51 / 73
51.
しおりを挟む
「信じるのが難しいのはわかっております。ですが事実なのです」
「有り得ないですよ、床に落ちたケーキですよ?!」
俺が叫ぶように言うと老執事は理解できるというように頷いた。
「メイドに呼ばれてその光景を見た時確かに私も驚きました」
「そうでしょうね」
「少しでも形の崩れた料理は一切召し上がらない生粋の貴族だというのに」
ケーキだと判断するのも困難な物を頬張っていたのですから。
そう言われ複雑な気持ちになる。
父のケーキを酷い状態にしたのはイオンだろという憤りと、なぜ台無しにしたケーキを食べたのだろうという疑問。
彼の環境で空腹に耐えられないなんてことは有り得ない。何か食べたいと言えば早朝でも真夜中でもすぐ提供されるだろう。
「坊ちゃまは悪いことをしてしまったと心から反省されたご様子でした、そのことに私たちは大変驚きました」
寧ろこっちはそのことに驚くよ。心の中で突っ込む。
イオンは食べ物を粗末に扱うのが悪い事という認識を持たないままあの年まで育って来たのか。
貴族というのはそういうものなのか。没落した時大変そうだ。俺は縁起でもないことを考える。
でも「恋と騎士と冒険と」のゲーム内でイオンのゴールディング公爵家が没落する展開は存在する。
主人公が敵国に寝返りパルトデ王国が戦争に負けた場合だ。
エンディングで国王だけじゃなく上位貴族の一斉挿げ替えが行われたと説明が出てくる。。
その中にゴールディング公爵家も含まれていて、ムービーでガリガリに痩せこけたイオンが物乞いをするシーンが数秒出てくる。
ディエは一緒にいない。金で縛った婚約だから当然だろう。
まだ主人公の存在すら確認できてない今、その展開になるとは思えないが。
「……呆れていらっしゃるのはわかっております」
俺の沈黙をそう解釈したのか気まずそうに老執事は微笑んだ。
「別に、身分が違えば価値観も違うと思っただけです」
イオンの躾について呆れたのは事実だがそう思ったのも事実だ。
高位貴族と平民では住む世界が違うのだ。
「それは本当にそうだと思います。ですが坊ちゃまは貴族の価値観だけ持っていては……一生あの方に愛されることは無いでしょう」
あの方とはディエのことだろう。そしてこの人もそのことに気付いていたのか。
いや、気づかない方がおかしいか。
ディエの態度はあまりにも分かりやすすぎる。
「ならば価値観の合う御令嬢と結婚されるべきでは」
不躾を承知で俺は言った。でもそれが一番良いと思う。
何よりイオンがディエを諦め貴族令嬢と結婚してくれれば転落死することは無くなる。
俺があの悪夢を見ることは無くなるのだ。そんな勝手な欲望で口が滑った。
「俺はあの二人が無事結婚出来るとは思えないです」
老執事は不吉な事を言うなと怒ることはしなかった。
ただ酷く疲れたような表情で微笑んだ。
「私も心から同じ気持ちです。しかし坊ちゃまは一途過ぎるのです」
「一途……」
イオンが一途だという主張には頷くしか無い。それが美点だとは全く思えないが。
惚れた相手が悪いし、惚れた相手の言葉を鵜呑みにするイオンも悪い。
「しかしディエ嬢に愛される為、体重を落とすと決心されたのには非常に驚きました。見事完遂されたことにもです」
「確かに別人のようになりましたね」
店に来たイオンの姿を思い出す。格好の場違いさを除けば身なりの良い美男子だった。
初対面の大きな樽のような印象とは別人だ。
「ですが、先日から急に以前の食生活に戻り……いいえ寧ろ以前よりも暴食をされていらっしゃるのです」
「暴食って……」
「坊ちゃまの巨体は数年かけて膨らんだもの。なのにあの勢いで食べ続ければお体に障ります」
つまりゆっくり時間をかけて太ったのに急激な過食は体に悪いということだろうか。どっちも体に悪いと思う。
ただその症状には心当たりがあった。
「……リバウンド、かな」
「は?」
「無理な食事制限で体重を落とした場合、反動で過食をする場合があるのです。そしてその場合以前より更に太ることもあります」
強い飢えを知った肉体が食事から多く栄養を取り込もうとして、依然と同じ内容の食事でも太りやすくなるのだ。
イオンの場合は過食の症状も出ているから尚悪い。
元の体重どころかそれ以上に太る可能性もある。
「……もしかして、このことか」
俺は呟く。何故イオンが痩せた後もあの悪夢を見たか。
それは彼が又太るからだ。確信に近い推測だった。
「有り得ないですよ、床に落ちたケーキですよ?!」
俺が叫ぶように言うと老執事は理解できるというように頷いた。
「メイドに呼ばれてその光景を見た時確かに私も驚きました」
「そうでしょうね」
「少しでも形の崩れた料理は一切召し上がらない生粋の貴族だというのに」
ケーキだと判断するのも困難な物を頬張っていたのですから。
そう言われ複雑な気持ちになる。
父のケーキを酷い状態にしたのはイオンだろという憤りと、なぜ台無しにしたケーキを食べたのだろうという疑問。
