その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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背を預ける時

ロードについて

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 夏の間の予定が埋まっていく。
 今収穫を迎える領地と、これから種蒔きが来る領地。
 異なる課題の領地の相談にのる。

 一階のホールではカミルが忙しそうに予定を調節していた。


 ロード独自の農業技術は彼が牽引する。
 深いところまで一気に開墾できる道具や、広範囲にまとめて播種できる農機具が、ロードの発展に貢献した。

 彼はエレーヌの勧めで早い段階から留学した経験がある。
 三〇手前だが知識と作り出した農業機械の数は豊富だった。



 資金に余裕のある領地には、留学先をいくつか勧める。
 よれよれした茶色い髪のカミルは小さい頃から手先が器用だった。
 領地では手押し式の耕運機を作ったり、魔獣に引かせる用の頑丈な鉄の地ならし機を作ったりしている。

 マルテが怪我をした時には乗っているだけですすむ耕運機を作ってみせた。
 乗り心地は最悪だったが、マルテは楽しそうに操っていたっけ。




 懇親会に少し顔を出してからリーンはやってきた。
 裏口からリーンを招き入れて、リロイはクレイグと書斎に集まる。
 
 話をしたいと、会議後の掠れ声で言われていた。 

 家人が運んでくれたトレイを戸口で受け取る。
 疲れた顔の王子は果物の香りに笑った。

 差し出すと切ったばかりの柑橘に飛びつく。

「昼間は喉が潰れるかと思いましたね」

 クレイグが嘆息した。

「覚悟はしていたが、軍人たちの声はすごいな」
「声量で相手を封じられると思ってるんだ。
 声の大きさを競ってるんじゃなく、議論してるんだっていうのに」

 リーンは書斎の机に放り出されていたリロイのメモを見る。
 暗号のような紙面に驚いた。
 数字と記号しかないが、これで意味が通じるのか。

「ロードの民はこれを全員が読めるのか?」
「だいたいは通じます。
 これだけで収支と特産品の種類がわかる。
 他にも色々と書いてあります」

 正式な学校はないはずだが、全体的に教育水準が高い。

「公国の面影が残ってるんだな。
 もともとロードにいた民も多いか?」
「どうでしょうか……。少なくはないですね」
「年寄りの方がむしろ外国のことを知っていたりします。
 物知りだなあと思ったらロードで暮らしていたという人が多いです」

 リロイとクレイグの話に、リーンは頷いた。

「私が生まれた頃に入植が完了したそうだからな。
 それより年上の世代は公国の住人だった者も残っているんだ」

 持ってきた本をリロイに手渡す。

「これは、三十年ほど前に書かれた本だ。
 アレスティアから見たロード公国の資料。
 リロイのいる土地が外からはこう見られていたという、参考情報だな」

 クレイグがすぐ開きたそうに表紙に手をかけた。

「エレーヌ様のこと、書いてるかな?」
「十五歳の母上?」
「どんな子どもだったんだろう」
「絶対に王宮内にはいない」

 発明好きだった母。
 きっとそこらじゅうを歩き回って仲間と案を出し合っていたに違いない。

 記憶にある母もそうだ。

「公国の承認はアレスティアがした。
 三百年ほど前はしっかりした協力関係があって、攻め入るなんて考えられない。
 ロード公国は何らかの恩恵をアレスティアに与えていた」

 リーンが説明する。

「二百年くらい前に山火事があったようだ。
 その時に巻き込まれた大公と公子が亡くなっている。
 そこからさらに近年に下るにつれ、アレスティアの中で急速に評価が落ちた」
「アレスティアの荒地が拡大していった時期と同じですね。
 土地改良に関わっていた事業が途切れたのかな……」

 リロイが呟いた。

 ロード公国は人材を派遣する国だったと聞いている。
 若いうちは各国へ留学に出向き技術を学ぶ。
 そこで得た知識と経験を持ってさらに外国へ支援に行くのだ。

 母エレーヌのように発明家も少なくない。

「リロイは公国が滅んだ日のことを聞いているか?」
「だいたいのことは聞いています」

 直に体験したわけではないから、どうしても話の中の出来事みたいになってしまう。
 
「アレスティアの領地として接収するという交渉が決裂した。
 常時人が残っていない状態のロードに王の軍がやってきて城が落ちた。
 祖父母と伯父が命を落とし、母は捕まって父とロード伯爵領に着任した」

