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手にした戦果
認識のちがい
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曇り空だった。
昨日は館に戻ったら幼馴染から連絡が入っていた。
クレイグが戻る。
無事に戦地から戻るのだとホッとした。
だが、ちょっと考えこんだ。
どうにか魔法の先生のことを秘密にしたい。
まだ何もできていない。
ただでさえ、魔法使いかもしれないと教えた時点で大笑い必至だ。
生まれた時から一緒にいるクレイグが気づかないわけがない。
詐欺を疑われる。
「リロイ様、今日も遅くなるか?」
花を荷馬車に積んでいる最中に、領民が確かめた。
リロイは何気なく顔を上げる。
領民の顔が不安そうで、理由を尋ねた。
「どうかしましたか?」
「昨夜この辺りを魔獣が歩いたようだ。
足跡が残っていてね。
もしリロイ様が不在の間に出てきたらと心配なんだよ。
ほら、今日は空が暗いし」
「……」
領民と一緒に空を見上げる。
ぬっと湿った空気を押し下げて雲が垂れこめていた。
「今日は花の出荷の最終日ですから、行くだけ行ってきます」
ディアドラの作業小屋へはどうしようか。
ちょっとだけ寄って時間が取れないことだけ伝える……。
リロイは木立の方を向く。
「テオ」
通る声が森に響いた。
「この辺りを警戒してくれ。私は昼までに戻る」
森から茶色い熊が出てくる。
そばにくるとリロイよりも大きかった。
「魔獣に人を襲わせないで」
頼んだというように顔を撫でる。
熊は従順に頭を下げた。
「出かけてくるよ」
にこっと笑って荷馬車に乗った。
やけに静かな山道だった。
店に荷を下ろすと、わけを話して即刻引き返す。
「……」
分かれ道の近くに動物が落ちていた。
やられたばかりでまだ体温が残っていそうな骸である。
ディアドラは、
荷車を馬から解いた。
身軽になった荷馬を急かして山道を駆ける。
ちぎれた獲物の破片が道の端に落ちていた。
矢筒を確かめる。
一本だけ色の違うシャフトに触れた。
血の匂いがする。
上から。
振り仰いだリロイの眼前に何かの爪が迫っていた。
上半身を大きく横に倒してよける。
馬の胸の向こうに見えたのは大きな猫だ。
「魔獣……っ」
姿勢を戻して前へ進む。
斑点のある背中をしならせて魔獣は追ってきた。
空腹のまま森へ出てきて誰かと喧嘩になったのか。
怪我をして我を忘れたまま暴れている。
草原に出たところで馬を下りた。
一瞬だけ迷うような表情をした後、リロイは弓を背中から取って左手に握る。
リロイが魔獣を友だちにできるという技は有限だ。
限界がいつ来たのか当人にも分からない。
もしかしたら一つ前であったかも知れなかった。
常にそれを頭に置いて、おとなしくさせられないようなら倒さなければならない。
山猫が川を越えて飛びかかってきた。
「落ち着いて」
宥めるように呼びかける。
リロイは身をかわしざまに獣の脚を払った。
よろけた体は大きい。馬と同じような体高だ。
弓を捨てて矢を取る。
先ほど確認した、色の違うものだ。
追っていってその背中に突き刺す。
浅い。
リロイは刺した矢ごと大きな猫の首を掴んで飛び乗った。
体に何か吸いこまれてくる感じがする。
「落ち着け。暴れるな。怖くない、怖くない……」
魔獣の前足がくずおれた。
まっすぐ歩けなくなって、やがて地に伏せる。
大人しくなった獣の様子にほっと顔を覗いた。
矢を引き抜いて矢筒に戻す。
山猫の傷は治り始めていた。
ベルトについた鞄から葉を一枚取り出して口に入れる。
それから毒矢の鏃で大きく切れてしまった手のひらを見つめた。
「リロイ」
戸口から飛び出した姿勢で固まっている人に視線をやった。
「ディアドラ。無事だったんですね。
この家を襲われていたらどうしようかと不安でした」
無邪気に見える笑顔で言う。
「傷をみせて」
リロイの左手に飛びついた彼女は瞬く間に治癒した。
確かに対象者が地面にいた方が素早く治せる。
「私は魔獣なんか恐れませんよ」
「そうかもしれませんが、心配になったんです」
「右腕は」
「使っていません」
右腕の無事を確認したディアドラは、魔獣が動く気配に鋭く振り向いた。
リロイは平気だと言って静かにしている。
