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47.痛みに気づく
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あれから何事も無く二週間が過ぎた。
本当に何も無かった。
少女の幻聴は二度と聞こえなかったし、実家のリード伯爵家からの便りも無かった。
アリオス関係の来客も知る限りでは無かったので公爵夫人として振舞う必要も無い。
そもそも彼はセシリアに何もしなくて良いと告げている。今のところ有言実行だ。
だからといって冷遇されている訳でも無い。
食事は美味しいし、公爵家の使用人も礼儀正しい。
穀潰しとしてこちらを軽んじるような態度は一切無かった。
俺とアリオスの生活が全く重ならないことは、きっと知られている。
けれどこちらを名ばかりの妻だと馬鹿にするメイドも居ない。
もしかしたら陰であれこれ言われているかもしれないが、それは正直どうでも良かった。
今のところ彼女たちは実家のメイドたちよりずっと態度良く接してくれる。
単にお客様扱いされているだけかもしれないけれど。
生活するにあたり不快な思いは一切していない。公爵夫人として気を張ることも無い。
アリオスが体を求めてくることも当然無い。
ただ何もしなくて良いというのは、それはそれで精神をやんわりと蝕むのだ。
「……セレスト様の腰回り、公爵邸に来る前の半分になっていませんか?」
「はあ?」
自室で俺の着替えを手伝っていたエストが真剣な顔で言う。
その有り得ない内容に思わず間抜けな声を出してしまった。
「そんな訳ないだろ」
「確かに半分は言い過ぎですが、ドレスのウエスト部分の布が余っているんですよ」
つまり今の貴方はセシリア様より細いです。そう妹と比較されて言葉に詰まる。
確かに今身に着けている青の昼用ドレスはセシリアの私物を借用している。
公爵邸に来た当初に一度袖を通した時はあちらこちらがきつかった記憶もあった。
だが今はそういった窮屈さを全く感じていない。
ハイウエストでコルセットを使わないデザインなのでかなり楽だ。
しかし黒髪の従者は不満そうな顔をしていた。
「急に痩せ過ぎですよ、やっぱりこの生活は無理があるんです」
「いやそんなことないよ」
「なら何故食事を抜くようになったのですか」
食事はセレスト様の数少ない楽しみでしょうに。
そう容赦無く言われて俺は困ってしまう。
「いや……だって腹減らないから、それにドレスのこと考えたら多少痩せた方が良いと思ったし」
半分嘘だ。ドレスについては正直そこまで考えて無かった。
だってそんなの気にする必要は無い。この部屋でほぼ一日過ごしている。
出ていくのは食事の時ぐらいだけれどそれも孤食だ。
外見を気にする必要は無い。多分寝間着で食堂に行っても公爵邸の人間は俺を咎めないだろう。
役割が無いと言うのは楽だが、自分が社会から消えていくような気持ちになる。
それを俺はじわじわと実感しつつあった。
両親や長兄からの連絡も無い。なら現状維持をひたすら続けるしかない。
アリオスとの積極的な接触はエストに止められている。
つまり離婚に持っていこうと行動することも出来ない。
出来ることも、やるべきことも無い。
だから漠然とした不安と焦燥だけを抱えて時間を潰すのは苦痛なのでひたすら眠ることにした。
起きていてもろくなことを考えない。なので一日十二時間ぐらい寝台で過ごしている。
そうしたら余り腹も減らなくなった。体を動かしていないのだから当然だ。
ついでに一週間前から安眠することも上手くできていない。
こうなることを予感していたからセシリアは結婚から逃亡したのだろうか。
そんなことを何回も考えもしたが、本人が居ないのだから不毛な問いでしかなかった。
ただ俺がそう口にすればエストはセシリアたちを責めるだろう。
だから代わりに別の理由を言った。
「頭も体も使わないしやることがないから腹が減らないんだよ」
「それは、確かにそうですが……」
「もう使用人に交じって働こうかな。そういう経験あった方が家に戻った後も役に立ちそうだし」
そう冗談を口にして気づいた。
俺はリード家に帰っても役割は無い。何故なら婚約者のアイリーンが妹と逃げたからだ。
『セレストは家の役に立たない』
そんな言葉が落雷のように俺の脳味噌を殴りつけてきた。
誰の言葉かわからない。けれど誰かに言われた言葉だ。
お前は役立たず、いてもいなくても同じ。
あの子じゃなくて本当によかった。
多分、次兄だろう。彼だけは家族の中で明確に俺を嫌っていたから。
でも、ずっと昔はとても仲が良かったんだ。笑いあえていたんだ。それが悲しい。
仲が良かったのに、そう思っていたのに。
なのに嫌うのも嫌われるのもとても辛いことだ。思い出したくないぐらいに。
だから俺はセシリアを嫌いたくないんだ。そう気づく。
