前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ

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四十話 暗黒の夢(アリオス視点)

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 エミアは結局父に言いつけずに帰宅したらしい。

 けれどそれを知るのには公爵家から婚約解消の申し入れがある数日後のことだった。

 豹変した婚約者が傲慢な態度で立ち去るのを混乱のまま見送り、その日俺は苛立ちながら自室に戻った。

 王である父からの呼び出しがいつ来るのかと内心怯えながら。

 けれど夜が更けてもそのような沙汰はなく、かといってこちらから出向いて聞き出す気にもなれない。

 俺は着替えもせず寝台に身を横たえた。世話をしようとした使用人たちは皆部屋に入れず追い出していた。

 夕飯も取っていない。全部エミアのせいだ。今まで文句ひとつ言わず俯いているだけだった癖に。

 何が気に食わず今更牙をむこうと言うのか。か弱い無力な女の分際で。


「クソッ、」


 苛々とした不安が意識を苛み中々寝付けなかった。

 それでも堂々巡りの思考を時間が塗りつぶし意識は闇に沈んだ。それは文字で黒く塗りつぶしたような闇だった。

 夢の中だということを理解しているがそれでも気分が悪い。自分の体の一部すら見えないのだから。

 その癖意識だけはある。己が亡霊になってしまったような厭わしさだった。

 暫くそれに耐えているとうすぼんやりと白い空間が目の前に現れた。

 それに応じるかのように俺の姿もはっきりとなっていく。


「エミア……」


 眠る直前まで考えていたからか、そこには見慣れた一人の女が立っていた。

 青銀かがった長い髪と暗い紫の瞳。その表情も暗く俯いていて酷く懐かしさを感じた。


「エミア」


 もう一度名を呼ぶ。女は返事をしなかった。ただ怯えるように眉根を寄せる。その表情にほっとした。


「お別れを、言いに来ました」

「許さん」


 弱弱しく震える声に言葉と平手打ちを返す。冷静に考えると婚約者に手を上げるのは今回が初めてだった。罪悪感はなかった。

 相手が脆弱すぎたのか軽く顔を打っただけで地面へ倒れこむ。細身の体に馬乗りになり更に拳を使った。

 どうせ夢の中だ。現実の腹いせをこの場で纏めてしてしまおう。そう考え婚約者の姿をしたものに暴力を振るい嬲り尽くした。

 最後には泣き声も上げなくなった相手の首に手をかけ「謝れ」と命じた。エミアが言葉を話そうとした瞬間に首を絞める。


「聞こえない」


 血の気の引いた唇をはくはくとさせている顔に笑いながら告げる。ここまでしてようやく気分がすっきりした。

 死ぬ直前で手を離してやろう。そう思いながら絶望に彩られた女の顔を見つめ続ける。

 しかし次の瞬間捕えていたエミアの体は変化していた。
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