13 / 175
雪に閉ざされて
急を告げる冬
しおりを挟む
初対面の相手のことを探ろうとしすぎていたのかも知れない。
最強の自由人を野放しにしていた。
グラントの質問は、使用人の悲鳴によってかき消された。
何事かと見ると、ウーシーがシェリーに話しかけている。
やおらしゃがむとその暖かそうなブーツを片方脱がせてしまった。
「ウーシー」
「何をしている!」
グラントとレイの声が重なる。グラントは手を差し出したが、レイは剣を抜いた。
「おい……っ」
親友が切られる前に、グラントはレイの手を掴み上げる。
「……ぉ待ちを、卿。決して悪戯ではありません」
多分。お願い、ウーシー。ちゃんと目的があるって言って。
「……」
魔法使いに素手で止められたレイは厳しい目つきでグラントを見ていた。
騎士のひと振りを、止められるものか。訓練を受けていない人間に。
「あー。なんで動かないのか気になっちゃってぇ」
へへ、と笑う修道士。
「シェリーが確かめていいっていうからー。いいだろ?」
足底に手を当てて上げたり下げたりしている。
なるほどねー、なるほどねーと何度も繰り返した。
「俺、装具作れるよ。そしたらシェリーは歩けるかもしれない。作ろうか?」
シェリーはアリアを抱きしめて呆然としている。
ウーシーはにっと笑ってレイを指した。
「お代はユーリー卿持ちだろ? 俺は機械を作れる修道士。
職人を一から探すより目立たずシェリーの助けになれるよ」
どうします? と聞いている。
「作品を見てから私が判断する。まずは試作品を」
レイが言った。ウーシーが満面の笑顔で承る。
「じゃあさ、しばらくグラントと俺でシェリーのところに通うね。
顔パスにしてください。でないとシェリーにぴったりの装具が作れない」
「いいだろう」
レイの言葉に満足して、ウーシーはブーツを戻した。
「また来れるよ、シェリー。あったかくして、安心して待っていて」
ウーシーはそう言うとグラントのところに寄る。
「顔パスもらったし、今日は帰んない? 泥棒捕まえて疲れてるし」
グラントがね。
彼の言葉にレイが目を剥いた。
「泥棒を捕まえた?」
険しい目がグラントを射抜く。
「……」
グラントはもう目が死んでいた。
ウーシーが口を開くと面倒くさいことこの上ない。
「昼に牢獄の番所へ仔細の報告を上げております。
そちらでお聞きになるのがよろしいかと存じます」
「昨夜、シェリーの屋敷に行ってみたんだ。
グラントが出てきた泥棒を一人捕まえた」
レイの目がもう明らかにグラントを疑っていた。
「……並の魔法使いと聞いているが」
敵か味方かの天秤が今、敵の方に思い切り傾いている。
泥棒の先遣隊としてシェリーの屋敷に入り込んだ。
仲間割れしてこっちに取り入ってきた可能性が浮上中。
「グラントは中に入れるんだよ」
「ウーシー黙って」
グラントは倒れそうなほど目眩を感じた。
ウーシーが恨めしい。
今日は黙って去れば良かったのに。
「いま少しお前たちを帰すわけにはいかなくなった」
レイ・ユーリーは使用人に言いつけて先にシェリーを館に入らせた。
ウーシーは貴族の家に泊まれるのかと喜んでいる。
何されるかとグラントはもう絶望的な顔をしていたのだが。
レイに促されて、グラントは彼について歩いた。
いざとなったら魔法で逃げよう。
一晩魔法を使い続けても大丈夫なくらいの体力が要る。
再び脳裏に出てきたコーマックを必死に手で払った。
殴られたりするのも嫌だが。
グラントは1階の兵士の宿泊室で向かい合うレイを見やる。
体格のいい騎士と二人、向かい合わせて黙っているのもなかなかにきつかった。
テーブルひとつ分だけある、心の余裕。
「どうして私だけ? ウーシーは疑わしくないのですかね… …?」
せめて一緒なら。たとえ鞭で打たれたって半分ですむ。半分でも嫌だけれど。
リュックも外套もセーターも取り上げられて、杖はテーブルの上に置かれている。
手袋もランドリーに持って行かれた。室内靴も貸してくれた。
簡単な食事も供されて。でも。
このレイ・ユーリーと一緒。
不機嫌な青年と、気だるげな青年と、何の会話が弾むと言うのだ。
グラントはくたびれきった様子で両手で顔をこする。
そのまま伸びた前髪を梳き上げた。貴公子然とした、貴族のご子息が見える。
レイはどんどん不機嫌になっていくような気がした。
何人も使用人が話しに来ているから、かなり報告は受けている。
グラントが遭難してシェリーの屋敷に迷い込んだという話は疑いないはず。
もう数時間経過したのだ。
ジェロディのところに行ってくれれば、すぐ解決する。
彼が行きたくないからグラントが代わりに行った。
あの偏屈じいさんのところへ。
「わたしはまだ帰れません?」
黙っていても埒が開かない。
グラントはこちらから解決に向けて動くことに決めた。
「グラント・ルース」
「はい」
「魔法使いとしては無名だな。今は何をしている」
「本のレンタル屋です。1ページごとの貸出業です。それでなんとか生活できております」
「魔法使いとしての職は探さなかったのか」
「腕が並なもので、いかんせん、数に埋もれてしまいました」
「……魔物であるくせに、数に埋もれることがあるか。わざと自分を小さく見せたのではないのか」
「何のために?」
グラントはむっとして眉を寄せる。それから、魔物だとバレたことに気づいた。
「ユーリー卿は、精霊や魔物などを見分けられる方ですか」
グラントは苦笑した。
「魔物、嫌いです?」
不機嫌な理由がそれなら分かりやすい。
しかしレイは首を振った。
「魔物の血を引くものは友人に割といる。本人も知らなかったという場合もある。
相手が純粋な人間かどうかなんて気にしたことはない」
レイはグラントの右手を指した。
「侯爵のおひとりも、お前のような刺青を指に彫られている」
小指には、小さな印がある。
「人間と暮らす魔物の習慣なんだそうですね。
これは祖父が入れました」
グラントのは家紋だ。
「お前はどういう人間だ、グラント」
「哲学的な問いですか?」
レイが不機嫌な理由なんか、グラントには心当たりがないし興味もない。
この遠回しな言い方やめてほしい。
「卿のご機嫌斜めの理由は何でしょう?
身分違いのわたしがシェリーを友人と言っていることがご不快ですか?
それとも、シュトラール地区出身の者があたりをうろつく自体が承服ならない?」
「そのような差別は持っていない」
「事実の確認はお済みですか? 周りに聞けば明らかです」
グラントは静かに言を紡いだ。
「わたしは戦争孤児で、幼い頃シュトラールのミールズ孤児院に参りました。
この杖は祖父から受け継いだもので、数少ないわたしの所持品の一つです。
12歳の時、先生の手助けで本のレンタル屋を始めました。
魔力があっても体力が追いつかず、使い物にならなかったからです。
その方は騎士で、わたしに剣を教えてくれました。ひとりで店を守るために。
……こんなの、ありふれた話です。本当にお確かめになりたいことは何でしょうか」
レイはますます不機嫌そうである。
その顔を見ていたら、無意識に口からこぼれた。
「……シェリーのこと?」
そういえば、会った途端、彼女は助けてと言った。
「助けてって、どうして? わたしの助けなんかいるのですか?
卿が何かことを起こすおつもりなら、わたしの出る幕ではありません」
心底不思議という声色に、レイはまた一段と不機嫌になる。
「シェリーがグラントはすごいと言っている理由が未だに分からない」
「は?」
分からないのはこちらだ。
「初めから申しております。わたしは並の魔法使いです。
シェリーは知らないからそう言ってくれるのです」
「いや。間違っているのはおそらくおまえの認識の方だ」
レイは生真面目な顔でグラントを見据える。
「この国の並の魔法使いがどんなものか知っているのか。
騎士団にいる者ですらあまり見ない。戦える魔法使いは。
なのになぜシェリーを自分で助けようとしない?」
なんでって。
グラントはうっそりとレイを見返した。
国内の魔法使いは、専門職のようになる人が多い。
得意分野を磨いて、部隊の支援に回る。
「身分が違います。
表立って彼女を救うのはわたしじゃなく貴族の方でしょう」
「身分なんか些末な事だ。
おまえはできるのに、なぜ行動しない」
「疲れる話は嫌です」
勘が働いた。この人、コーマックと同じタイプだ。
「では二徹間近の魔法使いにもやさしく話す。
グラントもシェリーと同じく公に認められるべきだ。
持ち腐れているならそんな杖捨ててしまえ」
じじいが重なって見える。
力は使うもの。世の中に役立てるもの。
それが責務であると信じて疑わない、強い騎士の思い。
