女運の悪い悪役令息が不憫過ぎるので構ってみたら懐かれた件

砂礫レキ

文字の大きさ
70 / 73

70.

しおりを挟む
「そういえば、聞き忘れてたな」

 唐突にイオンがそんなことを言う。
 そして俺を見つめながら言った。

「謝罪に来たわけじゃないということは……僕が無様に弱っているのを笑いに来たのか?」
「俺はそんな悪趣味じゃありません」

 隈の目立つ目でこちらを見上げながら言うイオンに即座に返した。そんなことしたら俺の方が悪役だ。
 いやケーキを床に落とした直後なら、ざまあみろと思ってしまったかもしれない。でも今は無理だ。
 理由がただの食欲だとしても彼が落ちたケーキを残さず全部食べたと知ってしまったからた。

「……だろうな。だったら尚更何しに来たんだ」

 イオンは疲れたようにそう口にした。良く見ると口端が微妙に笑っている。何が楽しいのか理解できない。
 ただ彼は怒る時も笑う時も喧しいタイプだと思っていた。
 そんな体力も気力も無いのかもしれない。傲慢に高笑いしたり癇癪玉のように激怒していた彼と今の病人然とした彼はまるで別の人間だ。

「ラルズにでも何か吹き込まれたのか?」 
「俺と話した日から……イオン様の体調が優れないと伺いました」

 そう口にすると目の前の青年は馬鹿にしたように笑った。自嘲かもしれない。

「俺がお前に冷たくされたせいでこうなったと? 平民風情が図に乗るなよ」

 相変わらずの悪役貴族仕草だ。これだけ弱っていてもそれが出来るのはある意味感心する。
 イオンがここまでボロボロになってなかったら多分俺は笑顔で退室して二度とゴールディング邸に近づかなかっただろう。

 でも今それをすると後味の悪いことになりそうだ。大金持ちの一人息子で立派な寝室に何人も使用人がいる。
 医者だってこの国基準では名医が担当しているだろう。それなのにここまで体調を崩しているのだ。しかも精神的な理由で。
 イオンは否定しているが多分それに俺は関わっている。俺の言葉で彼は急激に痩せ、そして同じように過食に走った。
 何故そこまで俺の言葉に影響されたのかはわからないけれど。

「……じゃあ、今のままの自分で良いんですか?」
「何?」
「今のイオン様ってどれだけ食べても満足できなくて、吐いても食べ続けてしまっているんですよね?」
「……そんなことまで話しているのか」

 イオンが老執事を睨みつける。それを庇う事もせず俺は言った。

「理由がどうでも、俺が注文断った日からそうなったのが嫌なんです」

 貴方の事が心配だからとかそういう綺麗な言葉は出てこなかった。 
 会話したのが数度だけの俺にそこまで心配されてもイオンも不気味に思うだろうし。 

 イオンに親切にして貰ったとか恩が有るなら別だけど今の時点でそんなことは無い。
 寧ろ迷惑な思いばかりだ。それでイオン様を元気にしてあげたいんですとか言えるのは聖女とか聖人の類だろう。

「成程、俺に何かあったら店が潰されると思ったからか……庶民らしい保身だな」

 納得したようにイオンが言う。相変わらず一言多い。

「保身というか……貴方に死んで欲しくないだけです」

 口にした後にもう少し言葉を選ぶべきだと思ったが、イオンは気分を害した様子も無かった。
 病気って人間を変えるんだな。自分も前世病で別人になったことを棚に上げそう思う。

「お人好しだな。お前の父親が作った菓子を俺は台無しにしたというのに」
「お人好しというか……」

 先程は否定したが保身という指摘はある意味当たっている。
 俺はイオンに死んで欲しくないのだ。ディエに捨てられ転落死するイオンが前世の自分の死に様と重なるから。

 そう考えて内心で疑問が浮かぶ。だったらそれ以外の死に方なら別に構わないのでは無いかと。
 しかしそれでは流石に人でなし過ぎるだろうと考え直した。中途半端な関係だがここまで関わった相手が若い身空で急逝するのは後味が悪い。
 だから彼の肩を死神が叩いてると思ってしまったら、出来る範囲でその手をどかしてやりたいと思うのはおかしくはない。

 俺の知ったイオンは傲慢だし権力を悪用するけれど根っからの悪人では無かった。 

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。 とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて── 「運命だ。結婚しよう」 「……敵だよ?」 「ああ。障壁は付き物だな」 勇者×ゴブリン 超短編BLです。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される

あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。

推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜

ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。 ――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん! ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。 これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…? ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

処理中です...