い現実に耐えられなくて別の人格を生み出し肩代わりさせた人物の本を読んだことがある。
それと今の私たちに起きていることが全く同じ事象とは限らないけれど、似たようなものではと取り合えず私は結論付けて置いた。
「そうですね。確かに別人に思えるかもしれません。でも弱いままでは生きていけないと思ったので」
「え……」
「初夜の時公爵様に悪女なら乱暴に抱いても構わないだろうと言われました。そして今日は思い切り壁に叩きつけられました」
「そんな、ケビンが……嘘だろう?」
レインが表情を固くしながら言う。私は少しだけ失望した。
でも仕方ないのかもしれない。
だってレインはケビンのことが好きなのだから。
「嘘ではないですよ。診察して頂ければわかります」
私はそう言うとレインの前でドレスを脱いだ。
確かに家令として長年勤めていた上に急に辞めるとなったら幾らでも伝えたいことはあるだろう。
感傷的な意味でも実務的な意味でも。
「じゃあその間に公爵夫人の怪我でも診せてもらおうかな。それが私の呼ばれた理由だしね」
そう言ってレインは私にウィンクした。
親戚だけあってケビンに似ているので色々と微妙な気持ちになる。
「では私の部屋でお願いします」
流石にホルガーの前で背中を出す気にはなれない。
元々の予定通り公爵夫人室に案内しようとする私にレインは大袈裟に肩を竦めた。
「やれやれ、こんな可愛い奥さんと私が寝室で二人きりなんてケビンの奴に妬かれないかな」
「大丈夫ですよ、あの人は亡き奥様しか眼中にないので」
私が微笑んで口にするとレインは固まる。
ホルガーは手紙を書くのに集中している振りをしていた。
「それにレイン先生と私で間違いが起きるなんて有り得ませんから」
そう言って私は扉を開ける。レインは微妙な表情で何か小声で言っていた。
無視して部屋の外に出る。暫く歩いているとレインが診察鞄片手に追いかけて来た。
公爵夫人室まで特に会話せず二人で歩く。途中で何人かメイドと擦れ違った。
挨拶するメイドと私を無視するメイドの二種類が居たので、ちゃんと記憶しておく。
ただどちらもレインにはちゃんと挨拶をしていた。
私を無視してそれをするメイドたちに呆れる。
「貴方たち、そんな子供じみた真似をして困るのはレイン先生だとわからないの」
実際私の横のレインは苦笑いを浮かべるしかなかった。
当たり前だ。公爵家の使用人が公爵夫人を無視して親戚の自分にだけ挨拶をしているのだから。
レインが私を排斥したい虐めてやりたいと積極的に思っていないなら困惑するに決まっている。
彼女たちは何も言わず私を睨みつけると小走りに逃げて行った。背中だけでなく頭も痛くなる。
溜息を吐いた後、到着した公爵夫人室にレインを招き入れる。そして頭を下げた。
「申し訳ありません、使用人教育が全く出来ていなくて」
「いや仕方ないよ、昨日今日この家に来たわけだし寧ろよくやってると思うよ」
「そうでしょうか」
「うん、ホルガーに関しての采配とか凄い事だと思うよ。私が君と同じ年にはそんな風にしっかりしていなかった」
まあ中身は外見年齢通りじゃないしねと思う。そんなこと話したり出来ないけれど。
「でも結婚式の時の君は、凄く緊張していて大人しくて……今の君とは別人みたいだったな」
レインの言葉に私は顔を上げる。緑の瞳からは感情が伺えなかった。
別人という指摘に一瞬心臓が跳ね上がるのが分かった。相手が何気なく口にした言葉だとしても。
正確には別人ではない。
エリカ・オルソンとして十七年間生きて来た記憶はある。
ただ性格は随分と変わってしまった。
元々のエリカは良くも悪くも善性の塊で誰も恨まず清く正しく生きていけばきっと幸せになれると信じていた。
しかしその願いにヒビを入れたのが初夜でのケビンの態度だ。
エリカは信じていたのだ。夫になったケビンならわかってくれるだろうと。
二人きりで話せばきっと悪女だという誤解は解けると。
しかし会話など無かった。男遊びが激しいなら乱暴に抱いていいよなというとんでもない事を一方的に言われた。
そしてショック死するレベルの精神的衝撃を受けて、心を守るために気絶した。
原作のエリカはその後普通に目が覚める。
そして乱暴されてないことに気付き、ケビンの冗談を真に受けて初夜を台無しにした自分に青褪める。
ただ今回は何故かエリカとその前世である私の性格が切り替わったようになってしまった。
(エリカも本当は逃げられるなら、逃げたかったのかもね)
辛い現実に耐えられなくて別の人格を生み出し肩代わりさせた人物の本を読んだことがある。
それと今の私たちに起きていることが全く同じ事象とは限らないけれど、似たようなものではと取り合えず私は結論付けて置いた。
「そうですね。確かに別人に思えるかもしれません。でも弱いままでは生きていけないと思ったので」
「え……」
「初夜の時公爵様に悪女なら乱暴に抱いても構わないだろうと言われました。そして今日は思い切り壁に叩きつけられました」
「そんな、ケビンが……嘘だろう?」
レインが表情を固くしながら言う。私は少しだけ失望した。
でも仕方ないのかもしれない。
だってレインはケビンのことが好きなのだから。
「嘘ではないですよ。診察して頂ければわかります」
私はそう言うとレインの前でドレスを脱いだ。
1,955
あなたにおすすめの小説
七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜
恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」
命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。
その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。
私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、
隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。
毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた
その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。
……しかし、その手紙は「裏切り」だった。
夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。
身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。
果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。
子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
三年目の離婚から始まる二度目の人生
あい
恋愛
三年子ができなければ、無条件で離婚できる――王国の制度。
三年目の夜、オーレリアは自らその条文を使い、公爵ルートヴィッヒに離婚を告げた。
理由はただ一つ。
“飾り”として生きるのをやめ、自分の手で商いをしたいから。
女性が公の場で立てる服を作るため、彼女は屋敷を去り、仕立て屋〈オーレリア・テイラーズ〉を開く。
店は順調に軌道に乗り、ついに王女の式典衣装を任されることに。
だが、その夜――激しい雨の中、彼女は馬車事故に遭い命を落とす。
(あと少し早く始めていたら、もっと夢を叶えられたのに……)
そう思った瞬間、目を覚ますと――三年前、ルートヴィッヒと結婚する前の世界に戻っていた。
これは、“三年目の離婚”から始まる、二度目の人生。
今度こそ、自分の人生を選び取るために。
ーーー
不定期更新になります。
全45話前後で完結予定です、よろしくお願いします🙇
第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている
山法師
恋愛
グレイフォアガウス王国の第二王女、シャーロット。
フォーサイス公爵家の次期公爵、セオドア。
二人は婚約者であるけれど、婚約者であるだけだった。
形だけの婚約者。二人の仲は冷め切っているし冷え切っている。
そもそも温度など、最初から存在していない。愛も恋も、友情も親しみも、二人の間には存在しない。
周知の事実のようなそれを、シャーロットもセオドアも否定しない。
お互いにほとんど関わりを持とうとしない、交流しようとしない、シャーロットとセオドアは。
婚約者としての親睦を深める茶会でだけ、顔を合わせる。
親睦を深める茶会だというのに、親睦は全く深まらない。親睦を深めるつもりも深める意味も、二人にはない。
形だけの婚約者との、形だけの親睦を深める茶会。
今日もまた、同じように。
「久しぶりに見る君が、いつにも増して愛らしく見えるし愛おしく思えて、僕は今にも天に召されそうなほどの幸福を味わっている。──?!」
「あたしのほうこそセオ様とお顔を合わせること、夢みたいに思ってるんですからね。大好きなセオ様を独り占めしているみたいに思えるんですよ。はっ?!」
顔を合わせて確認事項を本当に『確認』するだけの茶会が始まるはずが、それどころじゃない事態に陥った。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
冷遇夫がお探しの私は、隣にいます
終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに!
妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。
シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。
「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」
シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。
扉の向こうの、不貞行為。
これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。
まさかそれが、こんなことになるなんて!
目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。
猫の姿に向けられる夫からの愛情。
夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……?
* * *
他のサイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる