前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ

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十一話 怒りと冷静

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 城からの帰りの馬車内では私よりも父の方が余程酷い顔色だった。


「……もう一族で他国に亡命するしかないのか」


 絶望に染まり切った発言に私は慌てる。

 この場には私と公爵の二人しかいないとはいえ軽々しく口にする内容ではない。

 いや、軽々しい気持ちで零れた言葉ではないだろう。

 私のことなんて見捨ててしまえばいい。それが一番穏当な手段だ。私の弟を、そして一族を巻き込む必要などない。

 シュタイト公爵家当主としての立場だけを考えるなら。

 しかし父はそうするつもりはないのだろう。

 だからこそ今真っ青な顔をして考え込んでいる彼に申し訳ないという気持ちが募る。

 
「私は大丈夫です。お父様」


 そう私は対面からシュタイト公爵に声をかけた。

 行方不明のセシル殿下の新しい婚約者に任ぜられたことは正直不快である。

 婚約相手へではない。行方不明の息子さえ嫌がらせに利用する国王の悪意と打算に吐き気がするのだ。

 王族との婚約を破棄しようとした身の程知らずの公爵家への罰。

 そして次期国王候補の息子を焚きつける為の餌。

 アリオス殿下のぎらぎらと欲望と希望に輝く瞳は今思い出してもうんざりする。

 彼が王になった時の自分の立場を考えると寒気がした。

 しかし彼が考える程に私の入手は容易くはないだろう。

 サイモン陛下は父よりも高齢だが老人という訳ではない。

 何より王の立場を利用し傲慢に振る舞うあの人物が、あと数年程度でその座を息子を譲るとは考えられない。 

 アリオス殿下はそもそも正式な後継者として未だに任命されていない。

 それは彼の兄も同じだった筈だ。失踪当時は既に十七歳だった。私はそのことに引っ掛かりを覚えた。

 私の新しい婚約者、セリス・ルーンファクト。彼についての詳しい情報は私の頭に殆どない。

 アリオス殿下が話題にすることすら嫌がっていたからだ。それでも片目が不自由であること、行方不明になったことは流石に知っている。

 彼は生きているのだろうか、それとも亡くなっているのだろうか。

 困難かもしれないがまずそこを確認しなければいけないと思った。

 彼が自分の意思で失踪したのではないのなら、居場所については多少心当たりがある。ないよりはましという程度だが。

 時間なら余裕がある。油断は出来ないが絶望する必要はまだない。抗ってみせる。


「アリオス殿下との婚約を解消したこと、私は決して後悔しておりません」


 彼と比べれば今はお近くにいらっしゃらないセリス殿下と婚約する方がずっと嬉しいです。

 そう私は笑みを浮かべシュタイト公爵に語り掛けた。

 彼もぎこちなく私に笑い返した。

 私はあの親子の思い通りに遊ばれてなどやらない。絶対にしてやるものか。 

 現国王だろうが二百年前の聖女である私を舐めないでほしい。年の功なら圧倒的にこちらが勝っているのだ。

 殴りたい相手はアリオス殿下だけではなかった。それを知った私の目は闘志に燃えていた。

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