「取り立てていただくなんて、ありがた迷惑です」
無意識に、コーマックに反抗する時のように眉間に皺が寄った。
レイはテーブルの上に手を広げる。
叩きつけたいのを我慢しているみたいだ。
「この数時間で事実確認は済んでいる。シェリーの祖母とも連絡した。
城壁の門番や牢獄の官吏にも話を聞きに行かせた。
おまえが話したことと一致している。
今やグラントに嫌疑はない。食事の後帰してもよかったのだが」
「では帰らせて」
疑いが晴れたと思ったら、この人はグラントに興味をひかれたらしい。
超絶に面倒くさい。
グラントは表立って何かするつもりはない。
シェリーが無事で、状況もなんとかなりそうならそれでいいのに。
「おまえに関する報告は、ただの魔法使いではなかった。
本当に本を写して小銭を稼ぐだけで生活しているのか」
レンタルのほかは、孤児院の雑用と、市場の人の頼まれ事。
それも小銭。
「そうですね」
なんで怒られている気分になるのか納得いかない。
グラントは憮然として答えた。
「兵団への所属は」
「しておりません」
国内に民間の兵団は3つある。
豪商が組織したもの。商人組合が組織したもの。町内会が組織したもの。
行商の護衛や自警が目的だ。
「一番驚いたのは、ミールズからの報告だ。
おまえはジェロディの弟子で、コーマックにも指導を受けている。
何が並だ? 師匠は最強の魔法使いと猛将だぞ」
「疲れるじじいなんですよ」
顔を背けてグラントは小さく言う。
「師匠が断言していた。シェリーが正しいと」
「迷惑」
師匠はグラントに何かさせたくてけしかけただけだ。
「わたしは、将来店を買って本屋をするんです。
それが叶いさえすれば、いいんですよ。でかい夢なんていらない」
グラントは困って耳の後ろを掻いていた。
レイは年の変わらないグラントを見つめて言う。
「私が気に入らないのは、おまえのその線引きだ。
何から隠れようとしている。実力があるくせに」
「……」
レイはきっと志が高い。
そういう点で本当にコーマックと似ていた。
グラントが隠れたがっているというのも、言い得ている。
答えないでいるグラントに彼は嘆息した。
「セリッサヒルを争う義勇軍に誘おうと考えていたが。
おまえは不参加でいいか。
シェリーはグラントが計画を助けてくれると期待していたのに。
彼女にはやる気なしと伝えておく」
「はい?」
レイの不機嫌な顔を、グラントは思わず真正面から見返す。
「シェリーを公に出す計画だ。
平民を中心にして不遇な令嬢の窮地を救う。
民間の兵団に声をかける。彼らを通じてシェリーの存在を伝えるんだ」
「民間……」
グラントは疲れた目を部屋の窓に向けた。
「世論を取りに行くんですか?
不人気な王子には可哀想な娘がいるらしいと、流れを作る気?」
「そうだ。今のままでは貴族の私は兵を動かせない。
グラントが主力になってくれたらと考えていた。
シュトラールに暮らす強い魔法使いで、戦いの経験がありそうだと。
彼女の印象は間違いなんだな。
おまえは、ただただ無為に人生を生きる人間なのだ」
「なんでブチ切れるんですか?」
軍人ってやつは。
情報量に頭が追いつかない。
グラントの視線は宿舎をくるくると見て回った。
レイはいい人間で。義憤を感じている。
シェリーの存在を認めない王宮のことは放っておいて。
先に民間に王のもう一人の孫の存在を広めてしまう。
秘密の蓋を開けてしまう役を。
グラントにさせる。
そんなことをしたら、グラントは。
「……」
師匠とじじいが笑うのが見える。
「コーマックに指導してもらっておいて」
レイの目が険しい。あのじじいに憧れを感じる。
「ユーリー卿が依頼しに行けばよろしいのでは?」
寝不足に全然優しくないこの人。
そんなことで怒らないでほしい。
自分が憧れてた老将コーマックに指導を受けているグラントがこんなだから。
野望も向上心もない。静かに生きたいだけの人間だから。
「コーマックは指導なんかしない。何度頼んだと思っている。
人が得られなかったものを受け取っておいて、やる気なしだと。この贅沢者っ」
眩暈が。また襲ってきた。
この人の言葉は呪文なのかな。
眩暈を引き起こす呪文。
「あー……。あー、そう。そうですか……」
グラントが静かに切れた。
「分かったよ。義勇軍。参加する。何人?
