66 / 73
66.
しおりを挟む
意外だがイオンの表情は変わらなかった。
寧ろ予想通りと言ったような顔だ。本当にあのイオン・ゴールディングなのだろうか。
「だろうな」
「分かっていたんですか」
俺が質問するとイオンは疲れたように溜息を吐いた。
「お前がわざわざ僕と関わると思わない」
よくわかってるなと口にしそうになったが飲み込んだ。それにまるっきりの正解でもない。
だった今回ゴールディング邸を訪れたのは俺の都合が一番大きい。
俺はイオンが死ぬ未来を回避したいと強く思い始めていて、結果として老執事の頼みは渡りに船となった。
ただこちらに嘘を吐いて面会をセッティングした件がそれで帳消しになる筈がない。
別に最初からこちらに話を通してくれれば少しの葛藤の後に納得もした。俺はそこまで潔癖じゃない。
「店に行った時に迷惑そうな態度を隠しもしなかった。そんな奴がわざわざ謝罪しになんか来るものか」
拗ねるように言われ俺は内心反省した。そこまで顔に出ていたのは客商売として不味い。
「そのような態度に見えていたということなら謝罪致します」
「お前の謝罪はいらない。何か腹が立つ」
そう言いながらも俺に怒鳴りつけたりはしてこない。
奇妙に落ち着いていてイオンらしくない。そんな元気も無いのだろうか。
「とりあえず謝っておけというのが透けて見える。悪いと思ってないなら謝るな」
「わかりました。ところで俺が謝罪しに来たという情報は誰からですか」
俺が尋ねるとイオンが面倒臭そうな顔をして視線を動かした。
「わかっているだろう。そいつだ」
「もっ、申し訳御座いません! イオン坊ちゃま!」
言葉と同時に大きな音がする。俺もイオンと同じように視線を動かした。
その先には土下座をする老執事の姿があった。
どちらかといえばヨーロッパ風の外見と衣服に身を包んだ人間の動作として違和感がある。
土下座って海外でも普通に行われる動作なのだろうか。そもそもこの国を前世の海外と同列にしていいものか。
そう悩みつつ結局答えは出ない。最終的に意図が同じならどうでもいいと考えを放棄した。
謝る先に俺が含まれていないことに寧ろ笑えて来る。無意識の見下しがえげつない。
そして何でこんなすぐばれるような嘘を吐いたのか。
平民は無条件で貴族たちの言いなりだとでも思っているのだろうか。
町で会った時はもう少し色々考えてそうな人だったのに。何だかがっかりだ。
「お前にまで嘘を吐かれるとはな……僕は何を信じればいいのかわからなくなる」
自嘲気味にイオンが言う。
彼ら使用人たちがイオンに食べさせるケーキを個人名義で買ってたことも言いつけてやろうか。
そう銀髪か白髪かわからない老執事の後頭部を見ながら逡巡する。
「私どもはただ、坊ちゃまに元気なお姿を取り戻してほしくて……!」
「僕を元気に? ハッ、こいつが実は名医だとでも言うのか?」
「違いますけど」
指差して言われたので間髪入れず否定した。
あの悪夢さえ見なかったら多分今の時点で回れ右して帰っているのだろうなと思った。
それとイオンが考えるよりもずっと痩せこけてさえいなければ。
「俺は医者じゃないですけれど、貴方が元気になる手伝いが出来ればとは思います」
俺があの悪夢を見なくなるように。続く言葉は理解されないだろうから黙っておいた。
するとイオンは驚いたように目を見開いた。
その無防備さに子供みたいだなと思って、そういえば彼はまだ十六歳だと思い出した。
前世ならまだまだ子供だ。今の世界ではそうでもない。
ただ彼はこの家では我儘な子供のように扱われている気がした。
ひたすら怒らせないように、癇癪を起さないようにされているというか。
そんな扱いをされていたら何歳になっても大人になんてなれないんじゃないだろうか。
這い蹲って頭を下げ続ける老執事を見下ろしながらそう思った。
寧ろ予想通りと言ったような顔だ。本当にあのイオン・ゴールディングなのだろうか。
「だろうな」
「分かっていたんですか」
俺が質問するとイオンは疲れたように溜息を吐いた。
「お前がわざわざ僕と関わると思わない」
よくわかってるなと口にしそうになったが飲み込んだ。それにまるっきりの正解でもない。
だった今回ゴールディング邸を訪れたのは俺の都合が一番大きい。
俺はイオンが死ぬ未来を回避したいと強く思い始めていて、結果として老執事の頼みは渡りに船となった。
