その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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はじまりの庭                         ※過去編です。

剣をもちいて剣によらず 4

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 のどかな領地だった。
 機織りが盛んな地方で、農地もその原材料を育てている。

 盗賊に支配されているなんて思われない。
 領民は緊張していないし、貴族を名乗る盗賊も横暴は働かなかった。

「もともと平民がしっかりした土地だから」

 キュシェは農地を見渡してそのように言う。

「俺たちは偉そうに上に座ってみただけだ。
 織物はこうやって儲けを出すんだとか、畑はこのくらいは食糧に回すんだとか。
 そんなことは領民たちが教えてくれる。
 俺たちははいはいって言うこと聞いてる」
「他の領主が傘下に入ったと聞きましたが、彼らは今どんな役職なんですか?」

 書き付けを手にクレイグが尋ねた。
 キュシェは後ろで丘の空気を深呼吸しているメーメットをちょっと見やる。

「役職はまあ、総務部長とか、財務部長とか、産業統括部長なんかやってる。
 十もありゃあもう思いつく役職はねえよ。
 でも実際は見習い。俺たちはかたぎの営みに関しちゃ何も知らないからなあ」

 このキュシェは腕力や盗賊だった過去で脅して治めているわけではなかった。
 年金、というタバクの言葉。
 それをよくわかって受け取ったのだ。

 余生を世話になる。

 それがキュシェの領地運営の姿勢だ。

「ガルザルカを王国として承認することを周辺国で話し合っています。
 キュシェ卿はこのままタバク王としてやっていくことを望まれてますか?」
「うーん……。それなあ…。いろんな国の使いが来ては同じ質問をする。
 俺はタバクに恩があるんだ。だからタバクが王で文句はない」

 キュシェがそこで言い淀む。
 その先の気持ちを表す言葉を知らないようだった。

「王政でなくともあなたたちが支配層となる形はあります。
 王侯貴族による君臨だけが国の在り方じゃない」
「そんな国に暮らしたことがないからなあ……」

 比べる材料がなくてキュシェは、困ったように無精髭を撫でた。

「閣下、私は領地を散歩してきます。
 卿に粗相ないようにお願いしますよ」
「わかっている。行ってこい」

 クレイグはおじいちゃんに向けてひらっと書き付けを振って歩き出す。
 キュシェは笑いながらクレイグを見送った。

 

 クレイグがメーメットのところへ来て最初に「行け」と言われたのは小さな事件。
 橋の通行料を巡って管理人と住民が争った。

 大きな石造りの橋があった。
 賃取橋で、橋の両側には管理人の番所が建つ。

 その橋の通行料がある日倍になった。

 橋の上に店を構えていた店主たちは反発した。
 橋の上の家から奉公先へ向かう年季払いの雇用者は困惑した。
 橋の向こうの屋敷に雇われている日払い労働者は猶予を願い出た。

 騒ぎは昼頃には大きくなって、メーメットが呼ばれたのだ。

「補修が必要なんです」

 橋の管理人はそう申し開いた。
 ちゃんと職人に見積もりをもらっている。

「でも急にはないでしょう? しかも一気に倍にするなんて」

 おじいちゃんと一緒に見積もりの数字を見ながらクレイグは言った。

 建材の調達は近隣から。
 職人の数も予定日数も妥当と思われる。
 橋の通行料の値上げのために給料とは別に駄賃を請求された雇用主も集まっていた。

「橋の通行料を上げる、と聞いて駆けつけるのはこんなものです。
 数えてみてください。値上げした通行料と人数を計算してみたら明らかですよ。
 これでも住民のことを考えた料金です。補修費は削れません」

 正論だ。

 橋の上には商店街も住居もある。
 橋の先には裕福な層が暮らす静かな住宅街があった。

「うーん……」

 クレイグは何がもやもやとするのか考える。
 一見仕方なさそうだ。

 労働者は雇い主に頼んで上乗せ分を支払って貰えばいい。
 商店街への客は元から金を使いに訪れているんだから通行料くらい。
 そもそも住宅街の住民は裕福なのだからこのくらいの負担なら慣れるだろう。

 ……そんな管理人の考えが透けて見えるのだ。

 ぽん、と、頭にエレーヌが浮かぶ。

 ガエルの店で出す値段を決める時だ。
 ついてくる客と離れてしまう客の数をよく見定めて決める。
 慈善活動も手掛けていた彼女はよく離れたところの人間にも運営費の相談に出かけていた。
 
「閣下」

 傍らで周りの人間を眺める師匠を見る。

「ちょっとこの見積もりを持っていっても構いませんか」
「いいぞ」
 書類が手から離れると、メーメットは群衆に寄っていった。
 知り合いがいたらしい。

 クレイグは見積もりの見こみ人数を指した。

「これ、きっと今までの通行人の一日の延数ですね。
 この数字はきっと半減する。そしてもうここまでの数にはなりません。
 影響は一年ではっきり出てくると思いますが、そうしたら再び通行料を値上げしますか?」

 見習いを終えたばかりのクレイグにそう指摘され、管理人はぎょっとなった。

「そんなことはない。この橋は生活に欠かせないんだ。
 毎日通らないわけにはいかない。
 それはしばらくは何割か減るだろうね。だけどすぐ元通りさ」
「そうでしょうか? 人の心として、増えた出費を当たり前と受け入れるまでには一年以上かかります。
 その間はこの橋を通るのを控える。私ならその間に新しい貸し住居を作ります。
 橋を通らなくても奉公先に行ける場所に、橋の上と同じ家賃で」

 子どもでもすぐに思いつくことだ。
 現実にそれは起こるのだと思わせた。

「どんどん通行人が減っていくにしたがって再び通行料を上げますか?
 そうしたら私は下の川に船を出します。
 その頃には今日提示された通行料と同じ料金を取っても客はつくんでしょうね」
 
 管理人の顔が汗ばんでいく。

「まず遊興のための通行と労働のための通行は分けて考えるべきです。
 橋の上に住む労働者こそが主な財源だ。通行料を据え置きしなければ皆逃げ出す」
「それでは補修費の確保ができないよ」
「不足分はよそに協力していただきましょう?
 橋の向こうの方々はお仕事で国中の有力者とお付き合いがある。
 その先々へいって補修費の寄付を募ってみませんか?
 大金を出してくれた方には名誉を差し上げましょう。
 名を冠して飾ったり、その方とご家族は一年間無料で通れたり……」

 クレイグは見込み数と差額を計算する。

「国の有力者ならば数人で賄える額ですよ、管理人さん」

 その日夕刻までかかった話し合いで、労働者の通行料は据え置きとなった。
 買い物客などは二倍で通す。
 
 定期的な宴会に顔を出して寄付を募っていくことにした。

「この工期なんだが……」

 どこかのおじいちゃんを連れたうちのおじいちゃんがとことこやってくる。

「ちょうど知っている職人がいてな。聞いてみた。
 ふた月とは随分ゆったりした工期だ。建材の量は軽補修のようだが……。
 一体どちらか? 材料費を抑えた大工事か? それとも休みの多い軽補修か?」
「……」

 管理人の顔に再び汗が浮かんだ。

 橋に必要だったのは軽い補修で、工期が長く設定されていたのは架空請求のため。
 メーメットのおかげで最後は管理人の小遣い分が是正された。

「目をつけた箇所は悪くない」

 事後、メーメットはクレイグに言った。

「相手が出した証拠を信用しすぎたな。 
 書いてあることが誠実とは限らない」
「最初に見たときに分かりました?」
「だいたい経験上、そうだったかなと思ったくらいだ。
 偶然知り合いの職人がいて幸運だったな」
「おじいちゃんの年の功?」

 そんな一件があって以来、クレイグはメーメットを普段はおじいちゃんと呼ぶ。
 


 領地はどこも治安が良い。
 盗賊の領主の評判も悪くなかった。
 領地の外からやってきている民もキュシェを認めている。

 だが気がかりもあった。

 ここから1日歩くと着くゼミンの領地。
 そこは川が流れ、丘も低くなだらか。
 ガルザルカの特産である織物の中でも高値がつく、敷物の産地だ。
 そのゼミンの領地から領民の交換を迫る話がくる。

 もっと織物の職人をゼミンの領地に移住させたい。
 失業者と替えろというのだ。

 到底のめる話ではない。住民だって無理に住む土地を変えられるのは嫌だ。

 実はゼミンの領地は特産の敷物の質が落ちている。 
 納品を急がせ、職人に過酷な労働を強いているためだった。

 外国の商人が離れてしまったのである。
 代わりに、国を出る前に立ち寄ったキュシェの領地の織物は以前の品質を保っていた。
 商人たちはちらほらとここから買い付けるようになっていっている。
 ゼミンのおかげ、という揶揄いもまた火種になっていた。

 二つの領地の諍いは、タバク王を挟んで日に日に激しくなっている。
 つい先週などは、キュシェのところにやってきたゼミンの使者が刃傷騒ぎを起こした。

 仲間割れするな、とタバク王はキツく下知した。
 うまくやってくれと双方に言い渡した。
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