 母はいつもそういうふうに単純な出来事として語った。
 父と母は仲が悪くなかったし、むしろ母は何にでも父を誘った。

 もうすっかり伯爵領となったことを受け入れているように見えた。

 乗り気だったかどうかはともかく。
 父は見かけるときは常に母の後ろからついてきた。

 父が何に怯えていたのかはいまだに謎だ。
 住民の半数は都の父の部下だった。
 攻め滅ぼした側の人間と言ったって、敵に囲まれていたわけではない。



「父王がその交渉を持ちかけた」



 リーンが嫌な記憶を辿るように目を伏せた。

「ロードは自立していた。アレスティアは何の援助もしていない。
 単にその当時父は実績が欲しかったんだ。
 代替わりしたばかりで、力がなかった。
 自分の思う政治ができないことに焦っていた」
「では、王は実績を手にして王宮での影響力を強めるきっかけにした?」

 クレイグが不思議そうな顔で聞く。
 今の王の顔つきは、まるで失敗した者のような。

「そうしたかった。だがその後に影響力を掴んだのはオーヴェだ。
 彼がロードを攻めた時、アレスティアの誰もそれを知らなかった。
 オーヴェは何故か王の軍を動員したんだよ。
 人が残っていないと言ったって、相手は魔獣を操る一族だ。
 なのにあっという間にオーヴェ一人で落としてしまった」
「……」

 リロイはずっと疑問に思っていたことがあった。
 誰も話してくれないこと。

「どうして伯父は亡くなったのでしょう。
 大きな魔獣が何体も守っていたはずです。
 何があったのかは誰も教えてくれない。
 伯父の最後の言葉を聞いたはずの父も何も言わないのです」


 戦の最中、誰が誰の命を奪ったかなんて言い出したらキリがない。
 けれど父の場合、語らない理由は……。

「殿下はなきがらが見つかっていない。
 領土内をくまなく探した。どこにもなかった。
 どういう状況で亡くなったのか不明なんだ。
 捜索中に偶然公女が発見されて捕まった」
「伯父は亡くなってはいるのですか?」
「すべての魔獣が消えた」

 それは主人の命が尽きたということだ。もしくは……

「魔獣を自分のところに集めて逃げ延びた可能性は?」
「アレスティアの兵士が、一体ずつ消滅していったと証言している」

 リーンの言葉にリロイはため息を吐く。
 そうやって消えていくのだと聞いていた。

「その後でロードの魔法使いに行った適応実験が暴露された。
 アレスティアでも衝撃をもって伝えられた。
 そのためにロードの魔法使いたちは絶えたんだからな」

 ギーを連れ帰った時の母の悲しそうな顔が浮かぶ。

「適応実験では何が行われたんですか?」
赫奪かくどくという結晶を作った。魔法使いを封じ、永久に兵器として保持する禁術だった」

 誰もそんなことがあったなんて言わなかった。
 禁忌になっているのだ。

 母はリロイが魔獣の友だちを見せるたび心配が増したことだろう。

 母に魔獣を友だちにする力はなかった。
 だから発明に夢中になったようだ。
 祖父もその力がなくて、兵器開発に力を入れていた。

「実験は誰がやったんですか?」

 クレイグが不愉快そうに聞く。

「王の名で行われた。だが、主導したのは……」
「オーヴェ」

 リロイの確信にリーンは首肯した。

「各国が共同で実験を非難する声明を出した。
 そのために条約ができたほどだ。
 何も行動しなければ多国籍軍を結成される。
 アレスティアは慌てて実験を捨てた。
 赫奪かくどくはすべて中立国で廃棄された。
 関わった人間や資料ももうない。
 そんな後ろめたい研究を行ってしまった父は、オーヴェと離れられなくなった」

 ロードの敵は、ロード公国の敵でもある。

「ひっくり返さなければならない範囲が分かってよかった」

 リロイが息を吐いた。

「資料をくださって感謝します。
 私が怒って協力をやめるかもしれないようなお話をしてくださったことも」
「ロードは今日も味方になってくれた。
 なのにこんな後ろ暗い事情を伏せていたのでは公平でないと思ったんだ。
 私が話してしまえて気が楽になった」
 
 最初の印象の通り、誠実な人なのだ。

「王になった時、隠し事のない新しい関係をロードと築いていきたい」

 理想に燃える後継者候補は、まっすぐ未来を見つめるようにリロイとクレイグを見る。

「ロードの目標と王子の理想は近い。
 一緒に行けるところまでは行きましょう」

 リロイは穏やかな口調で言った。
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