ただこちらに嘘を吐いて面会をセッティングした件がそれで帳消しになる筈がない。
別に最初からこちらに話を通してくれれば少しの葛藤の後に納得もした。俺はそこまで潔癖じゃない。
「店に行った時に迷惑そうな態度を隠しもしなかった。そんな奴がわざわざ謝罪しになんか来るものか」
拗ねるように言われ俺は内心反省した。そこまで顔に出ていたのは客商売として不味い。
「そのような態度に見えていたということなら謝罪致します」
「お前の謝罪はいらない。何か腹が立つ」
そう言いながらも俺に怒鳴りつけたりはしてこない。
奇妙に落ち着いていてイオンらしくない。そんな元気も無いのだろうか。
「とりあえず謝っておけというのが透けて見える。悪いと思ってないなら謝るな」
「わかりました。ところで俺が謝罪しに来たという情報は誰からですか」
俺が尋ねるとイオンが面倒臭そうな顔をして視線を動かした。
「わかっているだろう。そいつだ」
「もっ、申し訳御座いません! イオン坊ちゃま!」
言葉と同時に大きな音がする。俺もイオンと同じように視線を動かした。
その先には土下座をする老執事の姿があった。
どちらかといえばヨーロッパ風の外見と衣服に身を包んだ人間の動作として違和感がある。
土下座って海外でも普通に行われる動作なのだろうか。そもそもこの国を前世の海外と同列にしていいものか。
そう悩みつつ結局答えは出ない。最終的に意図が同じならどうでもいいと考えを放棄した。
謝る先に俺が含まれていないことに寧ろ笑えて来る。無意識の見下しがえげつない。
そして何でこんなすぐばれるような嘘を吐いたのか。
平民は無条件で貴族たちの言いなりだとでも思っているのだろうか。
町で会った時はもう少し色々考えてそうな人だったのに。何だかがっかりだ。
「お前にまで嘘を吐かれるとはな……僕は何を信じればいいのかわからなくなる」
自嘲気味にイオンが言う。
彼ら使用人たちがイオンに食べさせるケーキを個人名義で買ってたことも言いつけてやろうか。
そう銀髪か白髪かわからない老執事の後頭部を見ながら逡巡する。
「私どもはただ、坊ちゃまに元気なお姿を取り戻してほしくて……!」
「僕を元気に? ハッ、こいつが実は名医だとでも言うのか?」
「違いますけど」
指差して言われたので間髪入れず否定した。
あの悪夢さえ見なかったら多分今の時点で回れ右して帰っているのだろうなと思った。
それとイオンが考えるよりもずっと痩せこけてさえいなければ。
「俺は医者じゃないですけれど、貴方が元気になる手伝いが出来ればとは思います」
俺があの悪夢を見なくなるように。続く言葉は理解されないだろうから黙っておいた。
するとイオンは驚いたように目を見開いた。
その無防備さに子供みたいだなと思って、そういえば彼はまだ十六歳だと思い出した。
前世ならまだまだ子供だ。今の世界ではそうでもない。
ただ彼はこの家では我儘な子供のように扱われている気がした。
ひたすら怒らせないように、癇癪を起さないようにされているというか。
そんな扱いをされていたら何歳になっても大人になんてなれないんじゃないだろうか。
這い蹲って頭を下げ続ける老執事を見下ろしながらそう思った。
221
あなたにおすすめの小説
四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。
とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて──
「運命だ。結婚しよう」
「……敵だよ?」
「ああ。障壁は付き物だな」
勇者×ゴブリン
超短編BLです。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜
ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。
――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん!
ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。
これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…?
ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる