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貿易島
シュトラール産
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春の雪がちらつく日、シェリーは丘へ帰っていった。
グラントたちが作った新しい道を通ってだ。
レイが付き添って行った。
1ヶ月ほど後に訪ねる約束をしている。
冬の間に馴染んだ都を、シェリーが出ていく日。
ウーシーはまだ決まらない設計の図面を睨んでいた。
そしてグラントは、海の上にいた。
改築の済んだシェリーの屋敷をきれいに整えていた時のことだ。
グラントはフットマンやオークを放って作業にあてていた。
そこでシュッツフォルトの豪商、ヘイゼルに声をかけられた。
「シュトラール地区に兵団立ち上げたんだって?」
30歳になったばかりなのにふくよか。
ちょっと彼の健康を気遣いながらグラントは笑みを返す。
「そうです」
ヘイゼルのような人は、豪商同士組合を作って兵団を組織している。
平時は交易に出る時の護衛などを一部自分たちで賄うのだ。
「グラントが作ってくれた道、とっても歩きやすかったね。
石畳なんて、大変だったろう?
あれも兵団でやったのかい?」
「そうです。運輸省からの請け負い仕事です」
「冬も雪はねやってくれてたよね? あれは助かったなあ」
そういえばこの人、ケイレブと同じ年だったな。
グラントはそんなことを思った。
あと数年で自分も知らない人と話ができる人間になれるだろうか。
「グラントの精霊たち、本当にかわいいんだ」
自分の子どもくらいの精霊たちに笑う。
ヘイゼルは店に魔物を雇うことも多かった。人外であろうと全く気にしない。
「時に、グラント。私は港が開いたら行商に出るんだが。
その時に君を雇って行きたいと考えている。どうかな」
「もうすぐですね」
「あの大将戦、君は強かったからなあ。護衛として。どう?」
「護衛ですか?」
「他の騎士団の人間も雇うから、話が聞けて有意義だと思うんだよ」
グラントは「気乗りしない」を悟られないように必死に頬を動かそうとした。
「気乗りしないかあ」
ばれた。
「……わたしは喧嘩が苦手なんです。
護衛より、行商について行ってみたいですね。
ご厚意に甘えるかたちになるなら」
「あんなに強いのに、苦手なのかい?」
「喧嘩の出しどころって難しくありませんか。
話して解決してほしいと思ってしまう」
「へえ……」
意外そうに口を開けて考えていたが、ヘイゼルは大して悩まなかった。
いいよと言ってくれる。
「集団を運営する上で、商売のことも知っておかなきゃならないしね。
グラントは商人組合に加入してるかい?」
「いいえ」
会費がかかるので、加入していない。
ついでに、夜は何かと会合に呼ばれるのが、苦手だった。
そうだろうな、という表情の豪商。
ヘイゼルは国から認可された石油商である。
シュッツフォルトの名前で油を商いして、利益の中から税金を納めるのだ。
油田は王家の直轄領の中にある。
「なら、なおさら、商売と交易の違いを見た方がいいかもしれないね。
私はどちらかというとグラントの剣の腕を買っているけれど。
グラントの兵団には末長く頑張ってほしいことでもあるしねえ」
「商売と交易……仕組みの違いのことですか?」
交易を行う場合、運輸省に細かい届出を出したり認可の申請が必要だ。
商売をするなら店賃を払うだけで済む。
「そうだね。納める税金の割合もだいぶ違うんだよ。
外国の人にどんな需要があるのか知っておくのも大事だと思うし。
うん。商人としてついてくるのでいいよ。
ちょうど魔物の子を雇ったばかりだ。新人同士仲良くしてくれるといいな。
……そうなると、商品、何か用意してみるかい?」
ヘイゼルは思案顔でグラントに言った。
「石油の樽を運ぶだけじゃなく、船員たちは自分の商売を持っていくよ。
貿易として行うから、もちろん税金は取られるんだけど。
独立する前の修業みたいな意味合いでね。税金以外は自分のものにしていいんだよ。
船の荷室も余裕があるから、かさばっても平気だ」
「どんなものが売り物になるんです?」
「なんでも売れる。言ってしまえば糞尿ですら売れる。
しばらく港に通ってどんなものを取引しているのか見学するといいよ」
グラントは素直に港へ通った。
シュッツフォルトの港は、城壁を出て少し歩く。森の道を抜けた先に港があるのだ。
日の出前に荷の上げ下ろしは始まる。
農作物なんかは間に合わない。鉱石も今からでは。
薪? は船で使うのだろうか。
布なども、今からバレットにやらせたのでは倒れる者が出そうだ。
……その中で、やたらと軽くて煙たそうな、大量の荷があるのに気づいた。
中を聞いてみたら灰だという。
