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雪に閉ざされて
色のついた世界
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図書室には背の高い窓がひとつあった。
窓の両隣に本棚が広がる。
気になる本には印をつけていた。読み終わったことがないという。
グラントが再びアリアを呼び出した。
彼女の様子は、今まで見たこともないほどやる気に満ちている。
「屋敷のご主人、シェリー。
私は本の精霊で、アリアといいます。
常日頃私を使う主グラントは態度の冷めたお人でして、つまらないと感じておりました。
あなたのために読み聞かせができて幸せです」
「……君そんなにおしゃべりだったんだ?」
しらっと言うグラントは無視。
アリアはシェリーの気になる本を端から持ってきて読み始めた。
キッチンに戻ってフットマンのひとりに図書室へお茶とお菓子を届けるように命じる。
食料はあと1週間ほどは大丈夫そうだ。
肉も魚もない。果物はりんごだけ。
牛乳が残り少ないがどうしようか、と相談を受けた。
グラントはここで初めて自分のためにミルクの妖精を呼び出す。
「スイート」
酪農婦の格好をした女の子だ。
彼女が取り憑いたミルクポッドは、牛乳が満ちて減らない。
パントリーの扉を開けると冷え冷えとした空間の中にミルクポッドがあった。
ちょっとの間宿っていてもらう。
今日は仕事が多いなと首を傾げる家事の精霊に近づいた。
「今日は充実してるね、お前たち」
主の言葉にどきっと固まる。
「フットマン、次は屋敷の掃除だ。済んだら風呂の準備をしてくれ。ご主人用と、客用の両方だよ」
風がガタガタと木の板を揺らした。
精霊たちは慄いた表情をしながら仕事に駆けていった。
「グラント、ありがとう」
日が暮れたあと、シェリーはやっと図書室から出てきた。
フットマンから夕食が先か入浴が先かを問われ、夕食を選ぶ。
その前に一度抱きしめられて、精霊は感激していた。
あっさりした主ですみません、とグラントが呟く。
夕食の時、シェリーについて聞いてみた。
赤子の頃からここに暮らしている。
父も母も見たことがない。
ただ、祖母という人から月に一度手紙を受け取っていた。
世話人はそれを読んではいけないと言われているそうで、内容は知らない。
マークとオリビアは秋に代わったばかり。
それまではここまで放っておかれることはなかった。
7歳までいてくれた世話係の女性は、よく本を読んでくれた。
最後に会った時、シェリーの父の名を教えてくれた。
そのあとすぐ代わってしまった。
シェリーの踵から先は子どものように小さいし、触っても柔らかい。
足先まで骨が入っていないから体重を支えられなくて歩けないのだ。
目は生まれつき見えない。
光の明暗はわかるのでそれを頼りに動いていた。
夏は前庭を歩き回る分には怖くない。よく外に出る。
ここはセリッサヒルと呼ばれていると世話係の誰かから聞いた。
その花が丘一面に咲くのだ。
シェリーは花の香りがするたび丘の風景を想像する。
色なんて見たことがないけれど。
「目は、どのような理由で見えないのですか?」
グラントが聞いてみた。
シェリーにもそれは分からない。
医者にかかったこともない。
「ちょっと試してみても構わない?」
静かに問うグラントに、シェリーは頷いた。
杖が動く音がして、グラントが様子を窺っている。
「シェリー、何か見えたら教えてください」
視界の中には明るいところと暗いところがある。
屋敷の中ではないようだ。
黒い部分が忙しく動き回っている。音がする。外だ。
庭ではなくて、かたい足音がする。布の音。話す声。車輪の回る音。馬の息遣い。
市場の喧騒。
そう思い至った時、脳裏に見たことのないものが浮かんだ。
色とりどりの布が継ぎ合わされた天幕。
その下で売り買いされる商品。たくさんの人。
「あっ」
