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雪に閉ざされて
魔法をひとつ
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さらに翌日、まだまだ雪を含んでいそうな雲を無我の境地で見上げた。
屋敷の3階から見る景色は見事な吹雪である。
人間なんて外に出すものかという執念すら感じる。
蒸し風呂で体を温められたグラントは、昨夜ようやく外套を脱ぐことができた。
客室も一つ整えて、ゆっくり眠れたので今日は体が楽である。
昨夜はシェリーの祖母からの最新の手紙だけ読んだ。
シェリーは気になる本も読んで欲しかったから。
アリアはだいぶ懐いてしまっている。
相手次第で仕事に燃える性格をしているとは知らなかった。
シェリーの祖母は侯爵家の人で、現在の王室とも関わる家柄だった。
手紙には孫を気遣う言葉があった。
新しい世話人は祖母が選んだ人ではないので心配している。
何かして欲しいことがあれば手紙を託すように。
春には23歳になるシェリーへ。
彼女は自分の血筋と、正確な年齢を初めて知った。
血の繋がった人に背中を支えてもらっていると実感できたのか、昨夜シェリーは嬉しそうだった。
ホールに行くと、もうアリアは本を読み聞かせていた。
キッチンに立つシェリーにもちゃんと聞こえている。
長い物語を読み始めたようだ。
これは何冊もあって、今日中に読み終わるかどうか分からない。
「フットマン、ご主人を手伝うんだ」
家事の精霊を呼び出すと、3人の男の子たちは張り合うようにシェリーの元へ急いだ。
すぐに彼女はホールに押しやられる。苦笑してストーブのそばに座った。
キッチンでは肉がないので野菜のみのスープしか作れないとぼやいている。
今日も使用人たちは来ないだろうなあ、とため息が出た。
「シェリーは、わたしが帰ったあとはまた一人ですね」
物語がひと段落したところで話しかける。シェリーは肩をしゅんと落とした。
「おばあさまに手紙を出してみませんか?」
穏やかに、グラントは提案する。
「シェリーから初めてのお返事です。
きっと喜ばれるのではないかと思うんです。
その手紙で使用人のことを相談しましょう」
それはどういうことなのだとシェリーは首を傾げる。
「おばあさまの家では、娘一人につき20人近い使用人がついているはずです。
シェリーにもそうしてほしいとお願いしてみるんです。どうです?」
「20人……、本当ですか」
「もっと多いかもしれませんよ。
おばあさまはきっとご存知ないのです。
シェリーに現在何人の使用人がついているのか」
シェリーは遠慮するように目を伏せた。
グラントは2つ離れた席からさらに述べる。
「言うだけ言ってみてもいいんじゃないですか。
シェリーは頑張っていますが、ひとりでやれることには限度がある」
彼女は朝食の間考えて、そしてグラントに手紙を書いてもらった。
祖母の気遣いへの感謝と、シェリーの現状を。
グラントはこっそり心配事を書き加えたくなる。
シェリーの性格。無邪気すぎる。
けれどそれは孫の悪口と受け取られかねないので心の中で削除する。
結びには、友人が代筆したと添えた。
署名は練習していたのだろう。
シェリーは名前をまっすぐきれいに書いた。
それから本をしまって、アリアに手紙の束を手渡す。
アリアが古い順から読み上げだした。
内容はグラントが聞いて良いものではないはずで。
席を外そうとしたがシェリーに止められる。
仕方なく近くに座っていた。
シェリーの身分は本当なら思ったより高い。そして思ったより微妙。
初めは生まれた時期が悪くて隠した。
成長してからは体が不自由なことを理由に隠した。
安全上の理由というよりは、別の理由だった。
祖母は特別な養育係も手配したようだが、シェリーは受け取っていない。
祖母からの贈り物も手に取ったことがなかった。
グラントはふと、シェリーがこの冬を越せるのか気になってしまう。
彼女が言っていたのを思い出したのだ。この秋からは特に放っておかれていると。
この大嵐に、グラントが迷い込まなかったら、シェリーは暖かく過ごせたのだろうか?
