その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

文字の大きさ
84 / 95
はじまりの庭                         ※過去編です。

残夜をぬけて 8

しおりを挟む
 ただひたすらに歩き回るなら、ロードはそれほど広くない。

 家の中にいても気持ちはどこにも向かなかった。
 でも、気遣ってくれる領民と話すのも今は胸が重い。

 森の中には友だちの魔獣がいた。
 リロイは彼らと話しているだけであっという間に領地を巡れる。

 コラリー領と接した常緑樹の多い森の方にはコニーが住んでいた。
 湿度があって心地いい。
 
 クレイグの顔を見られずにリロイは森を歩いていた。
 傷を慰るようにコニーが胸に顔をすりつける。

「もう平気だ。ありがとう。助かった」

 岩のような鱗に手を添えてリロイは笑ってみせた。

 頭上にモズの一団が飛来する。
 ルペが自分たちも心配していたと主張した。

 それにも礼を言って手を挙げる。
 視界に大きな影が差した。
 リボルが近くに下り立つ。

「リボル。おまえが消えてしまわなくてよかった。
 ここへ来たばかりなのにと心配した」

 大鳥は首を傾げた。
 そんなことを危ぶんでいたのかと笑っているようだった。

 そばにシメネスが現れる。
 リロイの散歩を邪魔する魔獣たちに道を開けさせた。

「シメネスは大人三人乗せても平気だった?
 重くなかった?」

 リロイは幼い頃のように背中によじ登る。
 竜の首に抱きついて聞いた。
 シメネスがゆっくりと歩く。

「……どうして母上は出ていったのかな」

 自分の行動が失敗だったのか。
 それとも善処だったのか。

 聞いてみたかった。

 母に聞いてもらえればどちらだったとしても救われた。

「私は何を間違ったんだろう。
 どうして一人になったんだろう」

 シメネスの背にウーヴェが上ってくる。
 くすぐったかったのか竜は追い払うような仕草をした。

 ネズミにひたひたと顔を踏まれて、リロイは小さく笑う。
 頭に乗せたまま体を起こした。

「薬の木が近いね。行ってみようか」

 地面に下りて告げる。
 魔獣を引き連れたままリロイは森の中を進んだ。

 万能薬の木は前に見た時と同じ姿でそこにあった。

 日を譲ってもらって、相変わらず森の木々に敬われているよう。

「母が出て行ったよ」

 木の幹に触れてリロイは話しかける。

「よく葉っぱをむしったり枝を折ったり、木に登ってたりした母だ。
 覚えている? たくさん遊んだエレーヌが出ていった」

 母はこの木のことを「あなた」と呼んでいた。
 話す木ではない。
 なのにまるで誰かそこにいて聞いているかのように話しかけた。

「ごめんなさい。何も知らない私だけになってしまった。
 あなたをどう守っていったらいいのかわからない。
 もしかしたら大変な失敗をしてしまうかもしれない」

  燃やしたってまた生えてくるんだから。

 不意に母の笑い声が聞こえた。
 思う通りにやっていいと、言われた気がした。



 館に戻るとクレイグが表で武具を磨いていた。
 リロイの剣を干してくれている。

 目が開かないくらい腫れているのは仕方ない。
 仏頂面でさして多くもない錆を落としていた。

「クレイグ、一緒にやる」

 リロイはその横に座って声をかける。



「私のせいだった」



 何日かぶりにクレイグの声を聞いた気がした。
 と思ったらそんなことを言い出す。

「私が油断したからリロイが悪者に捕まった」

 悪者、という言葉は母がよく用いた。
 どういう意味合いなのかはっきり聞いたことはない。
 味方にする余地のない者に対して使っているようだった。

「もう裁かれているんだから」

 どこから出してきたのか、剣以外の武器がたくさんある。
 リロイは刃が外された槍の柄を手にとって拭いた。

「悪者の正体をエレーヌ様は突き止めたんだ。
 でなければお二人でロードを去ったりしない。
 引き換えにしなければならないほどの事情を、私が掘り起こしてしまった」
「……冒険は母上の夢だ。急に思い立って行ってしまっただけかもよ?」

 そんなことはない。
 母は立てた誓いに忠実な人。

 騎士なのだ。

「失敗したのは父だろう。もしくは私の方だ。
 私は母が望まない悪者と出会ってしまったんだ。
 母の責任はそこにあったんだろうと思う。
 私を悪者に会わせては、母の誓いは通せなかった」

