女運の悪い悪役令息が不憫過ぎるので構ってみたら懐かれた件

砂礫レキ

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「信じるのが難しいのはわかっております。ですが事実なのです」
「有り得ないですよ、床に落ちたケーキですよ?!」

 俺が叫ぶように言うと老執事は理解できるというように頷いた。

「メイドに呼ばれてその光景を見た時確かに私も驚きました」
「そうでしょうね」
「少しでも形の崩れた料理は一切召し上がらない生粋の貴族だというのに」

 ケーキだと判断するのも困難な物を頬張っていたのですから。
 そう言われ複雑な気持ちになる。

 父のケーキを酷い状態にしたのはイオンだろという憤りと、なぜ台無しにしたケーキを食べたのだろうという疑問。
 彼の環境で空腹に耐えられないなんてことは有り得ない。何か食べたいと言えば早朝でも真夜中でもすぐ提供されるだろう。

「坊ちゃまは悪いことをしてしまったと心から反省されたご様子でした、そのことに私たちは大変驚きました」

 寧ろこっちはそのことに驚くよ。心の中で突っ込む。
 イオンは食べ物を粗末に扱うのが悪い事という認識を持たないままあの年まで育って来たのか。
 貴族というのはそういうものなのか。没落した時大変そうだ。俺は縁起でもないことを考える。

 でも「恋と騎士と冒険と」のゲーム内でイオンのゴールディング公爵家が没落する展開は存在する。
 主人公が敵国に寝返りパルトデ王国が戦争に負けた場合だ。

 エンディングで国王だけじゃなく上位貴族の一斉挿げ替えが行われたと説明が出てくる。。
 その中にゴールディング公爵家も含まれていて、ムービーでガリガリに痩せこけたイオンが物乞いをするシーンが数秒出てくる。
 ディエは一緒にいない。金で縛った婚約だから当然だろう。
 まだ主人公の存在すら確認できてない今、その展開になるとは思えないが。
 
「……呆れていらっしゃるのはわかっております」

 俺の沈黙をそう解釈したのか気まずそうに老執事は微笑んだ。

「別に、身分が違えば価値観も違うと思っただけです」

 イオンの躾について呆れたのは事実だがそう思ったのも事実だ。
 高位貴族と平民では住む世界が違うのだ。

「それは本当にそうだと思います。ですが坊ちゃまは貴族の価値観だけ持っていては……一生あの方に愛されることは無いでしょう」

 あの方とはディエのことだろう。そしてこの人もそのことに気付いていたのか。
 いや、気づかない方がおかしいか。
 ディエの態度はあまりにも分かりやすすぎる。

「ならば価値観の合う御令嬢と結婚されるべきでは」

 不躾を承知で俺は言った。でもそれが一番良いと思う。
 何よりイオンがディエを諦め貴族令嬢と結婚してくれれば転落死することは無くなる。
 俺があの悪夢を見ることは無くなるのだ。そんな勝手な欲望で口が滑った。

「俺はあの二人が無事結婚出来るとは思えないです」

 老執事は不吉な事を言うなと怒ることはしなかった。
 ただ酷く疲れたような表情で微笑んだ。

「私も心から同じ気持ちです。しかし坊ちゃまは一途過ぎるのです」
「一途……」

 イオンが一途だという主張には頷くしか無い。それが美点だとは全く思えないが。
 惚れた相手が悪いし、惚れた相手の言葉を鵜呑みにするイオンも悪い。

「しかしディエ嬢に愛される為、体重を落とすと決心されたのには非常に驚きました。見事完遂されたことにもです」
「確かに別人のようになりましたね」

 店に来たイオンの姿を思い出す。格好の場違いさを除けば身なりの良い美男子だった。
 初対面の大きな樽のような印象とは別人だ。

「ですが、先日から急に以前の食生活に戻り……いいえ寧ろ以前よりも暴食をされていらっしゃるのです」
「暴食って……」
「坊ちゃまの巨体は数年かけて膨らんだもの。なのにあの勢いで食べ続ければお体に障ります」

 つまりゆっくり時間をかけて太ったのに急激な過食は体に悪いということだろうか。どっちも体に悪いと思う。
 ただその症状には心当たりがあった。

「……リバウンド、かな」
「は?」
「無理な食事制限で体重を落とした場合、反動で過食をする場合があるのです。そしてその場合以前より更に太ることもあります」

 強い飢えを知った肉体が食事から多く栄養を取り込もうとして、依然と同じ内容の食事でも太りやすくなるのだ。
 イオンの場合は過食の症状も出ているから尚悪い。
 元の体重どころかそれ以上に太る可能性もある。

「……もしかして、このことか」

 俺は呟く。何故イオンが痩せた後もあの悪夢を見たか。
 それは彼が又太るからだ。確信に近い推測だった。
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