冬の間、ゴミを焼いたりストーブに溜まったりしたそういう灰を袋に詰めた。
それを売ってくる。
灰を何にするのか。
シュッツフォルトは低温過ぎて、畑に灰を梳き入れてもうまく肥料にならない。
暖かい地方の農業国なら、灰でいいのだ。
そういう国に売って、現金に変える。
所詮灰なのでとても安値をつけられる。だから大量に持っていく。
「へえ……」
灰なら大量にすぐ手に入ると思った。
グラントは溶岩を操る魔物の血を引く。そして、シュトラールは、この都のゴミ溜めだ。
というわけで、また新しい設備を作った。
数時間で出来上がる、石を積み上げてやっただけのお手軽な水門である。
若干水漏れがするそれを早速閉じてみる。
バレットには自宅にいるように通達済み。
水位が下がるとすぐに汚泥が出てきた。分かってはいたが、ひどい悪臭である。
「すさまじー」
鼻を塞いでウーシーが言った。
この修道士は興味だけで生きている。
グラントのやることを本業そっちのけで見物にきた。
「中身は確かめないよ。ろくなことにならない」
グラントはそう言って右手の小指の紋章に布を巻く。
川岸で手を宙へ差し出すと爪が鋭く変化した。
赤い線が垂れ落ちる。
グラントの足元から流れ出て、溶岩の小川は汚泥へ流れ込んだ。
底に流し込み終えるとグラントは土手に上がる。
汚泥の燃える音を聞いていると、川上の方からがやがやと声がした。
「グラント!」
名前を呼ばれて振り向きかける。
背中に衝撃があった。
そりかえった時、マーシャに体当たりされたんだと知る。
隣のファミリーのボスは、子どもの頃のようにグラントにぶちかましてきた。
「なんなの、この悪臭! 止めてよ!」
ハンカチを鼻に当ててがなり立てる。
「むりむり。待ってよ。もうすぐ終わる」
地面に倒されても、グラントは決して怒らない。むしろ泣きそう。
「何してんのよ! 息ができない!」
怒鳴るマーシャは上等なドレスを気にもせず膝をついていた。拳でグラントを殴りつける。
「服がっ、マーシャ、せっかくきれいな服なのに……っ」
「ふざけないで! こんなひどい臭いがついちゃ、服がどんなだって最悪の気分よ!」
「作業が終わったらもう臭いはしないから。やめて、マーシャ。叩かないで。危ないから近くに来ないでっ」
「弟じゃなかったら切り刻んでるんだからね!」
「お姉さんのする仕打ちじゃないっ。やめて、お願い」
形的には、バレットの団長が、隣のボス、マーシャに負けている?
見た目には、完全に年甲斐のない姉弟喧嘩。
「マーシャ」
姉弟の間に修道士が割って入った。
「もうすぐ臭い泥が灰になるからさあ。
そうしたら、消臭する。
これは何か明かせないけど、悪臭が一瞬で消えるんだー」
にこにこ笑って小瓶を示す。
「ウーシー! また変な薬作って!」
ウーシーの手の可燃物をひったくろうとするのを見て、グラントは慌てて手を伸ばした。
「マーシャ、触っちゃだめ」
「何よ」
キッ、と見たマーシャの目線を捉える。
意識を手に入れた。グラントは幻術をかけて、マーシャの嗅覚を操る。
「……どう? もうひどい臭いはしないでしょ?」
「うん」
それだけでマーシャは落ち着いた。もう少しだけ家の中にいてね、と伝えて帰す。
「マーシャだったなー」
ウーシーが、あはは、と言った。
はー。と息をついたグラントは川の様子を確かめる。
幻術はすぐ切れるのだ。その前に作業を終わらせなければならない。
溶岩を回収して、熱い灰を貯蔵枡に入れた。
2階建の家と同じ高さのものを2つ用意したのだが、ちょっと足りなくてさすがにヒく。
あとは冷めるのを待って袋詰めするだけ。
ウーシーが火矢を準備した。
グラントが宙に放った小瓶を撃ち抜く。
煙が立って、不思議と悪臭は消えてしまった。
水門を開けて川を元に戻す。
「川がきれいになった気がするよ」
楽しそうにウーシーが水面を覗いた。
「もっと上流からやれたらいいなあ」
のんびりとグラントが応じた。
グラントたちが作った新しい道を通ってだ。
レイが付き添って行った。
1ヶ月ほど後に訪ねる約束をしている。
冬の間に馴染んだ都を、シェリーが出ていく日。
ウーシーはまだ決まらない設計の図面を睨んでいた。
そしてグラントは、海の上にいた。
改築の済んだシェリーの屋敷をきれいに整えていた時のことだ。
グラントはフットマンやオークを放って作業にあてていた。
そこでシュッツフォルトの豪商、ヘイゼルに声をかけられた。
「シュトラール地区に兵団立ち上げたんだって?」
30歳になったばかりなのにふくよか。
ちょっと彼の健康を気遣いながらグラントは笑みを返す。
「そうです」
ヘイゼルのような人は、豪商同士組合を作って兵団を組織している。
平時は交易に出る時の護衛などを一部自分たちで賄うのだ。
「グラントが作ってくれた道、とっても歩きやすかったね。
石畳なんて、大変だったろう?
