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アイリスフィアの章
残酷な記憶
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「でも、どうして婚約者相手に惚れ薬を?」
ひそひそ話にしては大きい声が聞こえる。式典に集まった貴族の内の誰かだろう。
もっともな疑問だ。夫婦となる為に意中の相手を惚れさせて虜にするのではなく、結婚相手に惚れ薬を使うなんて。
しかも聖女レノアの説明した通りなら毒薬とも呼べる危険な薬を使って。
どうしてそこまでしてジルク王子は私の心を操りたかったのだろう。
薬の影響か頭が痛む。ジルク王子が室内にいるからかもしれない。
だが先程までの心臓や脳みそを掻きむしられるような激情よりずっといい。私はいつから薬を使われていたのだろう。
アイリスフィア・エリアル。
名門貴族エリアル公爵家の一人娘である私は、その立場に相応しい貴族教育を受けた。
家は長男である弟が継ぐけれど、公爵家の娘として名のある貴族の家に嫁ぐ運命にあることは幼い頃から理解していた。
恋愛結婚など選択肢にはなかった。愛した人以外と結ばれるのが嫌だなんて我儘を言うつもりもなかった。
だから縁談の相手が第二王子だと知って少し驚いたけれど、それが公爵家にとっていいことならと私は頷いた。
その時点ではジルク王子に興味はなかったけれど、婚約者として親しくなっていけばいいと思っていた。
私は婚約する前は彼を愛してはいなかったけれど、それでも婚約してからは将来の夫となる彼を愛する努力をした。
でもだからって結婚前に体を許せだなんて。
「あ……」
私は思わず声を上げた。そうか、あの『仲直り』の時か。
今年の春卒業したアリシア貴族学園。一年前、その裏庭で同級生のジルク王子に無理やり唇を奪われた。
それだけでは終わらず私の服を脱がそうとした彼に私は必死で抵抗しそして感情を抑えつつも強く叱った。
王族が欲に負け誰が見ているかわからない場所でこのような振る舞いをしてはいけないと。
そしてこのような行為は婚姻の儀式が終わってから行うべきだと。少なくとも学生の立場でしていいことではない。
私と同じく十七歳だったジルク王子は、子供のように私を罵って立ち去った。その時に婚約は破談になるかもしれないと私は衣服を整えながら思った。
けれどその翌日彼は私に謝罪してくれて、仲直りの茶会をしようと言って学園内の王族専用の部屋で私に紅茶を淹れてくれたのだ。
随分と苦くて変わった味だったけれど、普段そのようなことをしない彼が苦労して給仕をしてくれたのだと嬉しく思ったのに。
けれどその後、彼に名を呼ばれて、服を脱ぐように言われて、私は。
私は何故素直に、従ってしまったのだろう。
正気を取り戻した今私の目からは涙が零れ続けた。
ひそひそ話にしては大きい声が聞こえる。式典に集まった貴族の内の誰かだろう。
もっともな疑問だ。夫婦となる為に意中の相手を惚れさせて虜にするのではなく、結婚相手に惚れ薬を使うなんて。
しかも聖女レノアの説明した通りなら毒薬とも呼べる危険な薬を使って。
どうしてそこまでしてジルク王子は私の心を操りたかったのだろう。
薬の影響か頭が痛む。ジルク王子が室内にいるからかもしれない。
だが先程までの心臓や脳みそを掻きむしられるような激情よりずっといい。私はいつから薬を使われていたのだろう。
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だから縁談の相手が第二王子だと知って少し驚いたけれど、それが公爵家にとっていいことならと私は頷いた。
その時点ではジルク王子に興味はなかったけれど、婚約者として親しくなっていけばいいと思っていた。
私は婚約する前は彼を愛してはいなかったけれど、それでも婚約してからは将来の夫となる彼を愛する努力をした。
でもだからって結婚前に体を許せだなんて。
「あ……」
私は思わず声を上げた。そうか、あの『仲直り』の時か。
今年の春卒業したアリシア貴族学園。一年前、その裏庭で同級生のジルク王子に無理やり唇を奪われた。
それだけでは終わらず私の服を脱がそうとした彼に私は必死で抵抗しそして感情を抑えつつも強く叱った。
王族が欲に負け誰が見ているかわからない場所でこのような振る舞いをしてはいけないと。
そしてこのような行為は婚姻の儀式が終わってから行うべきだと。少なくとも学生の立場でしていいことではない。
私と同じく十七歳だったジルク王子は、子供のように私を罵って立ち去った。その時に婚約は破談になるかもしれないと私は衣服を整えながら思った。
けれどその翌日彼は私に謝罪してくれて、仲直りの茶会をしようと言って学園内の王族専用の部屋で私に紅茶を淹れてくれたのだ。
随分と苦くて変わった味だったけれど、普段そのようなことをしない彼が苦労して給仕をしてくれたのだと嬉しく思ったのに。
けれどその後、彼に名を呼ばれて、服を脱ぐように言われて、私は。
私は何故素直に、従ってしまったのだろう。
正気を取り戻した今私の目からは涙が零れ続けた。
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