その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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はじまりの庭                         ※過去編です。

剣をもちいて剣によらず 5

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 その、ゼミンの治める土地は。

 豪華な客用の館に招き入れられて、クレイグはメーメットと顔を見合わせた。
 兵卒たちは地下の大部屋にきっちりと押し込められている。
 クレイグや他の隊長たちは個室が与えられた。
 わざわざ出歩かなくとも家人に頼めば買い物もしてきてくれる。

 わらやウールで何重にも重ねられたふかふかの寝台でおじいちゃんは日が落ちる前から横になった。

「おじいちゃん、もしかして宴会でない?」

 呆れたクレイグの声にも反応がない。
 出る、つもりで準備するけれど。
 
 リヴェルノートの儀礼服はそんなに華美ではなかった。
 対して大広間に集まるゼミンの街の貴族はひらひらと着飾っている。
 舞踏会を企画しているのか楽団が準備を始めていた。
 動きを確かめるように練習を始める者もいる。
 三拍子の曲が続けて流れているのはゼミンの好みだろうか。
 
 ホールの真ん中で婦人と踊りを練習している男性がいる。
 キュシェよりも少し若い人だった。
 よほど練習を積んでいるのか、この中の誰よりも上手である。

 周りの仲間に褒められて満足そうに休憩室へ向かった。

 思わぬ歓待にまんざらでもない顔のリヴェルノートの騎士たちがホールに集まる。
 一段高いところに先ほどの踊りの上手い男性がいた。
 やはり彼がゼミンなのだとクレイグは目を上げる。

「おじいちゃん。メーメット閣下、仕事なんだから面倒くさそうな顔やめてください」

 濁った目の主人を一生懸命広間に連行していた。
 昼寝が心地よかったらしい。
 もう少し横になっていたかった。

 歩きながら器用にメーメットの灰色の髪を梳いて束ねる。
 上官であることを示す、隊員とは色の違う深い色の儀礼服をメーメットは身につけていた。
 クレイグは飛び出した襟を整えてゼミンの方を向かせる。

 メーメットが広間に入るとガルザルカの貴族たちが一瞬静まった。

 それがなんの沈黙なのかわからないままクレイグはメーメットに付き従う。
 ダイスに婦人と立っているゼミンの前へ。

「遠路はるばるようこそおいでくださいました。
 メーメット閣下。貴殿のような古豪に赴いていただけるとは喜ばしい」

 ゼミンが先に頭を下げた。
 メーメットが挨拶を返す。

「国の行く末を決める大切な意見を聞いて回っている。
 どうかゼミン卿におかれましても率直な物言いを願いたい」

 そして背後に控えるクレイグを示した。

「我が従者クレイグです。近年私は体力が衰えまして。
 実務はもうすっかりクレイグに任せているのです。
 どうぞ、私に話すように彼にこの国のことを聞かせてほしい」
「それはそれは……」

 着飾った領主は静かにクレイグへと近づいた。

 動物の匂いがするなあ、とクレイグは半分瞼を閉じる。

「後でまたお声をかけますよ。それまで閣下とともにお食事をどうぞ」

 差し出される手を、クレイグは元気よく握った。

「ぜひ、有意義なお話をお聞かせください」

 泡が目の前で弾けたような、ゼミンはそんな顔をする。
 クレイグはエレーヌを真似た笑顔を向けていた。

 愛らしく、だが相手の欲も警戒心も押さえてしまう不思議な強さのある笑み。
 エレーヌはその笑い方で商談を自分のものにするのが得意だった。

 曲が始まると、メーメットを促して段を降りた。
 領主が踊りを披露するのを邪魔してはならない。

「閣下、何を取りましょうか?」

 そう尋ねつつも肉の皿が置かれた方へと歩いていた。

「肉」
「知ってました」

 すでに皿へとウサギの肉を移していたクレイグはメーメットに手渡す。
 師匠は通りに近い場所の小さなテラスに立った。
 石の手すりに皿を置いてクレイグに館の隅を指す。