あれも兵団でやったのかい?」
「そうです。運輸省からの請け負い仕事です」
「冬も雪はねやってくれてたよね? あれは助かったなあ」
そういえばこの人、ケイレブと同じ年だったな。
グラントはそんなことを思った。
あと数年で自分も知らない人と話ができる人間になれるだろうか。
「グラントの精霊たち、本当にかわいいんだ」
自分の子どもくらいの精霊たちに笑う。
ヘイゼルは店に魔物を雇うことも多かった。人外であろうと全く気にしない。
「時に、グラント。私は港が開いたら行商に出るんだが。
その時に君を雇って行きたいと考えている。どうかな」
「もうすぐですね」
「あの大将戦、君は強かったからなあ。護衛として。どう?」
「護衛ですか?」
「他の騎士団の人間も雇うから、話が聞けて有意義だと思うんだよ」
グラントは「気乗りしない」を悟られないように必死に頬を動かそうとした。
「気乗りしないかあ」
ばれた。
「……わたしは喧嘩が苦手なんです。
護衛より、行商について行ってみたいですね。
ご厚意に甘えるかたちになるなら」
「あんなに強いのに、苦手なのかい?」
「喧嘩の出しどころって難しくありませんか。
話して解決してほしいと思ってしまう」
「へえ……」
意外そうに口を開けて考えていたが、ヘイゼルは大して悩まなかった。
いいよと言ってくれる。
「集団を運営する上で、商売のことも知っておかなきゃならないしね。
グラントは商人組合に加入してるかい?」
「いいえ」
会費がかかるので、加入していない。
ついでに、夜は何かと会合に呼ばれるのが、苦手だった。
そうだろうな、という表情の豪商。
ヘイゼルは国から認可された石油商である。
シュッツフォルトの名前で油を商いして、利益の中から税金を納めるのだ。
油田は王家の直轄領の中にある。
「なら、なおさら、商売と交易の違いを見た方がいいかもしれないね。
私はどちらかというとグラントの剣の腕を買っているけれど。
グラントの兵団には末長く頑張ってほしいことでもあるしねえ」
「商売と交易……仕組みの違いのことですか?」
交易を行う場合、運輸省に細かい届出を出したり認可の申請が必要だ。
商売をするなら店賃を払うだけで済む。
「そうだね。納める税金の割合もだいぶ違うんだよ。
外国の人にどんな需要があるのか知っておくのも大事だと思うし。
うん。商人としてついてくるのでいいよ。
ちょうど魔物の子を雇ったばかりだ。新人同士仲良くしてくれるといいな。
……そうなると、商品、何か用意してみるかい?」
ヘイゼルは思案顔でグラントに言った。
「石油の樽を運ぶだけじゃなく、船員たちは自分の商売を持っていくよ。
貿易として行うから、もちろん税金は取られるんだけど。
独立する前の修業みたいな意味合いでね。税金以外は自分のものにしていいんだよ。
船の荷室も余裕があるから、かさばっても平気だ」
「どんなものが売り物になるんです?」
「なんでも売れる。言ってしまえば糞尿ですら売れる。
しばらく港に通ってどんなものを取引しているのか見学するといいよ」
グラントは素直に港へ通った。
シュッツフォルトの港は、城壁を出て少し歩く。森の道を抜けた先に港があるのだ。
日の出前に荷の上げ下ろしは始まる。
農作物なんかは間に合わない。鉱石も今からでは。
薪? は船で使うのだろうか。
布なども、今からバレットにやらせたのでは倒れる者が出そうだ。
……その中で、やたらと軽くて煙たそうな、大量の荷があるのに気づいた。
中を聞いてみたら灰だという。
冬の間、ゴミを焼いたりストーブに溜まったりしたそういう灰を袋に詰めた。
それを売ってくる。
灰を何にするのか。
シュッツフォルトは低温過ぎて、畑に灰を梳き入れてもうまく肥料にならない。
暖かい地方の農業国なら、灰でいいのだ。
