初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です

砂礫レキ

文字の大きさ
26 / 77

26.人形の理由

しおりを挟む
 遠くからこちらに向かいセシリアの名を呼んでいたのはエストだった。
 当然俺を妹と間違えているわけではない。
 セシリアに化けてアンブローズ公爵家に嫁いだ俺を人前で呼ぶにはその名しか無いからだ。
 俺がそのように命じたしエストも言われる前から理解していた。

 だというのに一瞬反応が遅れたのはアリオスの発言に気を取られすぎたからだった。
 今、毒を盛られたとか言っていなかったか?
 俺はエストに向かい立ち止まるよう手で指示する。
 そして公爵に恐る恐る尋ねてみた。
 
「……毒云々はたとえ話ですか?」
「いや実際にあった話だが」

 十年前に私が毒殺されかけた。美しい色だが焦点が微妙に合わない瞳で彼が言う。
 そういうところが作り物めいているのだ。悪気なく評した瞬間気づいた。
 もしかして彼のこの「特徴」は。

「死にはしなかったが顔面神経が僅かに麻痺し視力も落ちた。でも今はそこまで困っていない」

 大抵のことは時間がどうにかしてくれる。
 苦痛など全く感じていない様子で公爵が言う。それが逆に痛々しかった。
 胸の内とはいえ人形公爵などという渾名を繰り返したことに罪悪感がわく。
 だが俺の身勝手な感傷は公爵の次の言葉で即吹っ飛ばされた。

「しかし私の体内には排出できない毒が残り続けているらしい。だから子供は作れない」
「えっ」
「え?」

 沈黙が黄薔薇の咲き乱れる庭に漂う。
 それを破ったのはアリオスの方だった。

「王家はこの件を知っている筈だが……君は知らなかったようだな」

 だとしたら本当に申し訳ないことをした。そう公爵は動かない表情で告げる。
 しかし決して口だけの謝罪では無いと俺は感じた。

 そしてここで又大きな難問が立ち上がってくる。
 公爵の家族計画について俺の妹は知っていたか、それが焦点だ。

 多分アリオスとセシリアは対面でこの話はしていない。だから今の会話になったのだ。
 今回の縁談を妹に持ち掛けてきたのは王家だ。

 そしてアリオスの身体事情と世継ぎ問題について王家は知っていた。
 だがそれを黙ってリード伯爵家にアンブローズ家との縁談を薦めていた可能性がある。
 正直詐欺だろそれは。 

 別に子供を作らない夫婦が存在したって良い。
 王族や貴族当主は世継ぎを作ることが当然とされているが、俺はそこまで絶対だとは思わない。
 変わり者かもしれないが自分の考えが正しいと他人に強制したり革命を起こしたりするつもりもないのだから別に良いだろう。

 でもそれはあくまで両者の同意があっての決断じゃないと駄目だとは考えている。
 この件についてアリオスに隠す意思は見られないので仲人側が伯爵家に伝えなかったことになるが。

「わかった。今回の婚姻は重要事項の説明を欠いた不適切なものだと王家に……」
「あっ、ちょっとそれは待ってください!」
「何故だ、リード伯爵家は騙されて契約を結んだようなものだろう」

 アリオスが湖面のような瞳で俺の方を見ながら言う。
 彼の言い分は正しいし決断が速いのも誠実だと思う。

 でも単純に俺が蚊帳の外で聞いてないだけかもしれないんだよな。
 両親やセシリアにはちゃんと説明されて了承したかもしれないし。
 その場合アリオスが王家に説明不足を抗議などしたら。考えただけで冷や汗が噴き出す。

「少し、考える時間をください。両親に確認したいので……意向とか!」

 今は公爵様の傷の手当てを優先しましょう。
 俺は待機していたエストに助けを求め声をかけた。

「ごめん、悪いけど」
「かしこまりましたぁぁぁっ!!」

 俺が言葉を言い終わる前に大音量と共にきらきら光る何かが突撃してきた。
 でかい犬か、それとも猛牛かとパニックになる。

「あ、あばれうし」
「あの声はオリバーだから牛ではなく人間だと思う」

 アリオスの指摘でそれが彼の金髪の従者だと気づくまでに寿命が半年分ぐらい縮んだ。
 いや一体どこから出てきたんだ。でかい図体なのに今まで全く気付かなかった。
 

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます

こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。

時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~

なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。 一つは男であること。 そして、ある一定の未来を知っていること。 エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。 意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…? 魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。 なんと目覚めたのは断罪される2か月前!? 引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。 でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉ まぁどうせ出ていくからいっか! 北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

処理中です...