兵士何人か集めればいいんですね。
ただし実際の大将はユーリー卿がやってください」
疲れる。軍人てやつは。本当に疲れる。
最強の自由人を野放しにしていた。
グラントの質問は、使用人の悲鳴によってかき消された。
何事かと見ると、ウーシーがシェリーに話しかけている。
やおらしゃがむとその暖かそうなブーツを片方脱がせてしまった。
「ウーシー」
「何をしている!」
グラントとレイの声が重なる。グラントは手を差し出したが、レイは剣を抜いた。
「おい……っ」
親友が切られる前に、グラントはレイの手を掴み上げる。
「……ぉ待ちを、卿。決して悪戯ではありません」
多分。お願い、ウーシー。ちゃんと目的があるって言って。
「……」
魔法使いに素手で止められたレイは厳しい目つきでグラントを見ていた。
騎士のひと振りを、止められるものか。訓練を受けていない人間に。
「あー。なんで動かないのか気になっちゃってぇ」
へへ、と笑う修道士。
「シェリーが確かめていいっていうからー。いいだろ?」
足底に手を当てて上げたり下げたりしている。
なるほどねー、なるほどねーと何度も繰り返した。
「俺、装具作れるよ。そしたらシェリーは歩けるかもしれない。作ろうか?」
シェリーはアリアを抱きしめて呆然としている。
ウーシーはにっと笑ってレイを指した。
「お代はユーリー卿持ちだろ? 俺は機械を作れる修道士。
職人を一から探すより目立たずシェリーの助けになれるよ」
どうします? と聞いている。
「作品を見てから私が判断する。まずは試作品を」
レイが言った。ウーシーが満面の笑顔で承る。
「じゃあさ、しばらくグラントと俺でシェリーのところに通うね。
顔パスにしてください。でないとシェリーにぴったりの装具が作れない」
「いいだろう」
レイの言葉に満足して、ウーシーはブーツを戻した。
「また来れるよ、シェリー。あったかくして、安心して待っていて」
ウーシーはそう言うとグラントのところに寄る。
「顔パスもらったし、今日は帰んない? 泥棒捕まえて疲れてるし」
グラントがね。
彼の言葉にレイが目を剥いた。
「泥棒を捕まえた?」
険しい目がグラントを射抜く。
「……」
グラントはもう目が死んでいた。
ウーシーが口を開くと面倒くさいことこの上ない。
「昼に牢獄の番所へ仔細の報告を上げております。
そちらでお聞きになるのがよろしいかと存じます」
「昨夜、シェリーの屋敷に行ってみたんだ。
グラントが出てきた泥棒を一人捕まえた」
レイの目がもう明らかにグラントを疑っていた。
「……並の魔法使いと聞いているが」
敵か味方かの天秤が今、敵の方に思い切り傾いている。
泥棒の先遣隊としてシェリーの屋敷に入り込んだ。
仲間割れしてこっちに取り入ってきた可能性が浮上中。
「グラントは中に入れるんだよ」
「ウーシー黙って」
グラントは倒れそうなほど目眩を感じた。
ウーシーが恨めしい。
今日は黙って去れば良かったのに。
「いま少しお前たちを帰すわけにはいかなくなった」
レイ・ユーリーは使用人に言いつけて先にシェリーを館に入らせた。
ウーシーは貴族の家に泊まれるのかと喜んでいる。
何されるかとグラントはもう絶望的な顔をしていたのだが。
レイに促されて、グラントは彼について歩いた。
いざとなったら魔法で逃げよう。
一晩魔法を使い続けても大丈夫なくらいの体力が要る。
再び脳裏に出てきたコーマックを必死に手で払った。
殴られたりするのも嫌だが。
グラントは1階の兵士の宿泊室で向かい合うレイを見やる。
体格のいい騎士と二人、向かい合わせて黙っているのもなかなかにきつかった。
テーブルひとつ分だけある、心の余裕。
「どうして私だけ? ウーシーは疑わしくないのですかね… …?」
せめて一緒なら。たとえ鞭で打たれたって半分ですむ。半分でも嫌だけれど。
リュックも外套もセーターも取り上げられて、杖はテーブルの上に置かれている。
手袋もランドリーに持って行かれた。室内靴も貸してくれた。
簡単な食事も供されて。でも。
このレイ・ユーリーと一緒。
不機嫌な青年と、気だるげな青年と、何の会話が弾むと言うのだ。
グラントはくたびれきった様子で両手で顔をこする。
そのまま伸びた前髪を梳き上げた。貴公子然とした、貴族のご子息が見える。
レイはどんどん不機嫌になっていくような気がした。
何人も使用人が話しに来ているから、かなり報告は受けている。
グラントが遭難してシェリーの屋敷に迷い込んだという話は疑いないはず。
もう数時間経過したのだ。
ジェロディのところに行ってくれれば、すぐ解決する。
彼が行きたくないからグラントが代わりに行った。
あの偏屈じいさんのところへ。
「わたしはまだ帰れません?」
黙っていても埒が開かない。
グラントはこちらから解決に向けて動くことに決めた。
「グラント・ルース」
「はい」
「魔法使いとしては無名だな。今は何をしている」
「本のレンタル屋です。1ページごとの貸出業です。それでなんとか生活できております」
「魔法使いとしての職は探さなかったのか」
「腕が並なもので、いかんせん、数に埋もれてしまいました」
「……魔物であるくせに、数に埋もれることがあるか。わざと自分を小さく見せたのではないのか」
「何のために?」
グラントはむっとして眉を寄せる。それから、魔物だとバレたことに気づいた。
「ユーリー卿は、精霊や魔物などを見分けられる方ですか」
グラントは苦笑した。
「魔物、嫌いです?」
不機嫌な理由がそれなら分かりやすい。
しかしレイは首を振った。
「魔物の血を引くものは友人に割といる。本人も知らなかったという場合もある。
相手が純粋な人間かどうかなんて気にしたことはない」
レイはグラントの右手を指した。
「侯爵のおひとりも、お前のような刺青を指に彫られている」
小指には、小さな印がある。
「人間と暮らす魔物の習慣なんだそうですね。
これは祖父が入れました」
グラントのは家紋だ。
「お前はどういう人間だ、グラント」
「哲学的な問いですか?」
レイが不機嫌な理由なんか、グラントには心当たりがないし興味もない。
この遠回しな言い方やめてほしい。
「卿のご機嫌斜めの理由は何でしょう?
身分違いのわたしがシェリーを友人と言っていることがご不快ですか?
それとも、シュトラール地区出身の者があたりをうろつく自体が承服ならない?」
「そのような差別は持っていない」
「事実の確認はお済みですか? 周りに聞けば明らかです」
グラントは静かに言を紡いだ。
「わたしは戦争孤児で、幼い頃シュトラールのミールズ孤児院に参りました。
この杖は祖父から受け継いだもので、数少ないわたしの所持品の一つです。
12歳の時、先生の手助けで本のレンタル屋を始めました。
魔力があっても体力が追いつかず、使い物にならなかったからです。
その方は騎士で、わたしに剣を教えてくれました。ひとりで店を守るために。
……こんなの、ありふれた話です。本当にお確かめになりたいことは何でしょうか」
レイはますます不機嫌そうである。
その顔を見ていたら、無意識に口からこぼれた。
「……シェリーのこと?」
そういえば、会った途端、彼女は助けてと言った。
「助けてって、どうして? わたしの助けなんかいるのですか?
卿が何かことを起こすおつもりなら、わたしの出る幕ではありません」
心底不思議という声色に、レイはまた一段と不機嫌になる。
「シェリーがグラントはすごいと言っている理由が未だに分からない」
「は?」
分からないのはこちらだ。
「初めから申しております。わたしは並の魔法使いです。
シェリーは知らないからそう言ってくれるのです」
「いや。間違っているのはおそらくおまえの認識の方だ」
レイは生真面目な顔でグラントを見据える。
「この国の並の魔法使いがどんなものか知っているのか。
騎士団にいる者ですらあまり見ない。戦える魔法使いは。
なのになぜシェリーを自分で助けようとしない?」
なんでって。
グラントはうっそりとレイを見返した。
国内の魔法使いは、専門職のようになる人が多い。
得意分野を磨いて、部隊の支援に回る。
「身分が違います。
表立って彼女を救うのはわたしじゃなく貴族の方でしょう」
「身分なんか些末な事だ。
おまえはできるのに、なぜ行動しない」
「疲れる話は嫌です」
勘が働いた。この人、コーマックと同じタイプだ。
「では二徹間近の魔法使いにもやさしく話す。
グラントもシェリーと同じく公に認められるべきだ。
持ち腐れているならそんな杖捨ててしまえ」
じじいが重なって見える。
力は使うもの。世の中に役立てるもの。
それが責務であると信じて疑わない、強い騎士の思い。
「取り立てていただくなんて、ありがた迷惑です」
無意識に、コーマックに反抗する時のように眉間に皺が寄った。
レイはテーブルの上に手を広げる。
叩きつけたいのを我慢しているみたいだ。
「この数時間で事実確認は済んでいる。シェリーの祖母とも連絡した。
城壁の門番や牢獄の官吏にも話を聞きに行かせた。