自分が彼のようになりたくないから。膝から力が抜けた。
本当に何も無かった。
少女の幻聴は二度と聞こえなかったし、実家のリード伯爵家からの便りも無かった。
アリオス関係の来客も知る限りでは無かったので公爵夫人として振舞う必要も無い。
そもそも彼はセシリアに何もしなくて良いと告げている。今のところ有言実行だ。
だからといって冷遇されている訳でも無い。
食事は美味しいし、公爵家の使用人も礼儀正しい。
穀潰しとしてこちらを軽んじるような態度は一切無かった。
俺とアリオスの生活が全く重ならないことは、きっと知られている。
けれどこちらを名ばかりの妻だと馬鹿にするメイドも居ない。
もしかしたら陰であれこれ言われているかもしれないが、それは正直どうでも良かった。
今のところ彼女たちは実家のメイドたちよりずっと態度良く接してくれる。
単にお客様扱いされているだけかもしれないけれど。
生活するにあたり不快な思いは一切していない。公爵夫人として気を張ることも無い。
アリオスが体を求めてくることも当然無い。
ただ何もしなくて良いというのは、それはそれで精神をやんわりと蝕むのだ。
「……セレスト様の腰回り、公爵邸に来る前の半分になっていませんか?」
「はあ?」
自室で俺の着替えを手伝っていたエストが真剣な顔で言う。
その有り得ない内容に思わず間抜けな声を出してしまった。
「そんな訳ないだろ」
「確かに半分は言い過ぎですが、ドレスのウエスト部分の布が余っているんですよ」
つまり今の貴方はセシリア様より細いです。そう妹と比較されて言葉に詰まる。
確かに今身に着けている青の昼用ドレスはセシリアの私物を借用している。
公爵邸に来た当初に一度袖を通した時はあちらこちらがきつかった記憶もあった。
だが今はそういった窮屈さを全く感じていない。
ハイウエストでコルセットを使わないデザインなのでかなり楽だ。
しかし黒髪の従者は不満そうな顔をしていた。
「急に痩せ過ぎですよ、やっぱりこの生活は無理があるんです」
「いやそんなことないよ」
「なら何故食事を抜くようになったのですか」
食事はセレスト様の数少ない楽しみでしょうに。
そう容赦無く言われて俺は困ってしまう。
「いや……だって腹減らないから、それにドレスのこと考えたら多少痩せた方が良いと思ったし」
半分嘘だ。ドレスについては正直そこまで考えて無かった。
だってそんなの気にする必要は無い。この部屋でほぼ一日過ごしている。
出ていくのは食事の時ぐらいだけれどそれも孤食だ。
外見を気にする必要は無い。多分寝間着で食堂に行っても公爵邸の人間は俺を咎めないだろう。
役割が無いと言うのは楽だが、自分が社会から消えていくような気持ちになる。
それを俺はじわじわと実感しつつあった。
両親や長兄からの連絡も無い。なら現状維持をひたすら続けるしかない。
アリオスとの積極的な接触はエストに止められている。
つまり離婚に持っていこうと行動することも出来ない。
出来ることも、やるべきことも無い。
だから漠然とした不安と焦燥だけを抱えて時間を潰すのは苦痛なのでひたすら眠ることにした。
起きていてもろくなことを考えない。なので一日十二時間ぐらい寝台で過ごしている。
そうしたら余り腹も減らなくなった。体を動かしていないのだから当然だ。
ついでに一週間前から安眠することも上手くできていない。
こうなることを予感していたからセシリアは結婚から逃亡したのだろうか。
そんなことを何回も考えもしたが、本人が居ないのだから不毛な問いでしかなかった。
ただ俺がそう口にすればエストはセシリアたちを責めるだろう。
だから代わりに別の理由を言った。
「頭も体も使わないしやることがないから腹が減らないんだよ」
「それは、確かにそうですが……」
「もう使用人に交じって働こうかな。そういう経験あった方が家に戻った後も役に立ちそうだし」
そう冗談を口にして気づいた。
俺はリード家に帰っても役割は無い。何故なら婚約者のアイリーンが妹と逃げたからだ。
『セレストは家の役に立たない』
そんな言葉が落雷のように俺の脳味噌を殴りつけてきた。
誰の言葉かわからない。けれど誰かに言われた言葉だ。
お前は役立たず、いてもいなくても同じ。
あの子じゃなくて本当によかった。
多分、次兄だろう。彼だけは家族の中で明確に俺を嫌っていたから。
でも、ずっと昔はとても仲が良かったんだ。笑いあえていたんだ。それが悲しい。
仲が良かったのに、そう思っていたのに。
なのに嫌うのも嫌われるのもとても辛いことだ。思い出したくないぐらいに。
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自分が彼のようになりたくないから。膝から力が抜けた。
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