弾かれたように叫んで、シェリーは立ち上がっていた。
少し離れたところにある黒い部分を見つめる。多分それがグラント。
「今のは?」
「幻です。わたしはそういう魔法が得意なんです」
グラントは深刻そうな顔をしていた。シェリーは知らない。
「お見せしたのはわたしが毎日見ている風景です。
家の前に市が立つんですよ。
日の出とともにつぎはぎだらけのテントが張られて。
ごちゃごちゃと人が集まってきて商いが始まる」
きれいな情景でなくですみません、と謝った。
「シェリーは目だけでなく、その奥の神経の働きが弱いみたいです。
頭の中に直接入って初めて認識する。
魔法でも治るかどうか分からないやつか……」
グラントの言葉は、しかし座り込むシェリーにはあまり届いていない。
「今のが、色ですか。何色だったんでしょう」
震える声で聞いた。
「初めて見ました。色。
グラントは本当にすごい魔法使いです。
なんて日なんでしょうか。楽しすぎて倒れそうです」
「大げさです。シェリーはなんでも感動してくれますね。
おかげでわたしの精霊たち、張り切ってるんですよ」
デザートを出すべき時を狙ってキッチンの入り口に立つフットマンを見やる。
そんなことしてくれたことあったっけ?
グラントは嘆息した。
このご主人は、何も教えられずにこれまで養われてきたようだ。
それでいいと諦めているようでもないが、術を知らないまま過ごしている。
となるとちょっと興味が出てくる、おばあさまからの手紙。
「張り切りついでに、アリアならばできますよ。
おばあさまの手紙を開けずに読むことが」
シェリーが目を丸くした。
表情が出てくると、この人の顔立ちは可愛いんだなと分かる。
「読んでみたい?」と聞くと何度も大きく頷いた。
「アリアに読んでもらえますか」
今すぐ探しに行きそうなシェリーを慌てて止める。
「待って。フットマンたちが気合を入れて作ったデザートがあるらしいのです。
それを食べてからでもいいですか?」
「はい」
シェリーは即座に姿勢を正した。
窓の両隣に本棚が広がる。
気になる本には印をつけていた。読み終わったことがないという。
グラントが再びアリアを呼び出した。
彼女の様子は、今まで見たこともないほどやる気に満ちている。
「屋敷のご主人、シェリー。
私は本の精霊で、アリアといいます。
常日頃私を使う主グラントは態度の冷めたお人でして、つまらないと感じておりました。
あなたのために読み聞かせができて幸せです」
「……君そんなにおしゃべりだったんだ?」
しらっと言うグラントは無視。
アリアはシェリーの気になる本を端から持ってきて読み始めた。
キッチンに戻ってフットマンのひとりに図書室へお茶とお菓子を届けるように命じる。
食料はあと1週間ほどは大丈夫そうだ。
肉も魚もない。果物はりんごだけ。
牛乳が残り少ないがどうしようか、と相談を受けた。
グラントはここで初めて自分のためにミルクの妖精を呼び出す。
「スイート」
酪農婦の格好をした女の子だ。
彼女が取り憑いたミルクポッドは、牛乳が満ちて減らない。
パントリーの扉を開けると冷え冷えとした空間の中にミルクポッドがあった。
ちょっとの間宿っていてもらう。
今日は仕事が多いなと首を傾げる家事の精霊に近づいた。
「今日は充実してるね、お前たち」
主の言葉にどきっと固まる。
「フットマン、次は屋敷の掃除だ。済んだら風呂の準備をしてくれ。ご主人用と、客用の両方だよ」
風がガタガタと木の板を揺らした。
精霊たちは慄いた表情をしながら仕事に駆けていった。
「グラント、ありがとう」
日が暮れたあと、シェリーはやっと図書室から出てきた。
フットマンから夕食が先か入浴が先かを問われ、夕食を選ぶ。
その前に一度抱きしめられて、精霊は感激していた。
あっさりした主ですみません、とグラントが呟く。
夕食の時、シェリーについて聞いてみた。
赤子の頃からここに暮らしている。
父も母も見たことがない。
ただ、祖母という人から月に一度手紙を受け取っていた。
世話人はそれを読んではいけないと言われているそうで、内容は知らない。
マークとオリビアは秋に代わったばかり。
それまではここまで放っておかれることはなかった。
7歳までいてくれた世話係の女性は、よく本を読んでくれた。
最後に会った時、シェリーの父の名を教えてくれた。
そのあとすぐ代わってしまった。
シェリーの踵から先は子どものように小さいし、触っても柔らかい。
足先まで骨が入っていないから体重を支えられなくて歩けないのだ。
目は生まれつき見えない。
光の明暗はわかるのでそれを頼りに動いていた。
夏は前庭を歩き回る分には怖くない。よく外に出る。
ここはセリッサヒルと呼ばれていると世話係の誰かから聞いた。
その花が丘一面に咲くのだ。
シェリーは花の香りがするたび丘の風景を想像する。
色なんて見たことがないけれど。
「目は、どのような理由で見えないのですか?」
グラントが聞いてみた。
シェリーにもそれは分からない。
医者にかかったこともない。
「ちょっと試してみても構わない?」
静かに問うグラントに、シェリーは頷いた。
杖が動く音がして、グラントが様子を窺っている。
「シェリー、何か見えたら教えてください」
視界の中には明るいところと暗いところがある。
屋敷の中ではないようだ。
黒い部分が忙しく動き回っている。音がする。外だ。
庭ではなくて、かたい足音がする。布の音。話す声。車輪の回る音。馬の息遣い。
市場の喧騒。
そう思い至った時、脳裏に見たことのないものが浮かんだ。
色とりどりの布が継ぎ合わされた天幕。
その下で売り買いされる商品。たくさんの人。
「あっ」
弾かれたように叫んで、シェリーは立ち上がっていた。
少し離れたところにある黒い部分を見つめる。多分それがグラント。
「今のは?」
「幻です。わたしはそういう魔法が得意なんです」
グラントは深刻そうな顔をしていた。シェリーは知らない。
「お見せしたのはわたしが毎日見ている風景です。
家の前に市が立つんですよ。
日の出とともにつぎはぎだらけのテントが張られて。
ごちゃごちゃと人が集まってきて商いが始まる」
きれいな情景でなくですみません、と謝った。
「シェリーは目だけでなく、その奥の神経の働きが弱いみたいです。
頭の中に直接入って初めて認識する。
魔法でも治るかどうか分からないやつか……」
グラントの言葉は、しかし座り込むシェリーにはあまり届いていない。
「今のが、色ですか。何色だったんでしょう」
震える声で聞いた。
「初めて見ました。色。
グラントは本当にすごい魔法使いです。
なんて日なんでしょうか。楽しすぎて倒れそうです」
「大げさです。シェリーはなんでも感動してくれますね。
おかげでわたしの精霊たち、張り切ってるんですよ」
デザートを出すべき時を狙ってキッチンの入り口に立つフットマンを見やる。
そんなことしてくれたことあったっけ?
グラントは嘆息した。
このご主人は、何も教えられずにこれまで養われてきたようだ。
それでいいと諦めているようでもないが、術を知らないまま過ごしている。
となるとちょっと興味が出てくる、おばあさまからの手紙。
「張り切りついでに、アリアならばできますよ。
おばあさまの手紙を開けずに読むことが」
シェリーが目を丸くした。
表情が出てくると、この人の顔立ちは可愛いんだなと分かる。
「読んでみたい?」と聞くと何度も大きく頷いた。
「アリアに読んでもらえますか」
今すぐ探しに行きそうなシェリーを慌てて止める。
「待って。フットマンたちが気合を入れて作ったデザートがあるらしいのです。
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「はい」
シェリーは即座に姿勢を正した。
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