 そこには人がたくさん集まっていた。

「駄賃や余り物を求めて使用人の戸口に来ている」
「多いですね」

 着飾った、ゼミンたちもと盗賊とは大きな格差がある。
 ゼミンの支配は盗賊の支配。
 人手はよそからいくらでも連れてくればいい。
 大切に育てるという考えが薄いのだ。

 キュシェのところで聞いた職人の移住計画。
 働けなくなった人間たちがこれほど多く、解決の道も見えない。
 盗賊時代の力関係はゼミンが上だったと聞いたが、今は逆転しようとしていた。
 だからゼミンはキュシェに突っかかる。

「……」

 遅れてやってきた客の馬車が目の前を過ぎた。
 後ろ足で立つ獅子の旗。
 それを見てクレイグは不愉快そうにむっと口を引き結ぶ。

「どうしてメルザルカがここへ? 国旗を冠しているということはそういう用事でしょ」

 国としての交渉ごとでゼミンの領地へやってきた。

「あちらも国交樹立の策を探してるのさ」

 きれいになった骨を皿に戻してメーメットは口の端を歪める。
 ゼミンと踊っていた婦人が使用人と共にテラスを覗いた。

「こちらにいらっしゃったのですね。
 ゼミン様がお部屋へどうぞとおっしゃっています」

 彼女は使用人にメーメットの世話を申しつけるとクレイグに手を差し出す。
 戸惑ってクレイグはメーメットを見遣った。
 彼女はクレイグのみ連れて行こうとしている。
 実際の代表者はメーメットであるにも関わらずだ。

「肉を皿に取るのはクレイグでなくてもできる。行ってこい」

 メーメットはいつも通りにそう言う。
 婦人は催促するように膝を折った。

「参りましょう、クレイグ様」

 そのドレスがヘイデンの布だと、その時に気がついた。
 こんなところまで商売に来ているのかと感心する。

「お召し物はヘイデンの意匠ですね。
 仕立てに行かれるのですか? それとも仕立て屋がこちらへ訪れる?」

 通路を歩く間クレイグは聞いてみた。
 よく見ると丈が微妙に違うような気がする。
 地域の好みだろうかと首を傾げた。

「借り物です。ヘイデンの商人が古着を売りに来るのです。
 以前はなかったことですが、この領地では貴族のドレスを貸す店ができました」

 ではこの人は貴族ではないのだと知る。
 ドレスはレンタルしたもので、ゼミンの知人ではない雇われた人だ。

「ゼミン卿の領地の生活はいかがですか?
 私はここへ来る前に、キュシェ卿の領地へ滞在しました。
 領地はのどかで安定していた。華麗な館などはなかったが。
 キュシェ卿はとてもよく民に目を配っておられました」

 来年は舗装路を馬車の規格に広げようとか、のんびりした口調だったがちゃんと話し合う。
 キュシェの領地は、これから平和が続くと信じて着実に歩もうとしていた。

「ゼミン様の領地は織物が盛んです。敷物が主な産業ですね。
 タバク王の以前はリヴェルノートへも出荷していましたよ」
「今はどちらへ?」

 その質問に婦人は少し口籠る。

「メルザルカです」

 声をギリギリまでひそめた。

「この領地の敷物は、今はすべてメルザルカに。
 なんでも特別な関わりを持ったからとかで……」
「利益は出ていますか?」
「さあ、分かりません。親が敷物の職人ですが、暮らし向きはどんどん悪くなっていきます」
「取引の利益が分配されていないのですか?」
「いいえ。取り分はもらえるのです。
 しかしこの領地では次々と新しい税金が作られています」

 聞けば、井戸税や塩税といった、生活に不可欠な物品にまでどんどん課税されている。

「そのうち呼吸税も取られるぞって、職人仲間と冗談言い合ってますよ」
「なぜそんなに税金が必要なんでしょう?
 街づくりのためですか? それとも使い途は明らかでない?」
「街を守るために使うとか、そういう名目です」

 兵士を集めている。

 普段は絵を収集するためのような小部屋に通された。
 婦人は一度断りを入れてどこかへ行く。

「お時間をありがとうございます、ゼミン卿」

 クレイグが丁寧に礼をした。
 奥へ招かれる。
 窓際に立っているゼミンが椅子を指した。
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