103 / 106
第二部
16.
しおりを挟む
「も、申し訳御座いません。つい、奥様の顔を見たら安心してしまい……!」
「安心?」
焦りながらの謝罪は想定内。しかしその後の言葉に違和感を覚える。
私の顔を見て、この小娘なら下に見て大丈夫と判断したという事だろうか。
確かに原作でもエリカが無礼な商人などに軽んじられる事はそれなりにあった。
彼女のあどけなく可愛らしい顔立ちは度々庇護欲を誘うと漫画内で評された。
つまりそれは幼く格下に見られやすいという事でもある。
そうしてエリカが商人などに軽んじられた次の瞬間にはケビンなどが番犬のように相手へ睨みを効かせる。
そして無礼者は顔を青褪めさせ慌てて謝ってくるのだ。
肝心のエリカは何があったか気づかず不思議そうな顔をする。
ならケビンが居ない時のエリカは無礼な対応にどうしていたのだろうと今更不思議に思った。
(でも馬鹿にされている事にすら気づかなそうね)
前世ではそんな女主人公の事を天然とか良い意味で鈍感だと思っていた。
けれど自分がエリカになり過去の記憶を引き継いで気づく。
悪意に一々反応し怒ったり傷つくのは彼女の心を苦しめるだけなのだと。
伯爵家時代のエリカは嫌だと泣いても怒っても止めてもらえるような環境には居なかったのだから。
そう過去の出来事を思い返し切なくなっていると目の前の男の顔にも見覚えがある気がした。
「その、以前奥様が当店にいらっしゃった時の事をですね、思い出して懐かしくなったのです」
「ああ……」
その台詞で記憶が蘇る。確かにエリカとこの画材商は面識がある。
数年前の事だ。当時異母姉のローズは絵を描くことにはまっていた。
彼女が新しい趣味を見つけて一時的に熱中してすぐ飽きるのはよくある事だった。
今思えば当時入れ込んでいた男性の影響なのだろう。
使用人として使われていたエリカはある日画材店に注文した絵の具を引き取りに行くよう命じられた。
異母姉のローズ本人ではなく彼女に命じられた侍女にだ。
侍女が仕えている家の娘にお使いを命じる。
普通に考えれば異常な事だが伯爵家ではそれが日常だった。
だからエリカは疑問に思う事も無く画材店に向かい事前に注文していた絵の具を代金と引き換えに受け取ろうとした。
その時だった。
「確か貴方は私が受け取ろうとした絵の具を横から奪って行ったわよね」
微笑んでそう告げると中年男は固まった。
正確には横からではない。店番の後ろからひったくるように奪ったのだ。
そして絵の具をまじまじと見て安堵したように息を吐くと店番を引っ張って店の奥に消えた。
エリカはそのまま放置され暫くすると「今の絵の具は別の方が注文したものだ」と告げられた。
更に異母姉ローズが注文した絵の具はまだ届いていないと。
「当時は今のように謝罪すら無かったわ」
代わりに店番をしていた若い青年は申し訳なさそうに謝った。その横でこの男はふんぞり返っていた。
空気を悪くしたくなかったエリカは微笑んで気にしないで下さいと返して帰宅した。
そして異母姉ローズに「何故そこで引き下がった」と激怒され折檻を受けたのだ。
多分この画材商は当時のエリカの押しの弱さだけを覚えていたのだろう。
自分がエリカやオルソン伯爵家にどれだけの無礼を働いたのかは都合良く忘れて。
「そ、それは気が動転していて、ですな……」
当時と違い私は柔和な笑顔を浮かべたりはしない。
そうですかと微笑んで受け入れたりしない。
だからだろうか画材商の顔には焦りと戸惑いがどんどん色濃くなっていった。
「だったら伯爵家まで追いかけて弁明しても良かったのでは? 誰が注文したのか把握していたでしょうし」
よく考えたら伯爵家の注文より優先した相手も少し気になって来た。
この男の小者ぶりを考えると仮令相手が先に注文したとしても伯爵家より格下なら無視したと思う。
つまり昔ローズと同じ絵の具を同時期に欲しがった格上の貴族が居たのだ。
(まあ、どうでもいい事ね)
今考えるべき事は目の前の画材商をどうするかだ。
公爵家が画材を注文する先がこの男の店だという事。
そして近場で一番大きい画材店がこの男の経営だという事を考えて呼んだが、今は不適切な選択に思える。
相手次第で態度をコロコロ変えるような大人を子供たちに関わらせたくない。
特に気が弱いロンには近づけたくない。
目を離した隙にどんな無礼な真似をされるか。考えただけで嫌な気持ちになる。
私が今回の話を打ち切る算段をしていると突然画材商が閃いたように顔を上げた。
まるで難局を抜け出す為の鍵を手に入れたような表情だ。
「じ、実はですね。あの時絵の具を欲しがったのはこちらの家の先代奥様なのです!」
「先代……?」
私は訝し気に画材商の台詞を鸚鵡返しにした。
「安心?」
焦りながらの謝罪は想定内。しかしその後の言葉に違和感を覚える。
私の顔を見て、この小娘なら下に見て大丈夫と判断したという事だろうか。
確かに原作でもエリカが無礼な商人などに軽んじられる事はそれなりにあった。
彼女のあどけなく可愛らしい顔立ちは度々庇護欲を誘うと漫画内で評された。
つまりそれは幼く格下に見られやすいという事でもある。
そうしてエリカが商人などに軽んじられた次の瞬間にはケビンなどが番犬のように相手へ睨みを効かせる。
そして無礼者は顔を青褪めさせ慌てて謝ってくるのだ。
肝心のエリカは何があったか気づかず不思議そうな顔をする。
ならケビンが居ない時のエリカは無礼な対応にどうしていたのだろうと今更不思議に思った。
(でも馬鹿にされている事にすら気づかなそうね)
前世ではそんな女主人公の事を天然とか良い意味で鈍感だと思っていた。
けれど自分がエリカになり過去の記憶を引き継いで気づく。
悪意に一々反応し怒ったり傷つくのは彼女の心を苦しめるだけなのだと。
伯爵家時代のエリカは嫌だと泣いても怒っても止めてもらえるような環境には居なかったのだから。
そう過去の出来事を思い返し切なくなっていると目の前の男の顔にも見覚えがある気がした。
「その、以前奥様が当店にいらっしゃった時の事をですね、思い出して懐かしくなったのです」
「ああ……」
その台詞で記憶が蘇る。確かにエリカとこの画材商は面識がある。
数年前の事だ。当時異母姉のローズは絵を描くことにはまっていた。
彼女が新しい趣味を見つけて一時的に熱中してすぐ飽きるのはよくある事だった。
今思えば当時入れ込んでいた男性の影響なのだろう。
使用人として使われていたエリカはある日画材店に注文した絵の具を引き取りに行くよう命じられた。
異母姉のローズ本人ではなく彼女に命じられた侍女にだ。
侍女が仕えている家の娘にお使いを命じる。
普通に考えれば異常な事だが伯爵家ではそれが日常だった。
だからエリカは疑問に思う事も無く画材店に向かい事前に注文していた絵の具を代金と引き換えに受け取ろうとした。
その時だった。
「確か貴方は私が受け取ろうとした絵の具を横から奪って行ったわよね」
微笑んでそう告げると中年男は固まった。
正確には横からではない。店番の後ろからひったくるように奪ったのだ。
そして絵の具をまじまじと見て安堵したように息を吐くと店番を引っ張って店の奥に消えた。
エリカはそのまま放置され暫くすると「今の絵の具は別の方が注文したものだ」と告げられた。
更に異母姉ローズが注文した絵の具はまだ届いていないと。
「当時は今のように謝罪すら無かったわ」
代わりに店番をしていた若い青年は申し訳なさそうに謝った。その横でこの男はふんぞり返っていた。
空気を悪くしたくなかったエリカは微笑んで気にしないで下さいと返して帰宅した。
そして異母姉ローズに「何故そこで引き下がった」と激怒され折檻を受けたのだ。
多分この画材商は当時のエリカの押しの弱さだけを覚えていたのだろう。
自分がエリカやオルソン伯爵家にどれだけの無礼を働いたのかは都合良く忘れて。
「そ、それは気が動転していて、ですな……」
当時と違い私は柔和な笑顔を浮かべたりはしない。
そうですかと微笑んで受け入れたりしない。
だからだろうか画材商の顔には焦りと戸惑いがどんどん色濃くなっていった。
「だったら伯爵家まで追いかけて弁明しても良かったのでは? 誰が注文したのか把握していたでしょうし」
よく考えたら伯爵家の注文より優先した相手も少し気になって来た。
この男の小者ぶりを考えると仮令相手が先に注文したとしても伯爵家より格下なら無視したと思う。
つまり昔ローズと同じ絵の具を同時期に欲しがった格上の貴族が居たのだ。
(まあ、どうでもいい事ね)
今考えるべき事は目の前の画材商をどうするかだ。
公爵家が画材を注文する先がこの男の店だという事。
そして近場で一番大きい画材店がこの男の経営だという事を考えて呼んだが、今は不適切な選択に思える。
相手次第で態度をコロコロ変えるような大人を子供たちに関わらせたくない。
特に気が弱いロンには近づけたくない。
目を離した隙にどんな無礼な真似をされるか。考えただけで嫌な気持ちになる。
私が今回の話を打ち切る算段をしていると突然画材商が閃いたように顔を上げた。
まるで難局を抜け出す為の鍵を手に入れたような表情だ。
「じ、実はですね。あの時絵の具を欲しがったのはこちらの家の先代奥様なのです!」
「先代……?」
私は訝し気に画材商の台詞を鸚鵡返しにした。
1,038
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる