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シュトラールの新生
認知的不協和
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ちょっとした林のようになっている公園がある。
泉があって、野鳥がいつも遊んでいる。
そこはマーシャとのお気に入りの場所で、小さい頃はよく訪れた。
大人になってからもここでする話はいつもいい話だった。
ランチを膝の上に広げて、グラントはベンチに座っている。
マーシャに親がちゃんといてくれたら、犯罪者になんかならなかったかな。
グラントはよくそう考える。
子どもの頃のマーシャは綺麗な目をしていた。
いつだったか、ケガをして帰ってきたことがあった。
ジェロディが治療師を呼ぶほどだったから深刻だったんだろう。
幼いグラントは心配で、マーシャに付き添っていた。
そんなグラントをマーシャは殴った。衝動が抑えられないように。
ジェロディが気づいた時にはグラントのけがも相当だった。
怖くて声も出ないグラントを、マーシャは睨んでいた。
次の日、あれは別の人だったんじゃないかというくらい、彼女はグラントを甘やかした。
たぶんあの日、マーシャは今日に続く道を歩き始めたんだ。
「グラント。先に食べててよかったのに」
バスケットを手に持ったマーシャが隣に座った。
ランチが手付かずなことに気づいて、グラントはそっとひとつ手に持つ。
「私がちょっと遅くなっちゃったの。ごめんね」
にこにこ笑う彼女はバスケットを開けた。
飲み物の瓶をひとつグラントに渡す。自分は甘いパンをとって一口食べた。
「あら。今日、杖は? 最近つけてたケープもないの」
マーシャは不思議そうに聞く。
グラントが小さく嘆息した。
「……マーシャ、わたしは、店を閉めたよ」
公園を見渡す。マーシャの家の人間がいた。
「それは残念ね」
グラントはマーシャの顔を見る。心の底から悔やまれるといった、外面を。
「うん。残念」
そう応じる顔に小さく笑みが広がった。
残念だ。
これからしなければならないことを思うと。
マーシャだって最初から悪いことをしたかったわけじゃない。
嫌なところばかりの人間じゃない。
彼女なりにジェロディを思い、ケリーを思い、孤児院を思いやった。
けれど、どうしても、この先は。
この先グラントがやることにマーシャは壁になる。
これからのシュトラールに無法者の一家はいらない。
「やっぱり、中途半端がいけなかったかなって、反省してる。
今まで通り生活しながら、バレットも運営するっていうのは。
まだ立ち上げたばかりだし、建物すら揃ってないもの」
マーシャはグラントの方に体ごと向き直る。先を促すように頷いていた。
その期待を裏切るのが心苦しい。
グラントは、いつも通り静かな表情を向けた。
「だからね、先に周りを潰そうかと」
「……ぇ?」
物騒な申し出に、マーシャは笑う。
腹の中で激昂しているのは明らかで、こういう時の彼女は、怖い。
「どういうこと?」
グラントから視線を外さないまま、手はバスケットの中を探していた。
「マーシャは今日、逮捕される。牢獄へ行くんだよ」
「何の罪で?」
「賭博。場所も提供したよね。先だっての冬、ハメちゃいけない人をハメたでしょ」
「そんなことしてない」
グラントは招待客の名前を挙げた。
この国の貴族たちと、外国から来ていた商人。
その時借金を免れたのは商人だけだった。
一番負けがこんだのは、初めて招待されたという令嬢。
銀貨何百枚という負債を、家人に支払わせた。
そんな話を、ある貴族から聞いた。
冬の間に本物のボロを逮捕させたグラントへ、保護を願い出てきたのである。
その人と面会したのはシェリーの屋敷に向かう前だった。
話に出てきた令嬢とは、どこかの伯爵家の娘であろう。
まだ子どもで、社会に顔を知られていないような。
そう思っていた。
王の御前に出た時に知った。
その令嬢がそこにいた。
賭博の後、家には知らせたくないと訴えた彼女は身につけていた貴金属を全て差し出したという。
どれも特注品で、特にネックレスはそれひとつで負債を上回るくらいの見事なもの。
マーシャは売るときに盗品と疑われてしまうからと受け取らなかった。
「マーシャ、言い逃れできないよ。その場にいたんでしょ?
証人がいてね。もう裁判所に行って保護を受けている。
わたしも一緒に行くよ。警吏のところへ」
「行かない」
マーシャはバスケットの中の瓶を掴むとグラントの顔を殴ろうとした。
「やめて、マーシャ」
グラントはその手を止めた。
マーシャは魔物のような形相になっている。グラントは静かにそれを見ていた。
「あんた、何を言ってるか分かってんの」
グラントの髪を片手で鷲掴む。
「私を売るって言ってんのよ」
靴底でグラントを蹴飛ばして離れた。
人相の悪い人間たちが駆け寄ってくる。
グラントはマーシャの腕を引いて走った。公園の入り口へ向かう。
「グラントは私に何もしない! 早くやって!」
ボスの身の安全を考えて躊躇する部下にマーシャは叫んだ。
「そうかな」
耳のそばでグラントの声が聞こえる。
ぎゅっと強く抱きしめられたのかと思った。
次の瞬間、右肩から骨のズレる音がして、マーシャは悲鳴を上げた。
追っ手の足が止まる。
「ついてきたら、次は左肩ね」
部下たちに向かってボスの肩を指した。
子どもを抱えるようにマーシャを抱き上げて街路を歩く。
潜んでいた警吏と公園でひと揉め始まった。
グラントはそこから近い詰め所に足を向ける。
「動くと痛いからね。大人しくしてて」
震えながら、マーシャは言われた通りじっとしていた。
「……あの公園で話すことは、いいことだと思ってたのに」
長く息を吐きながら悔しそうに言う。
「いいことだよ。マーシャはこれで足を洗える」
グラントは、珍しくちゃんと笑った。
「いいお姉さんに戻って」
「その前に牢獄で死ぬわ」
「平気だよ。マーシャは強い。きっと生き残る」
「人を地獄に送っといて笑ってんの、あんた」
「ずっとそうしたかったから」
「なんてやつ」
「面会行くよ」
「差し入れ絶対持ってきて」
詰所では弁護士も待っていて、間違いなく手続きしてくれた。
グラントはマーシャの肩を入れ直してから彼女を見送った。
泉があって、野鳥がいつも遊んでいる。
そこはマーシャとのお気に入りの場所で、小さい頃はよく訪れた。
大人になってからもここでする話はいつもいい話だった。
ランチを膝の上に広げて、グラントはベンチに座っている。
マーシャに親がちゃんといてくれたら、犯罪者になんかならなかったかな。
グラントはよくそう考える。
子どもの頃のマーシャは綺麗な目をしていた。
いつだったか、ケガをして帰ってきたことがあった。
ジェロディが治療師を呼ぶほどだったから深刻だったんだろう。
幼いグラントは心配で、マーシャに付き添っていた。
そんなグラントをマーシャは殴った。衝動が抑えられないように。
ジェロディが気づいた時にはグラントのけがも相当だった。
怖くて声も出ないグラントを、マーシャは睨んでいた。
次の日、あれは別の人だったんじゃないかというくらい、彼女はグラントを甘やかした。
たぶんあの日、マーシャは今日に続く道を歩き始めたんだ。
「グラント。先に食べててよかったのに」
バスケットを手に持ったマーシャが隣に座った。
ランチが手付かずなことに気づいて、グラントはそっとひとつ手に持つ。
「私がちょっと遅くなっちゃったの。ごめんね」
にこにこ笑う彼女はバスケットを開けた。
飲み物の瓶をひとつグラントに渡す。自分は甘いパンをとって一口食べた。
「あら。今日、杖は? 最近つけてたケープもないの」
マーシャは不思議そうに聞く。
グラントが小さく嘆息した。
「……マーシャ、わたしは、店を閉めたよ」
公園を見渡す。マーシャの家の人間がいた。
「それは残念ね」
グラントはマーシャの顔を見る。心の底から悔やまれるといった、外面を。
「うん。残念」
そう応じる顔に小さく笑みが広がった。
残念だ。
これからしなければならないことを思うと。
マーシャだって最初から悪いことをしたかったわけじゃない。
嫌なところばかりの人間じゃない。
彼女なりにジェロディを思い、ケリーを思い、孤児院を思いやった。
けれど、どうしても、この先は。
この先グラントがやることにマーシャは壁になる。
これからのシュトラールに無法者の一家はいらない。
「やっぱり、中途半端がいけなかったかなって、反省してる。
今まで通り生活しながら、バレットも運営するっていうのは。
まだ立ち上げたばかりだし、建物すら揃ってないもの」
マーシャはグラントの方に体ごと向き直る。先を促すように頷いていた。
その期待を裏切るのが心苦しい。
グラントは、いつも通り静かな表情を向けた。
「だからね、先に周りを潰そうかと」
「……ぇ?」
物騒な申し出に、マーシャは笑う。
腹の中で激昂しているのは明らかで、こういう時の彼女は、怖い。
「どういうこと?」
グラントから視線を外さないまま、手はバスケットの中を探していた。
「マーシャは今日、逮捕される。牢獄へ行くんだよ」
「何の罪で?」
「賭博。場所も提供したよね。先だっての冬、ハメちゃいけない人をハメたでしょ」
「そんなことしてない」
グラントは招待客の名前を挙げた。
この国の貴族たちと、外国から来ていた商人。
その時借金を免れたのは商人だけだった。
一番負けがこんだのは、初めて招待されたという令嬢。
銀貨何百枚という負債を、家人に支払わせた。
そんな話を、ある貴族から聞いた。
冬の間に本物のボロを逮捕させたグラントへ、保護を願い出てきたのである。
その人と面会したのはシェリーの屋敷に向かう前だった。
話に出てきた令嬢とは、どこかの伯爵家の娘であろう。
まだ子どもで、社会に顔を知られていないような。
そう思っていた。
王の御前に出た時に知った。
その令嬢がそこにいた。
賭博の後、家には知らせたくないと訴えた彼女は身につけていた貴金属を全て差し出したという。
どれも特注品で、特にネックレスはそれひとつで負債を上回るくらいの見事なもの。
マーシャは売るときに盗品と疑われてしまうからと受け取らなかった。
「マーシャ、言い逃れできないよ。その場にいたんでしょ?
証人がいてね。もう裁判所に行って保護を受けている。
わたしも一緒に行くよ。警吏のところへ」
「行かない」
マーシャはバスケットの中の瓶を掴むとグラントの顔を殴ろうとした。
「やめて、マーシャ」
グラントはその手を止めた。
マーシャは魔物のような形相になっている。グラントは静かにそれを見ていた。
「あんた、何を言ってるか分かってんの」
グラントの髪を片手で鷲掴む。
「私を売るって言ってんのよ」
靴底でグラントを蹴飛ばして離れた。
人相の悪い人間たちが駆け寄ってくる。
グラントはマーシャの腕を引いて走った。公園の入り口へ向かう。
「グラントは私に何もしない! 早くやって!」
ボスの身の安全を考えて躊躇する部下にマーシャは叫んだ。
「そうかな」
耳のそばでグラントの声が聞こえる。
ぎゅっと強く抱きしめられたのかと思った。
次の瞬間、右肩から骨のズレる音がして、マーシャは悲鳴を上げた。
追っ手の足が止まる。
「ついてきたら、次は左肩ね」
部下たちに向かってボスの肩を指した。
子どもを抱えるようにマーシャを抱き上げて街路を歩く。
潜んでいた警吏と公園でひと揉め始まった。
グラントはそこから近い詰め所に足を向ける。
「動くと痛いからね。大人しくしてて」
震えながら、マーシャは言われた通りじっとしていた。
「……あの公園で話すことは、いいことだと思ってたのに」
長く息を吐きながら悔しそうに言う。
「いいことだよ。マーシャはこれで足を洗える」
グラントは、珍しくちゃんと笑った。
「いいお姉さんに戻って」
「その前に牢獄で死ぬわ」
「平気だよ。マーシャは強い。きっと生き残る」
「人を地獄に送っといて笑ってんの、あんた」
「ずっとそうしたかったから」
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