女運の悪い悪役令息が不憫過ぎるので構ってみたら懐かれた件

砂礫レキ

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64.(イオン視点)

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 なんで、お腹がいっぱいなのに食べ続けなければいけないんだろう。
 そう不思議に思う心と裏腹に手は次々と口の中にケーキを詰め込む。

 子供の頃から食べていたクリームがベタベタのホールケーキ。
美味しいと喜ぶ幼い僕を父上も母上も微笑んで見つめていた。

でも今一人きりの部屋で食べるこれは甘いだけ。脂っこいだけ。
美味しいと感じるのは一瞬だけ。その一瞬の為に食べづつけている。
お腹と喉が苦しい。耐えきれないと吐いてしまう。吐いても食べてしまう。

 止めた方が良いのはわかっている。
 父の執事だったラルズも時折不安そうな顔で僕を見ている。
 痩せた時は心配しつつも嬉しそうだったのに。
 理由は単純で僕が無理やりケーキを食べて更に吐いたりしているからだ。
 食いしん坊という範疇じゃないって流石に自分でもわかっている。
 病気だとかおかしいと言ったら僕が怒ると思ってるから皆言わないけど。

 わかっている。僕が病気で死んだら公爵家は終わりだ。
 いや違う。多分父方傍系の誰かが継ぐだろう。
名門ゴールディング公爵家は簡単に滅びない。父上の口癖だった。

 でも父上の血を継いでいるのは僕だけだ。僕が死んだら母上はきっと公爵邸に居られなくなる。
 だから、もっとしっかりしなきゃいけない。
 そう思ってるのに何故か思う程ちゃんと出来ない。昔からそうだった。

 父上のように立派な公爵になりたかった。貴族としても剣士としても傑物になりたかった。
 父上に稽古をつけて貰っていた日々はそうなれると疑いもしなかった。

 幼馴染のディエも、彼女の父親の騎士もなれると約束してくれた。
 希望に満ちた日々は父上の訃報で終わり告げた。

 この国で最強の騎士だと僕は父上を信じていた。
 国王陛下だって信じていたから前線に送り出し、敵将と一騎討ちさせたのだと思う。

 でも父上は勝てなかった。相手の方がもっと強かったから。
 葬儀の夜泣きながら母上に父上の仇を取りますと誓った。

「貴方には無理よ」

 そう言われた時、体から力が抜け目の前が真っ暗になった気がした。
 執事のラルズは父上だけでなく僕まで喪いたくない母親心だと説明してくれた。

 でもそれって僕は敵将に勝てないと言っているようなものだ。
 急に全てに対しやる気が無くなった。体に穴が開いてそこから全部抜けていった気がした。

「貴方は私の息子としてここにいてくれるだけでいいの」

 母上の優しい言葉と甘いお菓子。それを食べると嬉しそうに笑ってくれる。
 毎日沢山食べると、どんどん食べる量が多くなった。

「大人になってきているのね」

 もっと大人になりたくて一杯食べた。体もどんどん大きくなった。それだけで強くなった気がした。
 それから数年後、父の友人だった騎士が大怪我をして戦地から帰って来たと執事長から聞かされた。
 見舞に行こうとしたが母と執事に止められた。まるで別人のように荒くれているからと。

 僕は彼の娘のディエが心配になって使用人に調べさせた。
 彼女は学校に通えているが、生活が苦しく退学するかもしれないという話だった。

 母上に援助を頼んだが、渡してもディエの父親が酒代に使うと言われた。
 なら父親が居ない場所でディエ本人に直接金を渡せばいい。
 
 そう考えた僕は使用人に調べさせたディエの通学路で待ち伏せた。
 彼女はカミツレ学園の制服を着て一人で歩いていた。数年間会わなくてもすぐディエだと気付いた。

 ピンク色の柔らかそうな髪。瞬きすれば落ちてしまいそうな大きな瞳。
 僕はその瞬間彼女への激しい恋に落ちた。

 もしかしたら前からディエのことが好きだったかもしれない。昔から可愛らしい少女だったから。
 でもここまで雷に打たれたように心が衝撃を受けたのはその時が初めてだ。

 僕は駆け寄って、彼女に渡す予定だった援助資金を差し出した
 そして。

「僕と結婚すれば今の生活から君を救ってあげられるよ。君がしたいことは何でも叶えて上げる」

 まるで物語の主人公になったようにすらすらと求婚の言葉が口から出た。

 ディエは僕の求婚を受け入れて、反対すると思った母上はすんなり了承してくれた。
 ディエの父親は酒さえ与えれば良かった。そして僕たちは婚約関係になった。

 これで可憐で美しいディエは僕の物になって、ディエは可哀想な立場から次期公爵夫人になれる。
 僕も彼女も幸せになれる選択をしたと思った。

 でもディエは僕を愛していない。幾ら尽くしても幾らプレゼントをしても。
 僕たちの間に父上と母上のような思い合う空気は流れなかった。

 時間が足りないから、贈り物が足りないから。
 女優になりたい彼女の夢を応援した。沢山のドレスと宝石も贈った。
 有名な歌劇も二人で観に行った。

 それでもディエは僕を愛してくれない。
 満たされない気持ちを甘ったるいケーキを食べることで満たそうとした。
 
 その食べ物がある日突然変わった。一人の男の言葉がきっかけだった。

 真っ白な髪で折れそうな体をした、女みたいな顔をした青年だった。

 誰も、母上さえ僕に怒鳴ったりしない。そんなことが出来て許されるのは父上だけ。
 でも父上はもう居ないから、誰も僕を叱れない。

 なのに、ただの平民のあいつは遠慮なしに怒鳴った。

「彼女は貧乏な暮らしをしているのに、こんな風にケーキを八つ当たりで滅茶苦茶にする奴なんて好きになる筈無いだろ!」

 ボロボロと泣きながらそれでも俺を強い眼差しで睨みつけた。水色の瞳がキラキラとしていた。
 何故か舞台の上のディエよりも輝いて見えた。

 僕の半分も体重が無い華奢な体だ。
 でも怖かった。怒鳴られたのなんて数年ぶりだから。なのに目が離せなかった。

 最初は僕の地位と権力を恐れてへりくだっていたのに。別人みたいに怒って。
 彼がそこまで怒った理由は持って来たケーキを床に投げ捨てたからだ。

 それだけのことで、次期公爵の僕を平民が怒鳴りつけた。罰されることすら恐れずに。
 何となく興味がわいて彼が去った後、床に落とした箱からケーキを取り出し一口食べた。

「……美味しい」

 別に高価な菓子ではないのに。
 体がもっと食べたいとねだる。
 欲望のまま全部食べた。なのにいつも大量のケーキを食べた後のような胃の重さは無かった。

 だから又食べたいと思った。
 それだけだったのに。 

 それだけじゃないと気付いたのは、店を去った後だった。
 僕はあの白髪の青年に、きっと……。 


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