ただの魔法使いです

端木 子恭

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貿易島

蜘蛛

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 警務隊の詰所は島の真ん中に建つ塔の中だった。
 話を聞きに出てきた壮年の警吏が奥の部屋に通してくれた。

 きっと犯人を留めおくこともあるのだろう。
 光は入ってくるのだが、窓は小さくて逃げられそうにないし、扉は外から鍵をかけるタイプだ。
 石ではなく、白い土を塗った壁に囲まれてる。

「魔法使いなのですか?」

 ポノが調書を書く間、付き添っていたその隊員に尋ねた。
 彼が所持しているのは腕の長さほどの短い杖である。
 今はベルトに差さっていた。

「あまり強くないんだけどね。魔法を使えるよ」

 彼は穏やかな顔で言う。

 昨夜のうちに、ヘイゼル以外の商人からも荷が消えたと訴えがあったというのだ。
 いくつかはグラントたちがグイドに尋問されていた時間で、犯人は別にいるという流れになってきている。
 魔物であるという目撃証言に納得した警務隊員は、それでもひとつ首を捻った。

「犯人の顔なんだが。それぞれの現場で全く違うんだよ。
 性別だけじゃなく、年もばらばらで。
 けれど盗みの現場には足跡が多くない。
 そんなに仲間がいるんなら目立つはずだし……」
「わたしたちが見た時、ジャジットは自分で首をもぎ落としていました。
 そのような魔物の話は?」
「聞いたことがないが、他の島にも使いを出している。
 この子の証言で、ジャジットの直前の足取りもわかった。手がかりになるよ」

 証言を書き終えたポノから彼は書類を受け取る。
 間違いがないか確認して、小さく「うん」と言った。

「もう少し待っていてくれるかな? 誰か他の者にも見せて確認をとってくる」

 そうして、ちょっと目を上げた彼は、そのまま動かなくなる。

「?」

 グラントがその目を見た。幻術にかかったみたいだ。

「ジャジットがいるんじゃないっ?」

 ポノが小さく叫ぶ。ゾベルが背後を振り返った。

「蜘蛛っ!」

 飛び上がるようにして扉の方へ走る。
 グラントが目をやると、焦茶色の目玉が六つ、こちらを見ていた。
 その上から人間の頭が生えている。擬態しているのだ。

 大きくても蜘蛛だ。
 音もなく忍び込める。

 グラントは警務隊員の杖を引き抜いて呪術師を現した。
 なぜだろう。すごく小さな、親指くらいの呪術師が出てきた。

 正気に戻せと命じたら、ちゃんと仕事はやって消える。

 気がついた彼は「応援を」と言って部屋を飛び出して行った。

「ゾベル、ポノ、外へ出て」

 二人の背中を押しやる。
 この杖は、グラントが本気で使ったら弾け飛びそうだ。

 杖は魔力と外界との接地面。
 この杖は、グラントの魔力を表に出すのには力不足だった。

「何でできてるの? この杖」

 枯れ枝でも握っている気分になる。
 天井の一角に張り付いてこちらをうかがうジャジットと、戸口に立って憤まんやる方ないグラント。

 ゾベルとポノが警務隊を何人か引っ張って戻ってきた。

「杖を。我々が取り押さえる」

 その一人に言われ、杖を返す。
 大きな音がした後、隊員たちは蜘蛛の魔物の骸を引いて出てきた。

「あれはジャジット?」

 ポノが聞く。
 引きずられて出てくる姿はさっき天井に張り付いていた蜘蛛だった。


 グラントは首を振る。
 あれは魔物の本体ではない感じがした。

 ゾベルとポノを連れて詰所を出る。

「彼は逃げたようだよ」

 どうしようか、と耳の後ろに手を当てた。

「あれは蜘蛛の首から上。擬態部分だ。時間を稼いでまた盗みをするのかな」

 杖を取り戻したい。剣でもいい。

「ヘイゼルさんに会おう。彼に頼んで武器を取り戻したい」



 ポノには道中、ジャジットの盗みによって何が起こったか話した。
 グラントとゾベルが廃船にいたのは、仲間から隠れていたからだ。

 白猫姿になったゾベルを抱いて、ポノはグラントについていく。

「その護衛は、何様なんだろうな」

 ぷんぷんしながらポノは言った。グラントはうっそりした目を少し細める。

「まあ、仕方ないかな。彼は国王の騎士団に所属している。
 わたしは国の貧民街の人間だ。
 どちらが世間で信用されるかなんて明らかだから」
「人となりってやつがあるだろう?」

 若い船乗りは怒りの瞳を天に向けた。

「社会的地位なんて当てになるもんか。
 俺の乗ってる船は投資話を持ってく客を乗せる船だ。
 身分は様々だけど、爵位持ちだって信用に足らない人間は多い。
 グラント、貧民街の出だって、今、世の中をまっすぐ生きてるのはどっちだ」
「惚れ惚れするようなこと言うね、ポノは」
「俺は、グラントを信用できると感じた。
 きっとグラントが心を開いて話した人間はそうなんだ。
 その護衛の言うことなんてみんな信じない」



 ヘイゼルはどちらだろう。
 自分は素直に彼に話をしていただろうか。商人たちとは? 護衛たちとは?
 往路の船でやるべきことをしなかったような気分になる。



 荷の登録所の近くで外国の商人と商談しているヘイゼルに会った。
 グラントの姿を見て駆け寄ってくる。

「無事だったんだな、グラント。ゾベルも」

 よかった、と笑った。傍らのポノを見て誰かと問う。

「この子はポノといって、盗人を目撃して狙われているんです。
 警務隊に訴え出たのですが、そこも襲われました。
 彼らでは捕まえるのが難しいのです。
 ヘイゼルさん、グイドからわたしの杖を取り戻してください」

 グラントの願いに、ヘイゼルの顔は曇った。

「グイドだけは、グラントが盗みを手伝った可能性があると言い張っているんだよねえ。
 昨夜のうちに他の倉庫からもたくさん盗られてね。
 私も従業員たちも君たちじゃないって言ったんだけど。
 杖だって剣だって、自分が持って歩くと言ってずっと身につけている。
 ……もう、他のみんな、護衛たちだってグラントやゾベルを疑っていないよ?
 だけど、グイド。彼はバロール騎士団だろう?
 逆らったら何をされるかと恐れるものも少なくない。
 表立ってグラントに協力できないでいるんだよ」
「……」

 偏見もそこまでいくと、

「話す必要がありますか」

 初めて話した時は、あのバロールかと好意的に接した(つもりな)のだけれど。
 彼には伝わらなかったようだ。

「グイドに会うより先に、この島のあるじにかけ合ってみるといい」

 ヘイゼルはそう言って、カバンから紙を取り出す。
 書くものを手に取って膝の上で手紙を書いた。

「オーディさんと言って、40代半ばの男性だ。
 君たちが盗人の正体を知っていることと、グラントに武器を貸して欲しい事情を簡単に書いた。
 これを持ってすぐに会いに行くんだ」
「どこにお住まいなんです?」

 グラントの質問に、ヘイゼルは5階建ての建物を示す。

「あの大きな宿泊所に住んでる。
 中は賭博場と宿泊所が一緒になってるんだ。どちらかにいるはずだよ」
「ありがとう」

 去りかけて、グラントは立ち止まった。

 どんな表情をしていいのか分からずに結局、ちょっともじもじした程度の無表情になる。

「ヘイゼルさん」

 ぎゅっと握手してみた。

「帰りはたくさん話しましょうね」

 きっと解決する。

 グラントは次こそ早足で走り去った。
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