誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

文字の大きさ
29 / 106
第一部

29.

しおりを挟む
 公爵家かかりつけ医師のレインは嫌な顔をせず廊下まで来てくれた。
 そしてホルガーを手早く診察し、判断を下す。

「とりあえず安静にできる場所まで運ぼうか」

 私はその指示を受けて男性使用人二人にホルガーを彼の部屋のベッドまで運んでもらった。
 その間もずっとホルガーは謝罪の言葉を呻き声の合間に小声で言い続けていた。

「痛み止めと湿布を出すけれど、それで業務に戻ろうとはしないように」
「はい……」
「ここまで重症だと、ちゃんと専門で診て貰った上でコルセットも作って貰った方が良いね。かかりつけが無いなら紹介状を書くけれど」
「お願いします……」

 四つん這いで腰だけ上げた姿勢でホルガーが言う。
 使用人たちには部屋の外で待機して貰った。老執事の尊厳は出来る限り守ってあげたい。

 レインはホルガーに最後に食事した時刻などを問診すると言葉通り複数の薬を彼に処方した。

「こっちの薬は強いから必ず何か食べてから飲むように。それと一日二回まで、最低五時間は空けて……」
「あの、いいかしら」

 私は二人の会話に割り込む。

「ホルガーのご家族を呼んだ方が良いと思うのだけれど」

 彼が実家療養するにしても家族や使用人の手助けが必要になるだろう。
 それに公爵邸にあるホルガーの荷物を引き取ってもらう必要もある。

「そうだね。迎えは必要だと思うし家族にも可能なら説明しておきたい」

 レインは私の意見に同意してくれた。穏やかな口調だった。
 すらりとした体に白衣を纏う黒髪と濃紺の瞳の美形医師。
 間近で見るとあることに気付く。

(ケビンにどことなく似ているわね……親戚だし年齢も近いから当たり前かもしれないけれど)

 
 レイン・フォスターはアベニウス公爵家の傍系だ。
 フォスター男爵家は医者の名家で代々アベニウス公爵家のかかりつけ医を担当している。
 親戚だからというだけでなく腕も確かだからだ。その中でもレインは天才医師の名を欲しいままにしていた。

 でもそんな長所を台無しにする欠点がある。セクハラ癖だ。
 ただ今のところ漫画内で見たようなエリカへのセクハラは行われていない。
 単純に患者がホルガーだということと、そんな場合では無いからだろう。

(ずっとこの調子で居ればいいのに)

 私は真面目な表情で話しているレインを観察しながら思った。

「アベニウス公爵家のように屈強な使用人が常にいればいいけれど、そうでないなら車椅子の導入も視野に入れた方が良い」 
「やっぱり……この腰が完治することは、難しいでしょうか」
「緩和は出来ても完治は難しいね。この調子だと今までに何回も繰り返してろくな治療もしていないだろう」
「はい……」

 レインとホルガー二人の会話を聞いているたけで気が重くなってくる。あと腰に鈍痛を感じ始める。
 今の私は十代の若者だというのに。

「あの……ホルガーが腰痛治療を満足に行えなかった原因って家令としての仕事が大変だったからじゃないかしら」

 私がそう発言すると二人の視線がこちらに集中した。

 アベニウス公爵家の当主は定期的に王都に逗留する上に性格があれで、公爵夫人は十年近く不在。
 そんな状態だと家令であるホルガーが公爵家の大黒柱代わりになる場面もそこそこあったでは無いだろうか。
 ケビンが王都に行っている時とか判断仰ぐ相手もいないだろうし。

「ホルガーが必要な時に休養を取れない環境に公爵家が追い込んでしまったというなら治療費は負担するべきだと思うわ」
「奥様……」

 ホルガーが目を潤ませながらこちらを見てくる。年老いた小型犬の様だと何故か思った。

「最終的に公爵様の判断になるけれど、提案自体はしてもいいと思うの」

 私はそう二人に語り掛ける。彼の重症化した腰痛は半分ぐらい労災では無いかと。

 これは決して私がホルガーを精神的に揺さぶった結果トドメを刺したことに関する罪悪感を誤魔化す為の行動ではない。

 ケビンが治療費を出すのを断れば話は終わり、許可をしたら私もついでにホルガーに感謝される。
 そして運が良ければホルガーの息子のカーヴェルからの評価も何かする前から上がる筈だ。

 どうせこの後はケビンにホルガーについて退職含めて報告しなきゃいけないのだから、ついでに損しない賭けをしてもいいではないか。
 私は誠実そうな表情を浮かべつつ打算していた。

しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

処理中です...