 両親の間で取り交わされた誓いなら、知る由もない。

「私のせいだ。私が弱かったせい」

 クレイグは斧の柄を握って掲げながらなおも言った。

「あの覆面の人はリロイに話があったんだ。私は友釣りの餌」

 ずいぶんな言葉をクレイグは自身に向ける。
 リロイは否定しようと口を開きかけた。

 琥珀色の瞳がまっすぐ見上げてきて、思わず静止する。

「決めたことがある」

 決心した幼馴染の声が真正面からきた。

「私は償う。エレーヌ様に。……リロイに。
 秋から従騎士の奉公に出る。エレーヌ様が推薦してくれたところへ行く。
 そして早ければ一年。手柄を立ててロードへ戻ってくる」

 手柄を立てて。
 騎士爵を得てという意味だ。

「戻ったらリロイの従者になる。全て捧げてロードに尽くす」
「……」

 そんなことは、正直必要ない。
 誰もクレイグのせいだなんて考えていない。
 誰が予想できた。
 あの日不遇な目に遭っていた人を助けようとしただけでこんなことになるとは。


 しかしそう言われる方がクレイグは辛い。
 今は自分を奮い立たせるために誓いが必要なのだ。
 明日を向くための目標が要る。

「騎士になって戻るのを待ってる。……けど…」

 リロイの丸い目がちょっと上を向いた。

「一年なんて……。もっとゆっくりしてきていいよ。
 どうせロードの農業は一年じゃ変わらない。
 魔獣たちもいるし平気だ。クレイグはちゃんと騎士団で学んできてよ」
「気概の問題なんだよっ。めちゃくちゃ働いて手柄を上げる!」

 クレイグが汚れた布でリロイを叩く。

「ああ、うん……。分かった」

 気のない返事をしてリロイは笑った。
 それからきれいになった槍を眺めて首を傾げる。

「どうしてこんなに何種類も武器を持ってきたの?」
「武器を変える。私に長剣は合わない」

 クレイグは戯れに柄の真ん中を指に乗せてバランスをとった。

「見習いの間、ずっとエレーヌ様に言い出せなかった。
 リロイと同じ長剣使いになれるように期待してくださっている気がして。
 でも、ロードに帰ってきてはっきり分かったんだ。
 私に合う武器を探した方がいい」

 クレイグに合う武器。
 エミールの短剣に興味を示していたのを思い出す。

 クレイグの動きはしなやかで、きっとエミールの片刃の剣だって使いやすい。
 カーロと並んでも細く見えるくらいだが手首は強い。
 盾の扱いはカーロよりうまかった。

「クレイグは力加減がきいた方が上手く扱えそうだね」

 適度な重量。動かしやすい長さ。折れにくい刀身。

「棍棒?」

 リロイの結論にクレイグは嫌ーな顔をする。

「かっこよくない。気分が沈む」



 結局、出発の日にはショートソードを携えて行った。
 騎士団に混ざればさまざまな武器を見られる。
 焦って決めなくていい。
 
 餞別など送る余裕もないのを気にしてか、リロイはそわそわとクレイグを見た。

「シメネスをクレイグにあげる」
「はあ?」

 目の前にずいっと黒い竜を出される。
 シメネスは前もって話をされていたのか万事承知したような雰囲気だ。

 クレイグは大きな飛竜を見上げる。

 エレーヌと三人で友だちにした。
 リロイの一番のお気に入りであったはずである。

「私はクレイグと一緒に行けない。
 何かあっても分からない。だからシメネスをもらって」
「いいのか? すごーく嬉しいからもう返さないぞ」

 シメネスの首を馬車から伸び上がって片腕に懐いた。
 その影に隠れるようにシメネスは姿を消す。

 
「一年後」
「はいはいはい」


 適当な挨拶で見送った。
 まだ夏の真っ盛りにクレイグはロードの門を出ていった。

 向かう先は大国と大河川の中間地。
 丘陵地帯の小国群の中にある国リヴェルノート。
 騎士が作った国だ。

 クレイグの乗った一人用の馬車はあっという間に山道に消える。

 リロイは兵舎へ歩いて行った。
 いつも母を手伝って農業に携わっていた兵士たちに話を聞かないと。
 
 寂しがってもいられない。
 やることは山積みだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...