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二回目の訪問だから無駄に歩くことも無く俺はゴールディング邸の正門を潜った。
そして老執事の案内でイオンの部屋の前まで辿り着く。
「こちらは寝室になります。許可は得ておりますので」
前回と違う場所だと疑問がわいたが、口にするより先に説明された。
執事がノックをして俺の訪れを扉越しに報告するのを緊張しながら聞いていた。
荷物はもう一人の若い執事が持っている
初日と随分と扱いが違うなと意地の悪いことを考えていると、イオンからの許可がおりた。
「入れ」
傲慢さは失われていないが弱々しさを感じる声に不安になりながら扉が開くのを待つ。
「……っ」
「……本当に、来たんだな」
思わず声が漏れる。
再び対面したイオンのやつれ具合が予想以上だったからだ。
上背が有って元々良過ぎる体格だったからガイコツのようにまではなっていない。
でも顔は青白く目の隈も凄い。頬もこけている気がする。
若い方の執事は部屋に入るなり彼が寝台から身を起こすのを補助していた。
それが貴族だからか病人だからかはわからない。
だが今のイオンはどこから見ても重症の病人だ。ここまで体調が悪化しているとは思わなかった。
急激に体重を落として、その後過食を行って嘔吐の日々。
それでここまで悪化するものなのか。
俺も過食嘔吐について舐めていたのかもしれない。
もう少し早く訪れるべきだったと悔やむ。俺は医者でも無く治癒能力も無いけれど。
この症状が薬や魔法ですぐ治るかすらわからない。
前世の、しかも本で呼んだ程度の知識すら無い。
でも何かしたいと思って足を運んだのは事実だ。
そんな俺をベッドの上のイオンは目を眇めて見た。
カーテンを閉め切った室内は夜でもないのに薄暗かった。安静に過ごせるようにという配慮だろうか。
実際イオンは今まで眠っていたのだろう。髪に寝癖がついている。
視界が平常通りで無くても仕方が無かった。
(見かける時は体型やセンスは別としていつもきっちりした格好をしていたのに)
見慣れない姿に内心戸惑っている俺をイオンは青い瞳で見つめた。
やはり痩せた彼は美形だ。不謹慎だがやつれて不機嫌そうな姿も絵になる。
しかしそれでも面食いなディエは彼になびかなかったらしい。
改めてそれを不思議に思っているとイオンが歪な笑みを浮かべた。
「お前、僕に謝罪しに来たというのは事実か?」
「は?」
間抜けな声が出る。そんな事実は無い。
反射的に老執事を振り向いた。彼は小狡い大人のような顔をしていた。前世で何回か見た表情だ。
良いから黙って頷いておけという台詞をその瞳が語り掛けてくる。
前世では相手が立場の高い人間だったり厄介なクレーマーだったりした時に見た。
子供の頃にもアルバイト時代にも製菓店で働いてた時にも見た。
そう強制して来たのは親だったり上司だったりした。
この世界でもこんな気持ちになるのか。一瞬諦めにも似た気持ちが胸を占める。
まあ老執事のやり口はわかる。俺がイオンに面会するなら謝罪しに来たという名目が一番簡単なのだ。
相手は高位貴族の子息で俺は平民なのだから。
(……でも俺へ事前に話を通さないというのが気に入らないな)
大方、謝罪を理由にしたら俺がイオンと会うのを断ると思ったのだろう。
そして実際に会えば俺が長い物に巻かれてイオンと話を合わせると考えたのだろうか。
完全に騙し討ちだ。
正直なんでそんな楽観的なのだろうと俺は見かけは老獪そうな執事を眺めた。
確かに気弱そうとか大人しそうと言われることは昔から多い。
子供の頃はそれを理由に悪ガキに虐められたりもした。
でも流石にゴールディング家の老執事が俺に対しその判断はどうなのだろう。
だって俺、この家でイオンを怒鳴りつけた前科持ちなのだ。
「違います」
自分でも驚く程すんなりと言葉が喉を通った。
そして老執事の案内でイオンの部屋の前まで辿り着く。
「こちらは寝室になります。許可は得ておりますので」
前回と違う場所だと疑問がわいたが、口にするより先に説明された。
執事がノックをして俺の訪れを扉越しに報告するのを緊張しながら聞いていた。
荷物はもう一人の若い執事が持っている
初日と随分と扱いが違うなと意地の悪いことを考えていると、イオンからの許可がおりた。
「入れ」
傲慢さは失われていないが弱々しさを感じる声に不安になりながら扉が開くのを待つ。
「……っ」
「……本当に、来たんだな」
思わず声が漏れる。
再び対面したイオンのやつれ具合が予想以上だったからだ。
上背が有って元々良過ぎる体格だったからガイコツのようにまではなっていない。
でも顔は青白く目の隈も凄い。頬もこけている気がする。
若い方の執事は部屋に入るなり彼が寝台から身を起こすのを補助していた。
それが貴族だからか病人だからかはわからない。
だが今のイオンはどこから見ても重症の病人だ。ここまで体調が悪化しているとは思わなかった。
急激に体重を落として、その後過食を行って嘔吐の日々。
それでここまで悪化するものなのか。
俺も過食嘔吐について舐めていたのかもしれない。
もう少し早く訪れるべきだったと悔やむ。俺は医者でも無く治癒能力も無いけれど。
この症状が薬や魔法ですぐ治るかすらわからない。
前世の、しかも本で呼んだ程度の知識すら無い。
でも何かしたいと思って足を運んだのは事実だ。
そんな俺をベッドの上のイオンは目を眇めて見た。
カーテンを閉め切った室内は夜でもないのに薄暗かった。安静に過ごせるようにという配慮だろうか。
実際イオンは今まで眠っていたのだろう。髪に寝癖がついている。
視界が平常通りで無くても仕方が無かった。
(見かける時は体型やセンスは別としていつもきっちりした格好をしていたのに)
見慣れない姿に内心戸惑っている俺をイオンは青い瞳で見つめた。
やはり痩せた彼は美形だ。不謹慎だがやつれて不機嫌そうな姿も絵になる。
しかしそれでも面食いなディエは彼になびかなかったらしい。
改めてそれを不思議に思っているとイオンが歪な笑みを浮かべた。
「お前、僕に謝罪しに来たというのは事実か?」
「は?」
間抜けな声が出る。そんな事実は無い。
反射的に老執事を振り向いた。彼は小狡い大人のような顔をしていた。前世で何回か見た表情だ。
良いから黙って頷いておけという台詞をその瞳が語り掛けてくる。
前世では相手が立場の高い人間だったり厄介なクレーマーだったりした時に見た。
子供の頃にもアルバイト時代にも製菓店で働いてた時にも見た。
そう強制して来たのは親だったり上司だったりした。
この世界でもこんな気持ちになるのか。一瞬諦めにも似た気持ちが胸を占める。
まあ老執事のやり口はわかる。俺がイオンに面会するなら謝罪しに来たという名目が一番簡単なのだ。
相手は高位貴族の子息で俺は平民なのだから。
(……でも俺へ事前に話を通さないというのが気に入らないな)
大方、謝罪を理由にしたら俺がイオンと会うのを断ると思ったのだろう。
そして実際に会えば俺が長い物に巻かれてイオンと話を合わせると考えたのだろうか。
完全に騙し討ちだ。
正直なんでそんな楽観的なのだろうと俺は見かけは老獪そうな執事を眺めた。
確かに気弱そうとか大人しそうと言われることは昔から多い。
子供の頃はそれを理由に悪ガキに虐められたりもした。
でも流石にゴールディング家の老執事が俺に対しその判断はどうなのだろう。
だって俺、この家でイオンを怒鳴りつけた前科持ちなのだ。
「違います」
自分でも驚く程すんなりと言葉が喉を通った。
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