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背を預ける時
魔物の森
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時間ができたら。
もう夏は終わりに近づいている。
まだまだ空は抜けるような青色で、秋の気配なんか感じないけれど。
そんな頃に時間ができたのでディアドラの作業小屋を経由して森に誘われた。
狩衣姿の彼女はこの日、イレーネという女性を連れていた。
丸い背中の小柄な女性である。
目付女中のような格好をしているが、魔物だと分かった。
リボルを品定めするように見た後、一つため息をつく。
「まだまだ教養が必要ですね」
人のように呟いた。
「リボル、多分貴族の館で暮らすならといった時の助言だ。
リボルに不足があるわけじゃないからね」
魔獣を気遣う主。
イレーネは首を振る。
「主人より人間世界のことを知らねば。
守るというのは物理的な攻撃からのみとは限りません」
「……」
女中長さんみたい。
それとも護衛長かな。
「イレーネ、リロイはついこの春まで魔獣がどんなことをできるか知らなかった。
彼らはこれから覚えるの。優しく教えてあげて」
「承知いたしました」
ディアドラの言葉に丁寧に応じる。
彼女らの間には歴然とした主従の関係があるのだ。
馬は魔物に襲われるからと、徒歩で移動する。
「魔導鉱石はどんなのを持って来ましたか?」
「魔力を貯めるだけのものをいくつか。
他には自分で吸い取るものや、よくわからなくて持ってきたものも」
主にフメルで手に入れた石を選んできた。
ポケットのついた布に丸めて運んでいる。
種類の分かるものにはメモ書きしてあった。
「フメルから移ってきた魔法使いの中に詳しい人がいます。
もともとヘイデンにいた人でした」
「軍にいた人?」
「いいえ。軍に入る力はなかったと話しています」
その話の矛盾にはディアドラは何も言わないことにする。
「兵器との組み合わせは考えてみました?」
その質問にはリロイは複雑な顔になった。
「仕事を任せた人が爆ぜそうです。
大変興味深いのですが、回路の解読ができなくて」
ディアドラが共感するような表情をする。
「あれは魔法使いなら誰でもなんでも読めるわけではないのです。
専門に回路だけを勉強した人でないと……」
「専門家……」
壁が意外と高かった。
「紋様を研究しようとする人は魔力が小さい人のことが多いですよ。
力のある魔法使いは自分の分野を磨きますから。
魔法使いですらない人が詳しかったりもするのです」
「ますます探す範囲が広がりましたね」
帰ったら手当たり次第だとマルテに伝えなければならない。
森の木々が黒々としてくる。
火事は二百年前なのに、そのまま消し炭が残ったみたいだ。
「今でも魔物の木の影響で、木々は黒く、魔物が紛れているのです」
ディアドラが解説する。
リロイが持ってきた石の中から、彼女は平らな石を取り出した。
手のひらに乗せて持つ。
「これは見破る石です。擬態した魔物の正体を映し出す」
手のひらを宙で回して探索した。
石の上に映像が立つ。
顔の浮き出た木がこちらを見ていた。
ディアドラの紋様が現実のその木に浮かび上がる。
木が枯れ出した。
「今の攻撃はリロイもできます。
消え失せるまで命を吸い切る。
もし手なづけても悪さしそうなものがいたらこのようにするといい」
本性を現した木がディアドラを睨む。
幹を揺らし、枝葉で紋様を引っ掻いた。
「これは特別怖くもないですが、森に住む魔物の餌になります」
枯れ落ちた葉が地面に積み重なる。
ディアドラによって根ごと枯らされた。
最後は粉々に砕けてしまった魔物の木を、リロイは呆然と見つめる。
やっぱり処刑人みたい。
呆然とするリロイのそばでディアドラは肩にかかった木の破片を軽く叩いた。
手に戻ってきた石をかざしてみた。
リボルの方に向けてみたらちゃんと大鳥の姿が浮かぶ。
イレーネにかざすと、テオよりも大きそうな巨熊だった。
さらにあたりを伺うと蝶の塊が落ち葉の中に隠れている姿が浮かび上がる。
近づいて飛び上がるのを一匹掴んだ。
「……ああ」
あっという間に消えてしまう。
加減が難しいのだ。
「次は、これ」
リロイから布を受け取ってディアドラが一つ取り出す。
ムラのある色合いの石だ。
それをリボルに持たせる。
「何か変化が分かりますか?」
「……動きにくいです」
リボルは困ったように言った。
今の今まで持っていたリロイは何も感じない。
「それは抑制する石。魔力が外に出にくくなります。
持っていれば本当の力より弱く見えますね」
いつ使うんだろう。
もともと魔力が外に出ないリロイには分からない。
「ああ、これは便利」
まだら模様の石と取り替えたディアドラは目を大きくした。
「融合する石です。例えば、地の精霊の魔法使いと風の精霊の魔法使い。
この二つの魔力をそれぞれ石に貯めてここで融合させます。
それを地中に伝えることで地面をひっくり返す力になるでしょう」
ディアドラは敵の進軍を阻む騎馬返しのような装置を想定して言ったようだった。
リロイの頭には固くなった土を起こす春の畑の情景が浮かぶ。
「それはいいですね……」
どんどん歩き進めて、森の奥まで来ていた。
小さい魔物が欲しくて試してみるが全く上手く行かない。
木の枝の上にいた猿の魔物に飛びついて捕まえた。
あっという間に従える。
「エルコン」
名前をつけてにこにこしていた。
「お前は人の姿になれる?」
主人になった人に問いかけられ、猿の魔物はしばらく首を傾げる。
イレーネがそれに近づいた。
熊の牙を剥き出して威嚇する。
見慣れていない三人が肩を震わせた。
エルコンは背中の丸まった小さな人になる。
周りの人間に合わせて狩衣を身につけていた。
懐いたばかりの魔獣はリロイによじ登ってくる。
イレーネに再び威嚇されるとリボルに飛び移った。
イレーネからすると主人に狼藉を働いているように見えたらしい。
リボルに乗っかる分には何も言わなかった。
「兄弟みたいでいいね」
リロイは笑いながらエルコンの背を撫でる。
「あら」
どうしよう、という声の響きにリロイは振り向いた。
ディアドラが真剣な顔で石を見つめ、あたりを確認する。
「これはあまり持ち歩かないほうがいい石です」
透明な濃い色の石が手にあった。
なんとなく嫌な感じがする、という魔法使いの感想を思い出す。
「魔物を引き寄せる石。制御するものなしに持ち歩くと危険ですよ。
通常は遮断できる入れ物や、紋様を描いた紙などに包んでいるはず」
「……」
紙に包まれたままの石はいくつかあった。
やはり紋様を解読できる人間を早く探し出さないといけない。
ディアドラはイレーネからペンを受け取った。
石が入っていたポケットに封印の紋様を描く。
「たまたま抑制する石と一緒にしてあったとはいえ……。
何か呼び寄せているかもしれません」
「すみません。あまり色々と持ってくるべきではなかったんですね」
リロイは他に危険なものはないかとディアドラに確認した。
そこに地響きが聞こえてきて、何とも不穏な表情になる。
少し先の木が倒れた。
獣か何かの争う声がする。
「そうなのです。この石がよく使われる状況は、罠です。
魔物を呼び寄せて一網打尽にする時や、生態調査などの目的ですね」
「ちょっと先で争いが始まったのは」
「鉢合わせたのでしょう」
ナワバリ意識の強い魔物同士が。
「こんな時に便利な石があるかもしれません」
ディアドラは手早く石を探した。
一つ選ぶとリロイの手のひらに紋様を描く。
紋様の上に石を乗せて、背中を叩いた。
「いってらっしゃい」
「え?」
「後方支援は任せてください」
「え?」
至極真面目なディアドラは小さな魔物たちが逃げてくる方向を指す。
「行けば全部分かる」
何の石なんだろう。
手に握った石を眺めながらリロイはゆっくり騒ぎに近づいた。
大きい人間と大きい獅子がたたかっている。
幹の半ばから薙ぎ倒された黒い木。
シメネスと同じくらいの体を持つ獅子は巨人の片腕に噛みついた。
巨人はその首の後ろを掴んで振り回そうとする。
リロイが黒い木の間を進むと時々木が枯れて砕けた。
魔物の木であるらしい。
いつもより勢いよく魔獣の命を吸う。
きっと手にしているのは増幅する石だと気づいた。
小さい魔獣たちが逃げてくる。
リロイの方へ来たものが消えていった。
異状を知った大きな二体がリロイを見る。
リロイは目を輝かせて笑った。
「友だちになって」
こんな大きな二人がロードに来てくれたら。
そう思っただけで、不安も恐怖も胸の高鳴りへと変わる。
まず巨人の腕に飛びつく。
どれだけの高さなのだろう。
巨人の命を吸いながら肩へ登った。
「館より高いな!」
はしゃいだような声が響く。
子どものように無邪気な歓声だ。
けれどその魔力は底なしに魔物の命を吸い続ける。
巨人は大きな拳を振り回した。
首の後ろに逃げたリロイには当たらない。
獅子を離してもう片方の手で振り払った。
「一つ目だ。面白い」
頭の上に出たリロイは巨人の額を撫でる。
まだ従えられていなかった。
けれどその愛嬌のある顔に笑顔になる。
獅子が巨人の足に噛みついて頭を振った。
巨人は体勢を崩してひっくり返る。
大きな眉毛にしがみついたリロイの上に影がさした。
獅子の太い脚が振りかぶる。
いっそ飛びこんで脚を掴もうとしたリロイにディアドラの声が届いた。
「動かないで! 巨人を従えて!」
目の前を黒い木の肌が覆う。
ディアドラが森の木を成長させて盾にした。
獅子は突然現れた木の塊に当たって退く。
「……本当に、戦場にいたのはディアドラ…」
話を聞いただけではどこか信じられないでいた。
これを見てしまっては。
あの時と同じような動きを見せる木を前に、信じるしかない。
「ハンマー」
大人しくなった巨人に呼びかけた。
すでにリロイが主人である。
「獅子は?」
巨人は起き上がり、リロイを肩に乗せて支えた。
獅子に噛まれた腕は傷が治っていく。
「逃げました」
のんびりとした口調でハンマーが答えた。
残念な顔をしたリロイは、すぐに気を取り直して巨人の頬を撫でる。
「ハンマー、これから人間の住む土地に行くよ。
人間と暮らしたことはある?」
大きな首を振った。
間近の大迫力にリロイすら身を引く。
「人間はとても小さい。ハンマーはできるだけゆっくり動いてくれる?
みんなを驚かさないように」
「任せてください。できます」
そのゆっくりした動作に親しみが湧いた。
リロイは一度笑いかけると腕を滑りおりる。
「力を増幅させる石ですね」
握っていた手を開いて確かめた。
「そうです。そしてこの紋様は、リロイの魔力だけに反応するよう制御する」
「紋様はもっと色々な制御ができますか?
範囲を狭く特定したり、出力を調整したり」
「できますよ。紋様に詳しい者なら可能です」
日が暮れかけているのにディアドラは急ぎもせず教えてくれる。
イレーネもずっと何かリボルに話しているから、この主従は結構似ているのだ。
もう夏は終わりに近づいている。
まだまだ空は抜けるような青色で、秋の気配なんか感じないけれど。
そんな頃に時間ができたのでディアドラの作業小屋を経由して森に誘われた。
狩衣姿の彼女はこの日、イレーネという女性を連れていた。
丸い背中の小柄な女性である。
目付女中のような格好をしているが、魔物だと分かった。
リボルを品定めするように見た後、一つため息をつく。
「まだまだ教養が必要ですね」
人のように呟いた。
「リボル、多分貴族の館で暮らすならといった時の助言だ。
リボルに不足があるわけじゃないからね」
魔獣を気遣う主。
イレーネは首を振る。
「主人より人間世界のことを知らねば。
守るというのは物理的な攻撃からのみとは限りません」
「……」
女中長さんみたい。
それとも護衛長かな。
「イレーネ、リロイはついこの春まで魔獣がどんなことをできるか知らなかった。
彼らはこれから覚えるの。優しく教えてあげて」
「承知いたしました」
ディアドラの言葉に丁寧に応じる。
彼女らの間には歴然とした主従の関係があるのだ。
馬は魔物に襲われるからと、徒歩で移動する。
「魔導鉱石はどんなのを持って来ましたか?」
「魔力を貯めるだけのものをいくつか。
他には自分で吸い取るものや、よくわからなくて持ってきたものも」
主にフメルで手に入れた石を選んできた。
ポケットのついた布に丸めて運んでいる。
種類の分かるものにはメモ書きしてあった。
「フメルから移ってきた魔法使いの中に詳しい人がいます。
もともとヘイデンにいた人でした」
「軍にいた人?」
「いいえ。軍に入る力はなかったと話しています」
その話の矛盾にはディアドラは何も言わないことにする。
「兵器との組み合わせは考えてみました?」
その質問にはリロイは複雑な顔になった。
「仕事を任せた人が爆ぜそうです。
大変興味深いのですが、回路の解読ができなくて」
ディアドラが共感するような表情をする。
「あれは魔法使いなら誰でもなんでも読めるわけではないのです。
専門に回路だけを勉強した人でないと……」
「専門家……」
壁が意外と高かった。
「紋様を研究しようとする人は魔力が小さい人のことが多いですよ。
力のある魔法使いは自分の分野を磨きますから。
魔法使いですらない人が詳しかったりもするのです」
「ますます探す範囲が広がりましたね」
帰ったら手当たり次第だとマルテに伝えなければならない。
森の木々が黒々としてくる。
火事は二百年前なのに、そのまま消し炭が残ったみたいだ。
「今でも魔物の木の影響で、木々は黒く、魔物が紛れているのです」
ディアドラが解説する。
リロイが持ってきた石の中から、彼女は平らな石を取り出した。
手のひらに乗せて持つ。
「これは見破る石です。擬態した魔物の正体を映し出す」
手のひらを宙で回して探索した。
石の上に映像が立つ。
顔の浮き出た木がこちらを見ていた。
ディアドラの紋様が現実のその木に浮かび上がる。
木が枯れ出した。
「今の攻撃はリロイもできます。
消え失せるまで命を吸い切る。
もし手なづけても悪さしそうなものがいたらこのようにするといい」
本性を現した木がディアドラを睨む。
幹を揺らし、枝葉で紋様を引っ掻いた。
「これは特別怖くもないですが、森に住む魔物の餌になります」
枯れ落ちた葉が地面に積み重なる。
ディアドラによって根ごと枯らされた。
最後は粉々に砕けてしまった魔物の木を、リロイは呆然と見つめる。
やっぱり処刑人みたい。
呆然とするリロイのそばでディアドラは肩にかかった木の破片を軽く叩いた。
手に戻ってきた石をかざしてみた。
リボルの方に向けてみたらちゃんと大鳥の姿が浮かぶ。
イレーネにかざすと、テオよりも大きそうな巨熊だった。
さらにあたりを伺うと蝶の塊が落ち葉の中に隠れている姿が浮かび上がる。
近づいて飛び上がるのを一匹掴んだ。
「……ああ」
あっという間に消えてしまう。
加減が難しいのだ。
「次は、これ」
リロイから布を受け取ってディアドラが一つ取り出す。
ムラのある色合いの石だ。
それをリボルに持たせる。
「何か変化が分かりますか?」
「……動きにくいです」
リボルは困ったように言った。
今の今まで持っていたリロイは何も感じない。
「それは抑制する石。魔力が外に出にくくなります。
持っていれば本当の力より弱く見えますね」
いつ使うんだろう。
もともと魔力が外に出ないリロイには分からない。
「ああ、これは便利」
まだら模様の石と取り替えたディアドラは目を大きくした。
「融合する石です。例えば、地の精霊の魔法使いと風の精霊の魔法使い。
この二つの魔力をそれぞれ石に貯めてここで融合させます。
それを地中に伝えることで地面をひっくり返す力になるでしょう」
ディアドラは敵の進軍を阻む騎馬返しのような装置を想定して言ったようだった。
リロイの頭には固くなった土を起こす春の畑の情景が浮かぶ。
「それはいいですね……」
どんどん歩き進めて、森の奥まで来ていた。
小さい魔物が欲しくて試してみるが全く上手く行かない。
木の枝の上にいた猿の魔物に飛びついて捕まえた。
あっという間に従える。
「エルコン」
名前をつけてにこにこしていた。
「お前は人の姿になれる?」
主人になった人に問いかけられ、猿の魔物はしばらく首を傾げる。
イレーネがそれに近づいた。
熊の牙を剥き出して威嚇する。
見慣れていない三人が肩を震わせた。
エルコンは背中の丸まった小さな人になる。
周りの人間に合わせて狩衣を身につけていた。
懐いたばかりの魔獣はリロイによじ登ってくる。
イレーネに再び威嚇されるとリボルに飛び移った。
イレーネからすると主人に狼藉を働いているように見えたらしい。
リボルに乗っかる分には何も言わなかった。
「兄弟みたいでいいね」
リロイは笑いながらエルコンの背を撫でる。
「あら」
どうしよう、という声の響きにリロイは振り向いた。
ディアドラが真剣な顔で石を見つめ、あたりを確認する。
「これはあまり持ち歩かないほうがいい石です」
透明な濃い色の石が手にあった。
なんとなく嫌な感じがする、という魔法使いの感想を思い出す。
「魔物を引き寄せる石。制御するものなしに持ち歩くと危険ですよ。
通常は遮断できる入れ物や、紋様を描いた紙などに包んでいるはず」
「……」
紙に包まれたままの石はいくつかあった。
やはり紋様を解読できる人間を早く探し出さないといけない。
ディアドラはイレーネからペンを受け取った。
石が入っていたポケットに封印の紋様を描く。
「たまたま抑制する石と一緒にしてあったとはいえ……。
何か呼び寄せているかもしれません」
「すみません。あまり色々と持ってくるべきではなかったんですね」
リロイは他に危険なものはないかとディアドラに確認した。
そこに地響きが聞こえてきて、何とも不穏な表情になる。
少し先の木が倒れた。
獣か何かの争う声がする。
「そうなのです。この石がよく使われる状況は、罠です。
魔物を呼び寄せて一網打尽にする時や、生態調査などの目的ですね」
「ちょっと先で争いが始まったのは」
「鉢合わせたのでしょう」
ナワバリ意識の強い魔物同士が。
「こんな時に便利な石があるかもしれません」
ディアドラは手早く石を探した。
一つ選ぶとリロイの手のひらに紋様を描く。
紋様の上に石を乗せて、背中を叩いた。
「いってらっしゃい」
「え?」
「後方支援は任せてください」
「え?」
至極真面目なディアドラは小さな魔物たちが逃げてくる方向を指す。
「行けば全部分かる」
何の石なんだろう。
手に握った石を眺めながらリロイはゆっくり騒ぎに近づいた。
大きい人間と大きい獅子がたたかっている。
幹の半ばから薙ぎ倒された黒い木。
シメネスと同じくらいの体を持つ獅子は巨人の片腕に噛みついた。
巨人はその首の後ろを掴んで振り回そうとする。
リロイが黒い木の間を進むと時々木が枯れて砕けた。
魔物の木であるらしい。
いつもより勢いよく魔獣の命を吸う。
きっと手にしているのは増幅する石だと気づいた。
小さい魔獣たちが逃げてくる。
リロイの方へ来たものが消えていった。
異状を知った大きな二体がリロイを見る。
リロイは目を輝かせて笑った。
「友だちになって」
こんな大きな二人がロードに来てくれたら。
そう思っただけで、不安も恐怖も胸の高鳴りへと変わる。
まず巨人の腕に飛びつく。
どれだけの高さなのだろう。
巨人の命を吸いながら肩へ登った。
「館より高いな!」
はしゃいだような声が響く。
子どものように無邪気な歓声だ。
けれどその魔力は底なしに魔物の命を吸い続ける。
巨人は大きな拳を振り回した。
首の後ろに逃げたリロイには当たらない。
獅子を離してもう片方の手で振り払った。
「一つ目だ。面白い」
頭の上に出たリロイは巨人の額を撫でる。
まだ従えられていなかった。
けれどその愛嬌のある顔に笑顔になる。
獅子が巨人の足に噛みついて頭を振った。
巨人は体勢を崩してひっくり返る。
大きな眉毛にしがみついたリロイの上に影がさした。
獅子の太い脚が振りかぶる。
いっそ飛びこんで脚を掴もうとしたリロイにディアドラの声が届いた。
「動かないで! 巨人を従えて!」
目の前を黒い木の肌が覆う。
ディアドラが森の木を成長させて盾にした。
獅子は突然現れた木の塊に当たって退く。
「……本当に、戦場にいたのはディアドラ…」
話を聞いただけではどこか信じられないでいた。
これを見てしまっては。
あの時と同じような動きを見せる木を前に、信じるしかない。
「ハンマー」
大人しくなった巨人に呼びかけた。
すでにリロイが主人である。
「獅子は?」
巨人は起き上がり、リロイを肩に乗せて支えた。
獅子に噛まれた腕は傷が治っていく。
「逃げました」
のんびりとした口調でハンマーが答えた。
残念な顔をしたリロイは、すぐに気を取り直して巨人の頬を撫でる。
「ハンマー、これから人間の住む土地に行くよ。
人間と暮らしたことはある?」
大きな首を振った。
間近の大迫力にリロイすら身を引く。
「人間はとても小さい。ハンマーはできるだけゆっくり動いてくれる?
みんなを驚かさないように」
「任せてください。できます」
そのゆっくりした動作に親しみが湧いた。
リロイは一度笑いかけると腕を滑りおりる。
「力を増幅させる石ですね」
握っていた手を開いて確かめた。
「そうです。そしてこの紋様は、リロイの魔力だけに反応するよう制御する」
「紋様はもっと色々な制御ができますか?
範囲を狭く特定したり、出力を調整したり」
「できますよ。紋様に詳しい者なら可能です」
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絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
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