彼の環境で空腹に耐えられないなんてことは有り得ない。何か食べたいと言えば早朝でも真夜中でもすぐ提供されるだろう。
「坊ちゃまは悪いことをしてしまったと心から反省されたご様子でした、そのことに私たちは大変驚きました」
寧ろこっちはそのことに驚くよ。心の中で突っ込む。
イオンは食べ物を粗末に扱うのが悪い事という認識を持たないままあの年まで育って来たのか。
貴族というのはそういうものなのか。没落した時大変そうだ。俺は縁起でもないことを考える。
でも「恋と騎士と冒険と」のゲーム内でイオンのゴールディング公爵家が没落する展開は存在する。
主人公が敵国に寝返りパルトデ王国が戦争に負けた場合だ。
エンディングで国王だけじゃなく上位貴族の一斉挿げ替えが行われたと説明が出てくる。。
その中にゴールディング公爵家も含まれていて、ムービーでガリガリに痩せこけたイオンが物乞いをするシーンが数秒出てくる。
ディエは一緒にいない。金で縛った婚約だから当然だろう。
まだ主人公の存在すら確認できてない今、その展開になるとは思えないが。
「……呆れていらっしゃるのはわかっております」
俺の沈黙をそう解釈したのか気まずそうに老執事は微笑んだ。
「別に、身分が違えば価値観も違うと思っただけです」
イオンの躾について呆れたのは事実だがそう思ったのも事実だ。
高位貴族と平民では住む世界が違うのだ。
「それは本当にそうだと思います。ですが坊ちゃまは貴族の価値観だけ持っていては……一生あの方に愛されることは無いでしょう」
あの方とはディエのことだろう。そしてこの人もそのことに気付いていたのか。
いや、気づかない方がおかしいか。
ディエの態度はあまりにも分かりやすすぎる。
「ならば価値観の合う御令嬢と結婚されるべきでは」
不躾を承知で俺は言った。でもそれが一番良いと思う。
何よりイオンがディエを諦め貴族令嬢と結婚してくれれば転落死することは無くなる。
俺があの悪夢を見ることは無くなるのだ。そんな勝手な欲望で口が滑った。
「俺はあの二人が無事結婚出来るとは思えないです」
老執事は不吉な事を言うなと怒ることはしなかった。
ただ酷く疲れたような表情で微笑んだ。
「私も心から同じ気持ちです。しかし坊ちゃまは一途過ぎるのです」
「一途……」
イオンが一途だという主張には頷くしか無い。それが美点だとは全く思えないが。
惚れた相手が悪いし、惚れた相手の言葉を鵜呑みにするイオンも悪い。
「しかしディエ嬢に愛される為、体重を落とすと決心されたのには非常に驚きました。見事完遂されたことにもです」
「確かに別人のようになりましたね」
店に来たイオンの姿を思い出す。格好の場違いさを除けば身なりの良い美男子だった。
初対面の大きな樽のような印象とは別人だ。
「ですが、先日から急に以前の食生活に戻り……いいえ寧ろ以前よりも暴食をされていらっしゃるのです」
「暴食って……」
「坊ちゃまの巨体は数年かけて膨らんだもの。なのにあの勢いで食べ続ければお体に障ります」
つまりゆっくり時間をかけて太ったのに急激な過食は体に悪いということだろうか。どっちも体に悪いと思う。
ただその症状には心当たりがあった。
「……リバウンド、かな」
「は?」
「無理な食事制限で体重を落とした場合、反動で過食をする場合があるのです。そしてその場合以前より更に太ることもあります」
強い飢えを知った肉体が食事から多く栄養を取り込もうとして、依然と同じ内容の食事でも太りやすくなるのだ。
イオンの場合は過食の症状も出ているから尚悪い。
元の体重どころかそれ以上に太る可能性もある。
「……もしかして、このことか」
俺は呟く。何故イオンが痩せた後もあの悪夢を見たか。
それは彼が又太るからだ。確信に近い推測だった。
210
あなたにおすすめの小説
四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。
とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて──
「運命だ。結婚しよう」
「……敵だよ?」
「ああ。障壁は付き物だな」
勇者×ゴブリン
超短編BLです。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜
ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。
――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん!
ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。
これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…?
ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる