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戦火の記憶
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本日はサロンではない。
アッシャーの執務室で、グラントはせっせと文字を書いていた。
隣ではケリーが同じようにしている。
二人の前には解説本が開いてあった。
「楽しい作業だね」
そして、ケリーと、グラントを挟んで同じ作業をしている、侯爵閣下。
「かわいい。私もつけてしまおうか」
「ご冗談ですね」
魔物の侯爵を適当にあしらう魔法使い。
「囚人を連れていくなんて、面倒なことするねえ、グラント」
アッシャーは日の光の色をした髪に手をやった。
一両日中にウーシーとレイが戻る。それまでに呪符を200枚ほど作るつもりだ。
そんなタイミングで侯爵から呼び出されたのである。
無理だと言ったら、侯爵邸で作業すればいいと提案を受けた。
断るのも煩わしくて、手伝いに来ていたケリーごと招かれている。
お茶とお菓子放題だ。午餐つき。
「彼らはひと月以内に出所です。
わたしの不在中にシュトラールに寄りつかれては、瞬く間に元に戻ってしまいます。
都から引き離しておきたいのです」
「それなら私が引き取ってあげようか?」
「……」
優しい口調だが、おそらくその内容は優しくない。
グラントはリケからの救援要請に際して、マーシャとフィンの一家から人を引き抜いていくのだ。
罪の軽かった人間たちの中から150名。
幹部じゃなかったか確かめるために数日を要した。
頭が変わってもさほど不満を持たない者たちを連れていく。
「侯爵閣下に作業しながらお尋ねするのも恐縮ですが、なんのご用件だったんです?」
初対面こそ戸惑った。
しかしグラントはすぐにこの魔物に遠慮はいらないと悟ったのである。
なぜなら、魔物の押しの強さは人間の常識の範疇外だからだ。
興味を持ったら遠慮なしに寄ってくるのが魔物。
侯爵はあれから毎日バレットに様子をうかがいに来る。
従者が訪れた時はまだよかった。
しばらく話して、お礼を伝えてと言って、帰す。
幾日目からは侯爵ご本人が現れて上を下への大騒ぎだった。
お茶しに来たよ、と、親戚のおじさんのようにやってきた。
お茶とお菓子のセットを持った使用人たちを引き連れてだ。
バレットだけではない。辺りの商人たちも驚いて見にきていた。
本日。
とうとうおじさんのお家におじゃましている。
「用件? ああ、そうそう」
いくつかあるのですよ、と侯爵は言った。
手紙の入ったトレイを確認するため席を立つ。
「先生、閣下とは、どういうご関係なんですか?」
ずっと聞きたかったのだろう。
ケリーは素早くささやいた。
「わたしの祖父の知り合いだ。……ほら、いるだろう?
あいつの孫なら俺の孫だって接してくるおじいさん」
納得したようなケリーの声が漏れる。
マーシャの娘なら俺らの娘って知らない人に言われながら大きくなった。
「じゃあ、閣下は本当はおじいさん?」
「相当なね」
おじいさん、というのは人間の感覚でしかないが。
例えばグラントの祖父のように。
溶岩という、ほぼ無限の寿命をもつ魔物は、いったい何歳から爺さんなのか。
「まずこれ」
従僕にトレイを持たせて侯爵は戻ってきた。
「国王陛下主催の宴会が開かれるそうだよ。
ずいぶん先の日取りだ。珍しいね」
見せてくれた日付は夏の終わりだから、三月ほど後になる。
「全領主を招待したのではないかな?
舞踏会もくっついてるけど、グラント踊れる?」
「それはわたしも参加するのですか?」
作業の手を止めずに尋ねる。
「すると思う。きっとポーターに今、届けられてる。
シェリー殿下の王位継承権をどうするのか、そこで発表になるようだから。
継承権がどうあれ、早くお披露目したいことでもあるだろうし」
ケリーがぴくっと反応した。
いよいよシェリーの身分が決まる。
「王族として爵位のみを与えるのか。それとも王位継承権なのか。
グラントはどっちがいい? 私が希望通りに手を回してもいいのだよ?」
「要りません。それより呪符を完成させないといけないのです」
手を休めがちなおじさんに物申した。
「シェリーがこの先安全に暮らしていけるなら、王位の継承権なんてどちらでもいいです。
彼女が望んでいるなら叶えたいですけど」
「グラントは欲がないんだねえ」
つまらない。
「私が手伝うことがあまりなくて退屈なのだよ」
魔物はそんなことを呟く。グラントは札を示した。
「あと少しです。お手伝い願います」
「そうではなくてねえ、グラントの人生を手伝いたいのだ」
「目下のところ呪符を」
今度はケリーがふと手を止める。
「私たちのレディも踊りますか? 杖で?」
「踊れた方がいいけれど、杖は難しいね。
杖なしでは全く歩けないのかな?」
「平らなところでは平気です。
ただ、ちょっとした床の素材の違いでバランスを崩すことがあります。
そういった時が怖いのです」
シェリーに付き添うことがある彼女は心配そうなため息と共に話した。
侯爵はふうん、と言ってから招待状を見る。
「舞踏会の主催者は王陛下ではないね。
第二王子妃殿下だ。格式もそれほど高くない。
貴族の家で催されるようなものだよ。
きっとここから参加する者の方が多いのだろうね」
舞踏会に正式な招待状はなかった。
従僕に通してもらいさえすれば誰でも入れる。
そこで仲良くなれれば、シェリーの交友関係は一気に広がる。
「グラントが最初にパートナーとして踊ってあげるといいね」
侯爵は演目を追いながら言う。
「シェリー殿下も踊れるのだと見せつけてやりなさい。
先に手本を示してやれば、次に彼女を誘う奴が下手くそなんだと思ってもらえる」
「貴族の方々にですか? 気が重い話です」
グラントは札の山をいったん綺麗に揃えた。
「それに、やっかみを受けるくらいならまだいいです。
あの装具をつけたシェリーの相手は、初対面では難しいのでは」
木製の重い装具。
練習したからそれを顔に出さずに操れる。
練習したから避けて支えられるのだ。
「わたし以外の男子がお相手したら、まず重さに驚くかな。
知らずに近づいてもし体に当たれば凶器です」
春、きちんとした義肢作りの職人に依頼したのである。
欠損した体に当て物は容易だが、形成不全の場合は難しかった。
今のところウーシーが作ったもの以上の装具はない。
「その修道士はどのように装具を作ったのだい?」
侯爵の質問は単純な興味だった。
だが、グラントの視線はケリーを見て、アッシャーへ戻る。
言いにくそうに「内緒」と訴えた。
「趣味を追求しまして」
要領を得ないグラントの答えにケリーは眉をひそめる。
「ウーシーはまた変なことしたんですか?」
「必要な研究ですよ」
ちょっと協力したらしい魔法使いは口が重かった。
「とにかくです。
今の装具ではみんなで踊る演目は難しいです。
ワルツくらいなら、わたしが支えます。
でもわたしは踊り方を知らないので、支えるだけです。
シェリーにリードしてもらえればごまかせるという感じです」
「そうか」
侯爵の嬉々とした声がかかる。
「私が講師をプレゼントしよう。
これから三月の間、グラントとシェリーを指導するダンスの講師。
ねえ? どうかな? 連れ回して練習できるよ」
どうかな、という割にはもう彼の中では決定事項だった。
すぐに従僕を呼んで連絡を取る。
「そんな迷惑な顔をしないで受け取って。グラント。
シェリー殿下に恩を売ることは純粋な善意からじゃないから。
打算やずるさに感謝も引け目も感じなくていい」
「どういう心持ちですか」
呆れた自分の気持ちを放っておいて、グラントは文字を書き進めた。
すっかり呪符作りから手が離れてしまった侯爵は新たな手紙を取る。
「ああ……、グラントに一番関わりがあったのはこれだった」
家人からの急報だった。
巻いただけの紙を広げる。
「隣の国で海軍の大将によるクーデターが起こった。……昨夜のことだ。
すぐに王宮を封鎖し、国軍と市街戦に突入している」
「……結果はまだ?」
「追って来るだろう。クーデターが成功すれば、リケはなしかな?」
「分かりません。王の側の残党が来る場合もあります。
早く呪符を作ってしまって」
きつめに言われて、おじさんはまたペンを手に持った。
「ケリー、これを牢獄に持っていって、警吏と共に貼りつけてくれる?
手首の、外側。きき手じゃない方に。名簿と照らし合わせて」
「はい」
数を数えてまとめられた呪符を、名簿で巻いてケリーは席を立つ。
これを連れていく囚人に貼るのが目的で作っている。
逃走すれば煙が立つ。
「警吏と囚人たちに差し入れを配って。
貼るのを手伝ってくれた警吏には駄賃を忘れないようにね。
裁判官にはお礼の品を。途中にある店に頼んである」
ケリーは頷いて立ち上がる。
「では、私は行ってまいります」
「ありがとう。
わたしもここを書き終えたらすぐ牢獄へ向かうから」
ケリーは元気よく屋敷を出て行った。
「アッシャー卿は、隣の国にまで使いを送っているのですね」
残りの呪符を作りながらグラントが言う。
「隣の国なんて、最低限だよ。気になる地域があればもっとつかわせる」
それは、戦を何度か経験した者だから感じる必要なのか。
祖国で長い戦乱を幾度か体験して、生き残ってきた魔物。
「たとえ海が隔てていてもですか?」
「魔物がひと息で飛べないほどということ?」
侯爵は小さく唸った。
「海の中継なら海の魔物を従わせるかなあ」
「なるほど」
彼は強い魔物なのでどんな状況にも大して困らない。
呪符の数が揃ったので、グラントはそれを袋に入れた。
道具を片付けて侯爵へお礼を述べる。
「本日も大変お世話になりました。
しばらくお会いできませんが」
やや力をこめて、会えない、と念を押したつもりだった。
「息災を祈ります」
「今日中に講師を派遣する。リケに連れて行ってやって」
「……、ありがたく、頂戴いたします」
もう断ったらこの方がついて来かねないので受け取った。
屋敷から馬車が出る寸前に従者がやって来る。
主人の許しを得て巻紙を開いた。
「隣国より知らせが入りました。
クーデターは鎮圧され、大将が逃走。
港から15隻出航したとのことです」
「そうか……。全部来るとは限らないけどね。
まっすぐリケに向かったら3~4日後だ」
「ありがとうございます、閣下」
グラントはすぐに馬車へ乗り込む。
80人乗りが15隻。最大1200人の兵士が来る。
ここからリケまでは船の方が早い。
遅くとも二日。風向きによってはその日のうちに到着できた。
バレットに戻ると、侯爵の派遣した講師の方が先についていた。
国王陛下名義の招待状を手に狼狽えていたポーターを宥める。
エムリンを呼んで今後の予定を話した。
一緒に参戦したいと言われたが、彼は残していく。
返事を待っている最中の用事があった。
ウーシーとレイが戻ったらすぐに元囚人を乗せて出発する。
戦いになるんだな。
フットマンを呼び出して、ケイレブのところに行かせた。
アッシャーの執務室で、グラントはせっせと文字を書いていた。
隣ではケリーが同じようにしている。
二人の前には解説本が開いてあった。
「楽しい作業だね」
そして、ケリーと、グラントを挟んで同じ作業をしている、侯爵閣下。
「かわいい。私もつけてしまおうか」
「ご冗談ですね」
魔物の侯爵を適当にあしらう魔法使い。
「囚人を連れていくなんて、面倒なことするねえ、グラント」
アッシャーは日の光の色をした髪に手をやった。
一両日中にウーシーとレイが戻る。それまでに呪符を200枚ほど作るつもりだ。
そんなタイミングで侯爵から呼び出されたのである。
無理だと言ったら、侯爵邸で作業すればいいと提案を受けた。
断るのも煩わしくて、手伝いに来ていたケリーごと招かれている。
お茶とお菓子放題だ。午餐つき。
「彼らはひと月以内に出所です。
わたしの不在中にシュトラールに寄りつかれては、瞬く間に元に戻ってしまいます。
都から引き離しておきたいのです」
「それなら私が引き取ってあげようか?」
「……」
優しい口調だが、おそらくその内容は優しくない。
グラントはリケからの救援要請に際して、マーシャとフィンの一家から人を引き抜いていくのだ。
罪の軽かった人間たちの中から150名。
幹部じゃなかったか確かめるために数日を要した。
頭が変わってもさほど不満を持たない者たちを連れていく。
「侯爵閣下に作業しながらお尋ねするのも恐縮ですが、なんのご用件だったんです?」
初対面こそ戸惑った。
しかしグラントはすぐにこの魔物に遠慮はいらないと悟ったのである。
なぜなら、魔物の押しの強さは人間の常識の範疇外だからだ。
興味を持ったら遠慮なしに寄ってくるのが魔物。
侯爵はあれから毎日バレットに様子をうかがいに来る。
従者が訪れた時はまだよかった。
しばらく話して、お礼を伝えてと言って、帰す。
幾日目からは侯爵ご本人が現れて上を下への大騒ぎだった。
お茶しに来たよ、と、親戚のおじさんのようにやってきた。
お茶とお菓子のセットを持った使用人たちを引き連れてだ。
バレットだけではない。辺りの商人たちも驚いて見にきていた。
本日。
とうとうおじさんのお家におじゃましている。
「用件? ああ、そうそう」
いくつかあるのですよ、と侯爵は言った。
手紙の入ったトレイを確認するため席を立つ。
「先生、閣下とは、どういうご関係なんですか?」
ずっと聞きたかったのだろう。
ケリーは素早くささやいた。
「わたしの祖父の知り合いだ。……ほら、いるだろう?
あいつの孫なら俺の孫だって接してくるおじいさん」
納得したようなケリーの声が漏れる。
マーシャの娘なら俺らの娘って知らない人に言われながら大きくなった。
「じゃあ、閣下は本当はおじいさん?」
「相当なね」
おじいさん、というのは人間の感覚でしかないが。
例えばグラントの祖父のように。
溶岩という、ほぼ無限の寿命をもつ魔物は、いったい何歳から爺さんなのか。
「まずこれ」
従僕にトレイを持たせて侯爵は戻ってきた。
「国王陛下主催の宴会が開かれるそうだよ。
ずいぶん先の日取りだ。珍しいね」
見せてくれた日付は夏の終わりだから、三月ほど後になる。
「全領主を招待したのではないかな?
舞踏会もくっついてるけど、グラント踊れる?」
「それはわたしも参加するのですか?」
作業の手を止めずに尋ねる。
「すると思う。きっとポーターに今、届けられてる。
シェリー殿下の王位継承権をどうするのか、そこで発表になるようだから。
継承権がどうあれ、早くお披露目したいことでもあるだろうし」
ケリーがぴくっと反応した。
いよいよシェリーの身分が決まる。
「王族として爵位のみを与えるのか。それとも王位継承権なのか。
グラントはどっちがいい? 私が希望通りに手を回してもいいのだよ?」
「要りません。それより呪符を完成させないといけないのです」
手を休めがちなおじさんに物申した。
「シェリーがこの先安全に暮らしていけるなら、王位の継承権なんてどちらでもいいです。
彼女が望んでいるなら叶えたいですけど」
「グラントは欲がないんだねえ」
つまらない。
「私が手伝うことがあまりなくて退屈なのだよ」
魔物はそんなことを呟く。グラントは札を示した。
「あと少しです。お手伝い願います」
「そうではなくてねえ、グラントの人生を手伝いたいのだ」
「目下のところ呪符を」
今度はケリーがふと手を止める。
「私たちのレディも踊りますか? 杖で?」
「踊れた方がいいけれど、杖は難しいね。
杖なしでは全く歩けないのかな?」
「平らなところでは平気です。
ただ、ちょっとした床の素材の違いでバランスを崩すことがあります。
そういった時が怖いのです」
シェリーに付き添うことがある彼女は心配そうなため息と共に話した。
侯爵はふうん、と言ってから招待状を見る。
「舞踏会の主催者は王陛下ではないね。
第二王子妃殿下だ。格式もそれほど高くない。
貴族の家で催されるようなものだよ。
きっとここから参加する者の方が多いのだろうね」
舞踏会に正式な招待状はなかった。
従僕に通してもらいさえすれば誰でも入れる。
そこで仲良くなれれば、シェリーの交友関係は一気に広がる。
「グラントが最初にパートナーとして踊ってあげるといいね」
侯爵は演目を追いながら言う。
「シェリー殿下も踊れるのだと見せつけてやりなさい。
先に手本を示してやれば、次に彼女を誘う奴が下手くそなんだと思ってもらえる」
「貴族の方々にですか? 気が重い話です」
グラントは札の山をいったん綺麗に揃えた。
「それに、やっかみを受けるくらいならまだいいです。
あの装具をつけたシェリーの相手は、初対面では難しいのでは」
木製の重い装具。
練習したからそれを顔に出さずに操れる。
練習したから避けて支えられるのだ。
「わたし以外の男子がお相手したら、まず重さに驚くかな。
知らずに近づいてもし体に当たれば凶器です」
春、きちんとした義肢作りの職人に依頼したのである。
欠損した体に当て物は容易だが、形成不全の場合は難しかった。
今のところウーシーが作ったもの以上の装具はない。
「その修道士はどのように装具を作ったのだい?」
侯爵の質問は単純な興味だった。
だが、グラントの視線はケリーを見て、アッシャーへ戻る。
言いにくそうに「内緒」と訴えた。
「趣味を追求しまして」
要領を得ないグラントの答えにケリーは眉をひそめる。
「ウーシーはまた変なことしたんですか?」
「必要な研究ですよ」
ちょっと協力したらしい魔法使いは口が重かった。
「とにかくです。
今の装具ではみんなで踊る演目は難しいです。
ワルツくらいなら、わたしが支えます。
でもわたしは踊り方を知らないので、支えるだけです。
シェリーにリードしてもらえればごまかせるという感じです」
「そうか」
侯爵の嬉々とした声がかかる。
「私が講師をプレゼントしよう。
これから三月の間、グラントとシェリーを指導するダンスの講師。
ねえ? どうかな? 連れ回して練習できるよ」
どうかな、という割にはもう彼の中では決定事項だった。
すぐに従僕を呼んで連絡を取る。
「そんな迷惑な顔をしないで受け取って。グラント。
シェリー殿下に恩を売ることは純粋な善意からじゃないから。
打算やずるさに感謝も引け目も感じなくていい」
「どういう心持ちですか」
呆れた自分の気持ちを放っておいて、グラントは文字を書き進めた。
すっかり呪符作りから手が離れてしまった侯爵は新たな手紙を取る。
「ああ……、グラントに一番関わりがあったのはこれだった」
家人からの急報だった。
巻いただけの紙を広げる。
「隣の国で海軍の大将によるクーデターが起こった。……昨夜のことだ。
すぐに王宮を封鎖し、国軍と市街戦に突入している」
「……結果はまだ?」
「追って来るだろう。クーデターが成功すれば、リケはなしかな?」
「分かりません。王の側の残党が来る場合もあります。
早く呪符を作ってしまって」
きつめに言われて、おじさんはまたペンを手に持った。
「ケリー、これを牢獄に持っていって、警吏と共に貼りつけてくれる?
手首の、外側。きき手じゃない方に。名簿と照らし合わせて」
「はい」
数を数えてまとめられた呪符を、名簿で巻いてケリーは席を立つ。
これを連れていく囚人に貼るのが目的で作っている。
逃走すれば煙が立つ。
「警吏と囚人たちに差し入れを配って。
貼るのを手伝ってくれた警吏には駄賃を忘れないようにね。
裁判官にはお礼の品を。途中にある店に頼んである」
ケリーは頷いて立ち上がる。
「では、私は行ってまいります」
「ありがとう。
わたしもここを書き終えたらすぐ牢獄へ向かうから」
ケリーは元気よく屋敷を出て行った。
「アッシャー卿は、隣の国にまで使いを送っているのですね」
残りの呪符を作りながらグラントが言う。
「隣の国なんて、最低限だよ。気になる地域があればもっとつかわせる」
それは、戦を何度か経験した者だから感じる必要なのか。
祖国で長い戦乱を幾度か体験して、生き残ってきた魔物。
「たとえ海が隔てていてもですか?」
「魔物がひと息で飛べないほどということ?」
侯爵は小さく唸った。
「海の中継なら海の魔物を従わせるかなあ」
「なるほど」
彼は強い魔物なのでどんな状況にも大して困らない。
呪符の数が揃ったので、グラントはそれを袋に入れた。
道具を片付けて侯爵へお礼を述べる。
「本日も大変お世話になりました。
しばらくお会いできませんが」
やや力をこめて、会えない、と念を押したつもりだった。
「息災を祈ります」
「今日中に講師を派遣する。リケに連れて行ってやって」
「……、ありがたく、頂戴いたします」
もう断ったらこの方がついて来かねないので受け取った。
屋敷から馬車が出る寸前に従者がやって来る。
主人の許しを得て巻紙を開いた。
「隣国より知らせが入りました。
クーデターは鎮圧され、大将が逃走。
港から15隻出航したとのことです」
「そうか……。全部来るとは限らないけどね。
まっすぐリケに向かったら3~4日後だ」
「ありがとうございます、閣下」
グラントはすぐに馬車へ乗り込む。
80人乗りが15隻。最大1200人の兵士が来る。
ここからリケまでは船の方が早い。
遅くとも二日。風向きによってはその日のうちに到着できた。
バレットに戻ると、侯爵の派遣した講師の方が先についていた。
国王陛下名義の招待状を手に狼狽えていたポーターを宥める。
エムリンを呼んで今後の予定を話した。
一緒に参戦したいと言われたが、彼は残していく。
返事を待っている最中の用事があった。
ウーシーとレイが戻ったらすぐに元囚人を乗せて出発する。
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剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
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