前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ

文字の大きさ
54 / 74

五十三話 竜の谷の伝説

しおりを挟む
「二人とも辛いことを思い出させてすまない。ただ、それぞれの話を聞いて重要なことがわかった」


 ロゼの言葉が私を二百年前から現在に引き戻す。

 彼女は部室の本棚から百科事典を取り出した。

 かなりの厚みがあるそれは専門書には及ばないが多くの事柄に関してそれなりの文字数を使い説明してある。私も何回か利用したことがあった。

 両手で抱えても重さを感じる大辞典を机に置きロゼは手慣れた仕草で頁をめくった。

 目当ての項目が見つかったのかその指が止まる。


「見てごらん」


 空いている方の手でロゼが指差している部分に視線を移す。

 そこには竜の谷と書いてあった。見たことは無いが確かアルとロゼの父親である辺境伯が管理している土地の筈だ。


「この場所は隣国サマルアとの国境に存在する。本当に深い谷で落ちたら翼でもない限り助からないと言われている」

「サマルアと……?」

「そうだ。今は長い橋がかけられていてそれを使って行き来している」

 
 嘆きの谷が存在するお陰で境界の守護が出来ていると言ってもいい。ロゼの言葉に私は首を傾げた。

 もし嘆きの谷が私の想定した場所に存在しているなら、二百年前にはそんなものはなかった。

 サマルアとの国境は平地で大規模な森林と巨竜の棲む洞窟があった。だから人間は迂闊に近づこうとはしなかった。

 私の死後に地形に変化があったのだろうか。事典の説明を読み進めていくと地震による地割れで出来たと書かれていた。

 成程。しかし国境を分断する規模の谷の原因となった地震とは随分と恐ろしい。

 巨竜ザッハークの翼を奪い高所から地に落とした時でさえそのようなことはなかったというのに。 

 そのような事を考えているとロゼがとんでもないことを言い出した。


「竜の谷は聖女エミヤが生み出したと言われている」

「は?」


 突拍子もない話に思わず間抜けな声を発してしまう。


「矢張り違ったか」

「当たり前でしょう、私を何だと思っているのよ!」


 横にいたアルまでそんなことを言い出すのでつい大声を上げてしまった。

 確かに攻撃魔法で地面を穿ったりしたことはあるがそんな大規模な地形変動をした記憶はない。

 そんなことが出来る力など二百年前の私でも持っていない。

 自然現象以外で人為的にそのようなことが出来る存在なんてそれこそ神ぐらいだろう。

 あるいはザッハーク級の力ある竜か。巨竜は罪を犯した神の成れの果てと言われていた。

 私は確かに竜を倒すことが出来たが、それは彼らの弱点属性の魔法を使うことが出来たからだ。

 全てにおいて竜の上位というわけではなく寧ろ殆どが劣っていて唯一光魔法だけで勝っていたに過ぎない。


「私にそんな能力はないし、そんなことをした記憶はないわ」


 改めてロゼに宣言する。彼女はそれを否定しなかった。


「そうだろうね、先程の話にそういった事実は含まれていなかった。そんなことをする余裕もなさそうだった」


 ただ伝承として竜の谷は聖女エミヤが生み出し、また生贄として身投げをした場所だと言われている。

 そうロゼに淡々と言われ、私は誰がそんな大嘘を後世にまで伝えたのだと溜息を吐きながら嘆いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

処理中です...