おまえが話したことと一致している。
今やグラントに嫌疑はない。食事の後帰してもよかったのだが」
「では帰らせて」
疑いが晴れたと思ったら、この人はグラントに興味をひかれたらしい。
超絶に面倒くさい。
グラントは表立って何かするつもりはない。
シェリーが無事で、状況もなんとかなりそうならそれでいいのに。
「おまえに関する報告は、ただの魔法使いではなかった。
本当に本を写して小銭を稼ぐだけで生活しているのか」
レンタルのほかは、孤児院の雑用と、市場の人の頼まれ事。
それも小銭。
「そうですね」
なんで怒られている気分になるのか納得いかない。
グラントは憮然として答えた。
「兵団への所属は」
「しておりません」
国内に民間の兵団は3つある。
豪商が組織したもの。商人組合が組織したもの。町内会が組織したもの。
行商の護衛や自警が目的だ。
「一番驚いたのは、ミールズからの報告だ。
おまえはジェロディの弟子で、コーマックにも指導を受けている。
何が並だ? 師匠は最強の魔法使いと猛将だぞ」
「疲れるじじいなんですよ」
顔を背けてグラントは小さく言う。
「師匠が断言していた。シェリーが正しいと」
「迷惑」
師匠はグラントに何かさせたくてけしかけただけだ。
「わたしは、将来店を買って本屋をするんです。
それが叶いさえすれば、いいんですよ。でかい夢なんていらない」
グラントは困って耳の後ろを掻いていた。
レイは年の変わらないグラントを見つめて言う。
「私が気に入らないのは、おまえのその線引きだ。
何から隠れようとしている。実力があるくせに」
「……」
レイはきっと志が高い。
そういう点で本当にコーマックと似ていた。
グラントが隠れたがっているというのも、言い得ている。
答えないでいるグラントに彼は嘆息した。
「セリッサヒルを争う義勇軍に誘おうと考えていたが。
おまえは不参加でいいか。
シェリーはグラントが計画を助けてくれると期待していたのに。
彼女にはやる気なしと伝えておく」
「はい?」
レイの不機嫌な顔を、グラントは思わず真正面から見返す。
「シェリーを公に出す計画だ。
平民を中心にして不遇な令嬢の窮地を救う。
民間の兵団に声をかける。彼らを通じてシェリーの存在を伝えるんだ」
「民間……」
グラントは疲れた目を部屋の窓に向けた。
「世論を取りに行くんですか?
不人気な王子には可哀想な娘がいるらしいと、流れを作る気?」
「そうだ。今のままでは貴族の私は兵を動かせない。
グラントが主力になってくれたらと考えていた。
シュトラールに暮らす強い魔法使いで、戦いの経験がありそうだと。
彼女の印象は間違いなんだな。
おまえは、ただただ無為に人生を生きる人間なのだ」
「なんでブチ切れるんですか?」
軍人ってやつは。
情報量に頭が追いつかない。
グラントの視線は宿舎をくるくると見て回った。
レイはいい人間で。義憤を感じている。
シェリーの存在を認めない王宮のことは放っておいて。
先に民間に王のもう一人の孫の存在を広めてしまう。
秘密の蓋を開けてしまう役を。
グラントにさせる。
そんなことをしたら、グラントは。
「……」
師匠とじじいが笑うのが見える。
「コーマックに指導してもらっておいて」
レイの目が険しい。あのじじいに憧れを感じる。
「ユーリー卿が依頼しに行けばよろしいのでは?」
寝不足に全然優しくないこの人。
そんなことで怒らないでほしい。
自分が憧れてた老将コーマックに指導を受けているグラントがこんなだから。
野望も向上心もない。静かに生きたいだけの人間だから。
「コーマックは指導なんかしない。何度頼んだと思っている。
人が得られなかったものを受け取っておいて、やる気なしだと。この贅沢者っ」
眩暈が。また襲ってきた。
この人の言葉は呪文なのかな。
眩暈を引き起こす呪文。
「あー……。あー、そう。そうですか……」
グラントが静かに切れた。
「分かったよ。義勇軍。参加する。何人?
兵士何人か集めればいいんですね。
ただし実際の大将はユーリー卿がやってください」
疲れる。軍人てやつは。本当に疲れる。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ
よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。
剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる