その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

文字の大きさ
24 / 95
背を預ける時

追憶のひと

しおりを挟む
 また葉を摘んでおかないと、と思ってリロイは手を伸ばした。
 先だっての戦で自分の分もクレイグの分も使ってしまった。

 夏の朝の訪れは早い。
 領地の誰も起きていないのにもうあたりは明るかった。

 指先が枝に触れたところで止まる。


 その先に花が咲いているのを見つけたのだ。



「……花?」



 初めて見る。
 白く小さな花弁だ。


 よく見るとたくさん咲いている。
 日が当たる方からひとひらずつ舞い降りてきた。


「花が咲いているのを見たことないのか?」


 足元の方から問いかけられて驚く。
 笑っているような穏やかな口調だ。

 息を詰めて見下ろすと、いつの間にそこにいたのは随分大柄な男性だった。
 
 木の幹に寄りかかって足を投げ出している。
 リロイと同じ色の赤毛が風にそよいだ。

「花が咲いたなら今年は豊作だ」

 領地の方角を見遣って微笑む。

「そうなのですか?」
「多分ね」

 ゆっくりした動作でその人はリロイを見上げた。

「彼女の眠りは深くなるばかりだ。
 エレーヌが儀式をやめてしまったから」

 母を知っている人。

「ロードはすっかり変わったんだな。
 私が知っているのはこんな見事な農業国じゃない」

 森の中からどうやって領地を見通しているのか。
 けれどその人には本当に見えているようだった。

「自給率は人口比の数倍あります。
 これを以て国の食糧自給力の半分以上を担っています。
 今のロードで一番有用な武器ですよ」

 リロイは枝から手を離すと幹に手を置く。

 木の中を何かが流れている感触があった。

「有用な武器……。そういう発想の仕方はエレーヌらしいな」

 荒地に侵食されるアレスティア。
 エレーヌは二度と奪われないために彼らの飢餓を回避する策をとった。
 何よりも土地の改良を先に進め、三年もする頃には無視できない成果をあげている。

「リロイはこの木の中の流れみたいなものが分かるのか?」

 じっと手元を見つめるリロイにその人は尋ねた。

「今日初めて感じました。
 燃やしてもまた生えてくる頑丈な木としか聞いていません」

 その言葉にその人は吹き出す。

「エレーヌだなあ……」

 粗忽者め、と呟くわりには表情は愛おしそうだ。



 風が吹き込んできて、花弁はいよいよ舞い散る。

 幹の中の流れはそれにつれてどんどん弱まっていった。


「精霊がまた深い眠りに入っていくね」

 幹から背中を離してその人が言う。

「いつか起きてくれる。精霊はちゃんといるんだ」
「その言葉は母上に……?」

 伝えますか、と聞きかけた時、花びらに混じって大きな白いものが舞った。
 地面に落ちるのを目で追う。

 拾いあげてみるとそれは紙だった。

 幼い頃、クレイグと描いた想像の武器。
 懐かしくて笑う。
 部屋の壁に貼って母と三人で毎晩話した。

「それは何?」

 地べたから尋ねられ、その人へ向ける。

「幼馴染と母と、よくこういうものを書いていたんです。
 幼い頃の思い出です。どうしてここに飛んできたのかな。
 ……これは、魔法の剣。クレイグが考えた。
 軽いのに強くて、子どもでも振れるが大人の騎士だって倒せる」

 今みるとすごく都合がいい。

「エレーヌはなんと言ってた?」
「作れると言いました」

 その答えにその人は頷いた。

「きっと作れる」

 突風のような風が吹く。
 目を庇ったリロイは影がさしたようになったのに気づいてあたりをうかがった。

 床が見える。
 紙が散乱した家の床だ。

「たくさん書いたんだ」

 幼い頃のまま、壁いっぱいに貼られた設計図や冒険の計画書があった。

 自分の部屋に戻ってきたのだと分かってリロイは首を傾げる。
 実際はもう紙は貼っていない。
 楽しかった夢のあとは、今は無数のピンあととして残っているばかりだ。

 しかし今、閉じた箱をぶちまけたように部屋中に紙が散らばっている。

 机に腰掛けるその人は一枚の紙を手にしていた。

「通信機……。離れたところにいる精霊や友だちと話すのか」

  魔法を糸のように風に乗せる。
  ずっと先まで届く。

 子どもの字で絵の周りに書いてあった。

  どうやって受け取るの?

 そう書いたのはエレーヌだ。

 机の上にその紙を乗せると、次に少し先の木の絵を拾う。

  特別な肥料(たぶん魔法の石の粉)で育つ。
  花粉がたくさん出る。
  花粉がかかるといっぱい実る。


「豊作の木だね」


 小さく声に出して笑いながらその人はリロイに見せた。

  これたくさんほしい。

 母がそう書き記している。



「これは?」


 壁に貼ってあるやたらに黒い絵に注目した。
 洞窟の中で作業している。

  ドワーフとキノコ
  カサが光って明るいやつ。
  収穫したら道の端に並べるといい。
  夜も怖くない。

 リロイとクレイグですごく名案だと言っているのが浮かんできた。

  ドワーフの坑道の中にも畑ができるかな?

 エレーヌの前のめりっぷり。


「……」


 窓ガラスに挟まった一枚をその人は目に留めた。


 船の絵だ。
 しかも、浮かんでいるのは空。


「これはエレーヌが発案者?」

 雲の覇者、というとてつもない船名が刻まれている。

  これに乗って空を飛ぶ。
  空に島。
  お菓子の島。
  風の精霊が百人いるといい?

  最初に仲間を迎えにいく。←誰? ←出禁になった人。←出禁て何?




「そうです。海を見てみたかったんだと話していました」

 その人が手にした紙を覗きこむ。



  海に着いたら下りる。
  風の精霊は休憩。

  海の向こうの魔獣。
  友だちになれるかな。

  知らない大陸へ


 盛り上がる会話が聞こえてくるようだ。

「エレーヌの夢だった。海を越えてみたい。
 ロードを出て、自由に旅をするんだ」


 幼いリロイたちは、帆船で空を行くことができたら無敵だと思った。
 高い城壁も大砲の弾も届かない空の上を。


「……行かせてあげたかった」


 その人は少し後悔をのぞかせる声で言う。
 窓に片手を添えると、差し込む日の光を手に受けた。

「リロイは今、どんな夢を持っている?」

 その人の姿が日差しに溶けるようにぼやける。

「夢があるなら手離さないことだ。
 叶うかどうかじゃない。希望は力になる」

 また強い風が起こって紙が舞った。
 紙に混じって花びらが顔にかかる。



 再び目を開けた時には自分の家の天井が見えた。

 暑苦しさに開けたままの窓から風が吹き込んでいる。
 つけている途中で放り出した帳簿の紙がめくれて音を立てた。

 今日からしばらくリロイは戦に参加しなくていい。

 そうだったと思い出して長く息を吐く。
 扉の外から呼ばれた時、さっき見た夢がもはや朧げなことに気づいた。



 誰の夢を見ていたんだっけ。



 ぬくいような感じが胸に残っている。


 懐かしい話をした。誰かと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...