恐ろしい仮説にグラントは苦笑した。
想像がぶっ飛びすぎだ。
精霊たちの意外な一面を見せられて、シェリーに肩入れしてしまっているのかもしれない。
……が。
魔法使いの勘は大事だと、師匠が常々言っている。
「シェリー」
手紙を読み終えてもらい、じっと考え込んでいた彼女に声をかけた。
「あなたが身を守れるように、魔法をひとつあげましょうか」
悪戯っぽく笑うグラントの方を、シェリーは見つめる。
「具体的にこれ、というふうには言えないのですけれど。
見返りに何かを差し出さなくてはならないとか、そういった制約はありません。
これはこの精霊の趣味みたいなものですから」
杖を握り直して、グラントが精霊を呼んだ。
「エニ、出てこい」
杖の頭の黒い石から人影が現れる。
「セリッサヒルのご主人、シェリーだ。彼女に魔法をもらう意思があるか聞け」
金色の貴婦人のような姿をした精霊は高い位置からシェリーを見下ろした。
「初めまして、シェリー。
私はエニ。古代から生きる精霊です。
人間の世界でいうと、店の主人みたいなものかしら。商品は魔法」
エニの姿は輝いて見える。
「私の授ける魔法は、あなたに必要な魔法です。
何が備わるかは私にも分からない。受け取る? シェリー」
明るい人影に呆気に取られていた。
シェリーはまっすぐエニを見ている。
「エニの魔法は強力で、一度もらうと捨てられない。
けれど必ずその人を助けてくれる魔法なんです」
そばからグラントが補足した。
エニは音も立てずにシェリーに近づく。
「あなたが窮地に立たされた時、必ずあなたの役に立つ。
道を切りひらく意思があるなら授けます。シェリーの武器になる魔法を」
シェリーは光る人影を見つめ続けた。
道を切りひらくとか、武器とか。
そんな言葉を自分の中に持ったことがなかった。
ただ養われる暮らし。
夢があっても、何かを打破してまでなんて考えたことがない。
言葉の鮮烈さに心を奪われた。
グラントは本当に、本当にすごい魔法使いなのではないかという気がする。
シェリーは腹に力をこめた。
「受け取ります」
エニは嬉しそうに笑う。
「では、両手をテーブルの上に出して」
シェリーが言われた通りにすると、何かが空中に現れた。
グラントが「わっ」と慌てた声を出す。
どんっ
鈍い音がして両手が何かで圧迫された。
手の上に何か落ちてきている。
「すみません、シェリー。手は無事ですか。
エニは見た目神々しいのですが悪戯者で」
そう言いながらグラントはシェリーの手から物を退けた。
両手で掬い上げてケガを確かめている。
光る人はもう消えていた。
「お読みしましょうか?」
アリアが尋ねる。本であるらしい。
「あとでお願い、アリア。今は読みかけの本の続きがいい」
気の合う友人に対するように言った。
それを見るグラントの顔は優しい。
また2つ席を空けて座った。
屋敷の3階から見る景色は見事な吹雪である。
人間なんて外に出すものかという執念すら感じる。
蒸し風呂で体を温められたグラントは、昨夜ようやく外套を脱ぐことができた。
客室も一つ整えて、ゆっくり眠れたので今日は体が楽である。
昨夜はシェリーの祖母からの最新の手紙だけ読んだ。
シェリーは気になる本も読んで欲しかったから。
アリアはだいぶ懐いてしまっている。
相手次第で仕事に燃える性格をしているとは知らなかった。
シェリーの祖母は侯爵家の人で、現在の王室とも関わる家柄だった。
手紙には孫を気遣う言葉があった。
新しい世話人は祖母が選んだ人ではないので心配している。
何かして欲しいことがあれば手紙を託すように。
春には23歳になるシェリーへ。
彼女は自分の血筋と、正確な年齢を初めて知った。
血の繋がった人に背中を支えてもらっていると実感できたのか、昨夜シェリーは嬉しそうだった。
ホールに行くと、もうアリアは本を読み聞かせていた。
キッチンに立つシェリーにもちゃんと聞こえている。
長い物語を読み始めたようだ。
これは何冊もあって、今日中に読み終わるかどうか分からない。
「フットマン、ご主人を手伝うんだ」
家事の精霊を呼び出すと、3人の男の子たちは張り合うようにシェリーの元へ急いだ。
すぐに彼女はホールに押しやられる。苦笑してストーブのそばに座った。
キッチンでは肉がないので野菜のみのスープしか作れないとぼやいている。
今日も使用人たちは来ないだろうなあ、とため息が出た。
「シェリーは、わたしが帰ったあとはまた一人ですね」
物語がひと段落したところで話しかける。シェリーは肩をしゅんと落とした。
「おばあさまに手紙を出してみませんか?」
穏やかに、グラントは提案する。
「シェリーから初めてのお返事です。
きっと喜ばれるのではないかと思うんです。
その手紙で使用人のことを相談しましょう」
それはどういうことなのだとシェリーは首を傾げる。
「おばあさまの家では、娘一人につき20人近い使用人がついているはずです。