大きな猫はリロイの方に来て背中に体を擦りつけた。
「よかった。友だちになったね」
飼い慣らした動物にするようである。
リロイは猫の体を頭で撫で返した。
「一緒に帰ろうか。テオに紹介する」
その動作を、ディアドラは険しい顔で見る。
「すみません、ディアドラ。今日はあなたにすぐ帰ることを断るために寄ったのです。
この子を警戒して領地を守っているテオが……」
「リロイの魔法はこれなの?」
思わぬ低い声にリロイは驚いた。
怒られているのかと首を竦める。
「魔法、ですか……?」
なんの精霊とも契約していない。
幼い頃から気がついたら暴れる魔獣を懐かせることができるだけだ。
ロードでしか役に立たない特技である。
こんな状態で彼らが市街地を彷徨くことは滅多になかった。
「落ち着くまで押さえていることが魔法なら、そうですが……。
でも他に何もできませんよ?」
気持ちよさそうに毛皮に顔をつける。
リロイにとってはいつものことなのだ。
それを魔法だと知らないまま。
「とんでもない……」
呆然とディアドラは呟く。
自分の魔力を拠り所にして、歪んだ命を身の内に引き取った。
もしそれをディアドラがしようとしたら重労働だ。
様々な仕組みを作り出してやっとできる。
そんなことを自然にやってのけておいて。
何が? とリロイは首を傾げた。
その無邪気に見える表情に胸の奥が小さくざわめく。
それが不安か好奇心か、まだ正体は見えなかった。
「落ち着くまで押さえていれば懐くなら、誰しもが魔獣を味方にできます。
リロイがやっていることは魔法の作用です。
本当に誰もそれを魔法だと教えてくれなかったの?」
リロイは首を振る。
「私の伯父もそうだったようです。
ロードの人間は見慣れていて、特技だと思っています。
母がもともとロードにいた人間でしたが魔法だなんて言わなかった」
これが魔法なら、自分の意思で他のことに使える?
リロイは座った姿勢から山猫を見上げた。
魔獣に対してしか使えない特技だと思っていた。
母には魔獣の友だちはいなかったが、自分と同じように力が強かった。
だから、これは人の力による特技なんだろうと。
ディアドラの嘆息に意識がそちらに戻った。
「……」
領民が、全体的に、のんびりしている。
曇天が頭にのしかかったようだ。
ディアドラは両手でこめかみを挟んだ。
昨日は館に戻ったら幼馴染から連絡が入っていた。
クレイグが戻る。
無事に戦地から戻るのだとホッとした。
だが、ちょっと考えこんだ。
どうにか魔法の先生のことを秘密にしたい。
まだ何もできていない。
ただでさえ、魔法使いかもしれないと教えた時点で大笑い必至だ。
生まれた時から一緒にいるクレイグが気づかないわけがない。
詐欺を疑われる。
「リロイ様、今日も遅くなるか?」
花を荷馬車に積んでいる最中に、領民が確かめた。
リロイは何気なく顔を上げる。
領民の顔が不安そうで、理由を尋ねた。
「どうかしましたか?」
「昨夜この辺りを魔獣が歩いたようだ。
足跡が残っていてね。
もしリロイ様が不在の間に出てきたらと心配なんだよ。
ほら、今日は空が暗いし」
「……」
領民と一緒に空を見上げる。
ぬっと湿った空気を押し下げて雲が垂れこめていた。
「今日は花の出荷の最終日ですから、行くだけ行ってきます」
ディアドラの作業小屋へはどうしようか。
ちょっとだけ寄って時間が取れないことだけ伝える……。
リロイは木立の方を向く。
「テオ」
通る声が森に響いた。
「この辺りを警戒してくれ。私は昼までに戻る」
森から茶色い熊が出てくる。
そばにくるとリロイよりも大きかった。
「魔獣に人を襲わせないで」
頼んだというように顔を撫でる。
熊は従順に頭を下げた。
「出かけてくるよ」
にこっと笑って荷馬車に乗った。
やけに静かな山道だった。
店に荷を下ろすと、わけを話して即刻引き返す。
「……」
分かれ道の近くに動物が落ちていた。
やられたばかりでまだ体温が残っていそうな骸である。
ディアドラは、
荷車を馬から解いた。
身軽になった荷馬を急かして山道を駆ける。
ちぎれた獲物の破片が道の端に落ちていた。
矢筒を確かめる。
一本だけ色の違うシャフトに触れた。
血の匂いがする。
上から。
振り仰いだリロイの眼前に何かの爪が迫っていた。
上半身を大きく横に倒してよける。
馬の胸の向こうに見えたのは大きな猫だ。