そういう国に売って、現金に変える。
所詮灰なのでとても安値をつけられる。だから大量に持っていく。
「へえ……」
灰なら大量にすぐ手に入ると思った。
グラントは溶岩を操る魔物の血を引く。そして、シュトラールは、この都のゴミ溜めだ。
というわけで、また新しい設備を作った。
数時間で出来上がる、石を積み上げてやっただけのお手軽な水門である。
若干水漏れがするそれを早速閉じてみる。
バレットには自宅にいるように通達済み。
水位が下がるとすぐに汚泥が出てきた。分かってはいたが、ひどい悪臭である。
「すさまじー」
鼻を塞いでウーシーが言った。
この修道士は興味だけで生きている。
グラントのやることを本業そっちのけで見物にきた。
「中身は確かめないよ。ろくなことにならない」
グラントはそう言って右手の小指の紋章に布を巻く。
川岸で手を宙へ差し出すと爪が鋭く変化した。
赤い線が垂れ落ちる。
グラントの足元から流れ出て、溶岩の小川は汚泥へ流れ込んだ。
底に流し込み終えるとグラントは土手に上がる。
汚泥の燃える音を聞いていると、川上の方からがやがやと声がした。
「グラント!」
名前を呼ばれて振り向きかける。
背中に衝撃があった。
そりかえった時、マーシャに体当たりされたんだと知る。
隣のファミリーのボスは、子どもの頃のようにグラントにぶちかましてきた。
「なんなの、この悪臭! 止めてよ!」
ハンカチを鼻に当ててがなり立てる。
「むりむり。待ってよ。もうすぐ終わる」
地面に倒されても、グラントは決して怒らない。むしろ泣きそう。
「何してんのよ! 息ができない!」
怒鳴るマーシャは上等なドレスを気にもせず膝をついていた。拳でグラントを殴りつける。
「服がっ、マーシャ、せっかくきれいな服なのに……っ」
「ふざけないで! こんなひどい臭いがついちゃ、服がどんなだって最悪の気分よ!」
「作業が終わったらもう臭いはしないから。やめて、マーシャ。叩かないで。危ないから近くに来ないでっ」
「弟じゃなかったら切り刻んでるんだからね!」
「お姉さんのする仕打ちじゃないっ。やめて、お願い」
形的には、バレットの団長が、隣のボス、マーシャに負けている?
見た目には、完全に年甲斐のない姉弟喧嘩。
「マーシャ」
姉弟の間に修道士が割って入った。
「もうすぐ臭い泥が灰になるからさあ。
そうしたら、消臭する。
これは何か明かせないけど、悪臭が一瞬で消えるんだー」
にこにこ笑って小瓶を示す。
「ウーシー! また変な薬作って!」
ウーシーの手の可燃物をひったくろうとするのを見て、グラントは慌てて手を伸ばした。
「マーシャ、触っちゃだめ」
「何よ」
キッ、と見たマーシャの目線を捉える。
意識を手に入れた。グラントは幻術をかけて、マーシャの嗅覚を操る。
「……どう? もうひどい臭いはしないでしょ?」
「うん」
それだけでマーシャは落ち着いた。もう少しだけ家の中にいてね、と伝えて帰す。
「マーシャだったなー」
ウーシーが、あはは、と言った。
はー。と息をついたグラントは川の様子を確かめる。
幻術はすぐ切れるのだ。その前に作業を終わらせなければならない。
溶岩を回収して、熱い灰を貯蔵枡に入れた。
2階建の家と同じ高さのものを2つ用意したのだが、ちょっと足りなくてさすがにヒく。
あとは冷めるのを待って袋詰めするだけ。
ウーシーが火矢を準備した。
グラントが宙に放った小瓶を撃ち抜く。
煙が立って、不思議と悪臭は消えてしまった。
水門を開けて川を元に戻す。
「川がきれいになった気がするよ」
楽しそうにウーシーが水面を覗いた。
「もっと上流からやれたらいいなあ」
のんびりとグラントが応じた。
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