【完結】『真実の愛ごっこ』も『婚約破棄ごっこ』も死ぬまでやっていればいいわ

砂礫レキ

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14話 異常な彼の愛情

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 夫はただの浮気性で好色な男ではなかった。もっと恐ろしくおぞましい存在だった。

 よりにもよって、妊娠した後に気づくなんて。

 私は気を失いたくなるのを必死に耐える。


「どうして、わたしにこんなものを見せたのよ」


 それは間違いなく本音だった。隠し切れない絶望の言葉だった。

 けれど夫は悪戯を注意された子供のような表情しか浮かべなかった。だから私は益々絶望した。


「だって、父さんにあまり叱られないで済む方法を考えて欲しかったんだ」


 流石に今回はやり過ぎだって怒られるだろうから。そうカリーナの喉を撫でながらレイモンドが言う。

 私は吐きそうになるのを堪えてカリーナに服を着せるようにレイモンドに命じた。彼は素直にそれに従う。

 人形遊びをしているようだと楽しそうな声が聞こえて鳥肌が立った。

 なるべくそちらを見ないようにしながら言葉を吐き捨てる。


「そんなに怒られるのが嫌なら、もうしませんとお義父様に泣きつけばいいわ」

「えっ……」


 それは、嫌だ。

 夫の言葉を信じられないもののように聞く。その時、私の中の天秤がかたりと動いた。

 もう、駄目だ。もう、耐え切れない。

 もう、覚悟を決めなければいけない。

 警察に駆け込む?それではお腹の子供が殺人者の子供と呼ばれてしまう。

 しかもこんな、遊びで女性を殺すような最悪な男の子供だと。呪われてしまう。まだ生まれてもいないのに、

 私の子供が。そんなことはさせない。

 だから、殺す。まだ一人しか殺していない内に。夫を殺さなければいけない。

 なるべく綺麗な理由で、なるべく納得される理由で。異常者の夫を、異常者だと思わせないように。

 私の子供が、異常者の子供だと思われないように。


「貴男も、死にかければいいのよ。睡眠薬、私持っているから」

「僕が、死にかける?」

「そうよ。貴男が狂言自殺をして倒れれば、お義父様はとても心配する」


 でもその後に無事目覚めれば喜んでなんでも許すでしょう。
 
 私の言葉にレイモンドは首を傾げた。


「でも上手く父さんを騙せるかな?逆に怒らせたりするのは嫌だよ」


 彼の指摘は当たり前だ。今思いついたばかりの計画はとても雑で穴だらけだった。

 やはり警察に言うしかないのか。けれどその前に私も伯爵家によって始末されるかもしれない。

 そんな絶望を感じながら、半ば自棄になって反論を試みる。


「その時は全部私に押し付ければいいわ。いつものごっこ遊びのように」


 私が全部悪いことにすればいい。そう苛立ち紛れに言い捨てた言葉にレイモンドは目を丸くした。


「それもそうだね」


 とても気分が軽くなったよ。レイモンドは笑った。私の表情が凍り付いたことに気づかず。

 そして殺人現場に似つかわしくない明るさで夫が言う。

 折角だから心中ごっこがしてみたい。遺書を書いて死体を恋人のように抱いて眠ってみたいと無邪気に笑った。

 彼の書いた文章の中で私は又捨てられた女になった。カリーナはレイモンドからの命がけの愛を受け取る女になった。

 けれど、全く羨ましくはなかった。


 愛人が私を殺そうと用意した毒を、そうだと知らず飲んだ夫は最後まで楽しそうで、そして二度と目覚めなかった。

 
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