シェリーにもそうしてほしいとお願いしてみるんです。どうです?」
「20人……、本当ですか」
「もっと多いかもしれませんよ。
おばあさまはきっとご存知ないのです。
シェリーに現在何人の使用人がついているのか」
シェリーは遠慮するように目を伏せた。
グラントは2つ離れた席からさらに述べる。
「言うだけ言ってみてもいいんじゃないですか。
シェリーは頑張っていますが、ひとりでやれることには限度がある」
彼女は朝食の間考えて、そしてグラントに手紙を書いてもらった。
祖母の気遣いへの感謝と、シェリーの現状を。
グラントはこっそり心配事を書き加えたくなる。
シェリーの性格。無邪気すぎる。
けれどそれは孫の悪口と受け取られかねないので心の中で削除する。
結びには、友人が代筆したと添えた。
署名は練習していたのだろう。
シェリーは名前をまっすぐきれいに書いた。
それから本をしまって、アリアに手紙の束を手渡す。
アリアが古い順から読み上げだした。
内容はグラントが聞いて良いものではないはずで。
席を外そうとしたがシェリーに止められる。
仕方なく近くに座っていた。
シェリーの身分は本当なら思ったより高い。そして思ったより微妙。
初めは生まれた時期が悪くて隠した。
成長してからは体が不自由なことを理由に隠した。
安全上の理由というよりは、別の理由だった。
祖母は特別な養育係も手配したようだが、シェリーは受け取っていない。
祖母からの贈り物も手に取ったことがなかった。
グラントはふと、シェリーがこの冬を越せるのか気になってしまう。
彼女が言っていたのを思い出したのだ。この秋からは特に放っておかれていると。
この大嵐に、グラントが迷い込まなかったら、シェリーは暖かく過ごせたのだろうか?
恐ろしい仮説にグラントは苦笑した。
想像がぶっ飛びすぎだ。
精霊たちの意外な一面を見せられて、シェリーに肩入れしてしまっているのかもしれない。
……が。
魔法使いの勘は大事だと、師匠が常々言っている。
「シェリー」
手紙を読み終えてもらい、じっと考え込んでいた彼女に声をかけた。
「あなたが身を守れるように、魔法をひとつあげましょうか」
悪戯っぽく笑うグラントの方を、シェリーは見つめる。
「具体的にこれ、というふうには言えないのですけれど。
見返りに何かを差し出さなくてはならないとか、そういった制約はありません。
これはこの精霊の趣味みたいなものですから」
杖を握り直して、グラントが精霊を呼んだ。
「エニ、出てこい」
杖の頭の黒い石から人影が現れる。
「セリッサヒルのご主人、シェリーだ。彼女に魔法をもらう意思があるか聞け」
金色の貴婦人のような姿をした精霊は高い位置からシェリーを見下ろした。
「初めまして、シェリー。
私はエニ。古代から生きる精霊です。
人間の世界でいうと、店の主人みたいなものかしら。商品は魔法」
エニの姿は輝いて見える。
「私の授ける魔法は、あなたに必要な魔法です。
何が備わるかは私にも分からない。受け取る? シェリー」
明るい人影に呆気に取られていた。
シェリーはまっすぐエニを見ている。
「エニの魔法は強力で、一度もらうと捨てられない。
けれど必ずその人を助けてくれる魔法なんです」
そばからグラントが補足した。
エニは音も立てずにシェリーに近づく。
「あなたが窮地に立たされた時、必ずあなたの役に立つ。
道を切りひらく意思があるなら授けます。シェリーの武器になる魔法を」
シェリーは光る人影を見つめ続けた。
道を切りひらくとか、武器とか。
そんな言葉を自分の中に持ったことがなかった。
ただ養われる暮らし。
夢があっても、何かを打破してまでなんて考えたことがない。
言葉の鮮烈さに心を奪われた。
グラントは本当に、本当にすごい魔法使いなのではないかという気がする。
シェリーは腹に力をこめた。
「受け取ります」
エニは嬉しそうに笑う。
「では、両手をテーブルの上に出して」
シェリーが言われた通りにすると、何かが空中に現れた。
グラントが「わっ」と慌てた声を出す。
どんっ
鈍い音がして両手が何かで圧迫された。
手の上に何か落ちてきている。
「すみません、シェリー。手は無事ですか。
エニは見た目神々しいのですが悪戯者で」
そう言いながらグラントはシェリーの手から物を退けた。
両手で掬い上げてケガを確かめている。
光る人はもう消えていた。
「お読みしましょうか?」
アリアが尋ねる。本であるらしい。
「あとでお願い、アリア。今は読みかけの本の続きがいい」
気の合う友人に対するように言った。
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【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
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