「魔獣……っ」
姿勢を戻して前へ進む。
斑点のある背中をしならせて魔獣は追ってきた。
空腹のまま森へ出てきて誰かと喧嘩になったのか。
怪我をして我を忘れたまま暴れている。
草原に出たところで馬を下りた。
一瞬だけ迷うような表情をした後、リロイは弓を背中から取って左手に握る。
リロイが魔獣を友だちにできるという技は有限だ。
限界がいつ来たのか当人にも分からない。
もしかしたら一つ前であったかも知れなかった。
常にそれを頭に置いて、おとなしくさせられないようなら倒さなければならない。
山猫が川を越えて飛びかかってきた。
「落ち着いて」
宥めるように呼びかける。
リロイは身をかわしざまに獣の脚を払った。
よろけた体は大きい。馬と同じような体高だ。
弓を捨てて矢を取る。
先ほど確認した、色の違うものだ。
追っていってその背中に突き刺す。
浅い。
リロイは刺した矢ごと大きな猫の首を掴んで飛び乗った。
体に何か吸いこまれてくる感じがする。
「落ち着け。暴れるな。怖くない、怖くない……」
魔獣の前足がくずおれた。
まっすぐ歩けなくなって、やがて地に伏せる。
大人しくなった獣の様子にほっと顔を覗いた。
矢を引き抜いて矢筒に戻す。
山猫の傷は治り始めていた。
ベルトについた鞄から葉を一枚取り出して口に入れる。
それから毒矢の鏃で大きく切れてしまった手のひらを見つめた。
「リロイ」
戸口から飛び出した姿勢で固まっている人に視線をやった。
「ディアドラ。無事だったんですね。
この家を襲われていたらどうしようかと不安でした」
無邪気に見える笑顔で言う。
「傷をみせて」
リロイの左手に飛びついた彼女は瞬く間に治癒した。
確かに対象者が地面にいた方が素早く治せる。
「私は魔獣なんか恐れませんよ」
「そうかもしれませんが、心配になったんです」
「右腕は」
「使っていません」
右腕の無事を確認したディアドラは、魔獣が動く気配に鋭く振り向いた。
リロイは平気だと言って静かにしている。
大きな猫はリロイの方に来て背中に体を擦りつけた。
「よかった。友だちになったね」
飼い慣らした動物にするようである。
リロイは猫の体を頭で撫で返した。
「一緒に帰ろうか。テオに紹介する」
その動作を、ディアドラは険しい顔で見る。
「すみません、ディアドラ。今日はあなたにすぐ帰ることを断るために寄ったのです。
この子を警戒して領地を守っているテオが……」
「リロイの魔法はこれなの?」
思わぬ低い声にリロイは驚いた。
怒られているのかと首を竦める。
「魔法、ですか……?」
なんの精霊とも契約していない。
幼い頃から気がついたら暴れる魔獣を懐かせることができるだけだ。
ロードでしか役に立たない特技である。
こんな状態で彼らが市街地を彷徨くことは滅多になかった。
「落ち着くまで押さえていることが魔法なら、そうですが……。
でも他に何もできませんよ?」
気持ちよさそうに毛皮に顔をつける。
リロイにとってはいつものことなのだ。
それを魔法だと知らないまま。
「とんでもない……」
呆然とディアドラは呟く。
自分の魔力を拠り所にして、歪んだ命を身の内に引き取った。
もしそれをディアドラがしようとしたら重労働だ。
様々な仕組みを作り出してやっとできる。
そんなことを自然にやってのけておいて。
何が? とリロイは首を傾げた。
その無邪気に見える表情に胸の奥が小さくざわめく。
それが不安か好奇心か、まだ正体は見えなかった。
「落ち着くまで押さえていれば懐くなら、誰しもが魔獣を味方にできます。
リロイがやっていることは魔法の作用です。
本当に誰もそれを魔法だと教えてくれなかったの?」
リロイは首を振る。
「私の伯父もそうだったようです。
ロードの人間は見慣れていて、特技だと思っています。
母がもともとロードにいた人間でしたが魔法だなんて言わなかった」
これが魔法なら、自分の意思で他のことに使える?
リロイは座った姿勢から山猫を見上げた。
魔獣に対してしか使えない特技だと思っていた。
母には魔獣の友だちはいなかったが、自分と同じように力が強かった。
だから、これは人の力による特技なんだろうと。
ディアドラの嘆息に意識がそちらに戻った。
「……」
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