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麦秀に寄す心
名もないところ
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リケの牢獄は小さい。
「収容所がないんだよ……」
領主は項垂れていた。捕えられたのはあなたですか? という雰囲気が出ている。
軍艦八隻で、攻めてきた兵数は600人程度。
八割方生き残った。
リケの牢獄の収容人数をそれだけで上回るという。
初夏とはいえ、夜は冷える。
足を繋いだ敵兵の間に囲炉裏を設置するが、虐待と言われないか心配になった。
簡易な柵を作ってテントを立てて見張る。
リケの兵はそんなこと初めてで、どぎまぎしながら任務に当たった。
「初々しすぎ」
負傷の手当てをしてもらったガンナーがけらけら笑う。
「リケには商船しかない。戦うなら陸上での防衛という形になる。
しかもメイソンなら戦える人間を自分の家族につけてしまう。
普段ノコギリ握っている集団なら、こちらが少数でも勝てる。
……間違ってたかな。わたしの予想は」
グラントを見て尋ねた。
「一つの筋としては、正しいでしょうね」
まさに今回、メイソン卿は訓練した兵士を全て自分の屋敷の守備に充てようとした。
敵がそのつもりでくる箇所には機能する部隊を置きたい。
ケイレブが説得したのだ。
港に精鋭を置いて食い止めた方が万が一逃走する時の時間が稼げる。
毛ほどの差だが。
とは口には出さなかった。
港の見張りの塔の最上階に連れてこられていた。
そこからはリケの全体がよく見える。
朝に始まった戦闘は夕刻には鎮まった。
大変な作業はそこからで、今も終わっていない。
負傷者の手当ては徹夜になりそうだ。
「仮にもその方は大将だったんだからな。メイソン、天蓋つけろ」
ベッドの用意をする元同僚にそんな要求を繰り出す。
ガンナーが騎士団を辞めた時、まだ新人だったのがメイソン卿だ。
メイソンは困った顔をしながらも従僕たちに何か言いつける。
先に設られた寝台の上には意識のない大将が寝ていた。
「こんなところに天蓋付きベッドなんて、無理ですよ」
見張り窓の下に革張りの椅子を置く。
グラントはそこにケガをしたあに弟子を座らせた。
「だいたい、不名誉除隊した人間なんでしょう?
今は、メイソン卿の方が、えらいんです」
見張り台なので、本来は細い簡易ベッドが二台、端に置いてあるだけの部屋である。
そこに立派なベッドとストーブ、椅子を運べというのだ。
「グラントは意外と心が強いね」
「国王宛に嘆願書をお願いします」
軽口は無視して小さな文机を目の前に設置する。
グラントの後ろから入ってきたレイが手紙のセットを置いた。
「おまえたちが揃うと本当に狭苦しいな。どっちか去ってくれないか」
狭苦しくした張本人が不平を言う。
嘆願書の内容を指示できるのはレイだが、魔法使い相手に見張りをするならグラントがいたいところだった。
「レイ、宝飾品の類とか、呪符とか、持ってたら取り上げて」
魔力を持っているものは、レイにも分かる。
グラントは見張り窓をひとつずつ確かめた。
先ほど埃を払われたばかりで、おかしいところはない。
南の方角の窓を開けた時、森の奥の景色に首を傾げた。
夜空に明るい光が照らし出されている。
煙も上がっていた。
西の方角も開ける。点々と、あかりの灯る箇所が見えた。
「……ここはほぼ辺境の伯爵領」
グラントの呟きに、レイも同じ方向を見る。
「レイ、あれは戦の火ではない?」
グラントが確認した。
「人は住んでいないはずだ。あのあたりは海に怪物が出ると言われていて。
船はずっと沖を通る。人がいる気配を感じたことはないな。
海から見えるところは朽ちている」
「でも……」
グラントは何故かそこに行かなければならない気がして息を詰める。
「ねえ、国を出た軍艦は十五隻。ここへ現れたのは八隻。
あと七隻は? ガンナー」
「ん?」
レイに協力していたガンナーは言い訳を考えるように視線を巡らせた。
「何だって? よく聞こえなかった。
ほら、さっき、鼓膜が破れたから」
かまされた冗談にグラントは口を引き結ぶ。
「片方だけでしょう?」
杖で床を叩くと僧侶を出した。
「耳がまだおかしいそうだ」
神官姿の人影は、不機嫌そうに眉を顰めて耳を確かめ始める。
ガンナーは唖然と口を開いた。
「これ、精霊ではなくてグラントの魔力なんだろう?
どうしてこんなに本物っぽいんだ?」
「そっちの方が楽しいからです。
それで、あと七隻はどうなりましたか」
「港で撃沈されてしまったり、まあ、そんな感じで。
怪物も、ね、いたし。大きいのが」
レイが厳しい顔でガンナーを見る。
「何隻が領土に入った」
手に持っていた書類の中から海図を一番上に出した。
「さあ、それは本当に知らない。勝手に離脱したやつが出た。
副官やってた人間が」
では、最大560人が領土に侵入している。
「半分いなくなってもメイソンなら大丈夫と思ってしまったんだ。
実際何人が離脱したかなんて確認してない。
殴りに行くのは後でいいからね」
グラントは考え込みながら窓を閉めた。
レイと同時に口を開く。
「わたしは陸路であちらへ向かう」
「私は後から海路で行く」
なんだか伝わってそうだから、説明はいいか。
「面倒な作業を全てレイに押し付けてしまうけど」
「構わない。早く出ろ」
扉を出ようとしたグラントにガンナーが声をかけた。
「ケガ、大事にしてな。兜で殴られたんだろ? それ」
後頭部を指して笑みを見せる。
一瞥した後で顔を背けたグラントは黙って階段を下りた。
「グラント」
レイが追ってきて呼び止める。
「剣でやられた傷なら、私にもある。
ケイレブなんか、新人が戯れで放った槍が当たって気を失ったことがある」
「……何」
足を止めないグラントを掴んで、レイは言った。
「幻術使いが幻術にかかったからって恥じなくていい。
術を破って帰ってきたのはグラントだ。前を見ていろ」
そういえばエリカにも注意されたっけ。
うまくできなかったことを抱え続けて俯くのが癖だった。
そんなの全然恥ずかしくない。
ずっと言い聞かせてくれた。
前を見るのよ。
しばらくレイを見つめたグラントは、小さく答える。
「そうする」
港ではウーシーがストーブに当たっていた。
八隻のガレー船をスロープに引き揚げ終えて満足そう。
グラントを見るとぱっとケープを脱いで走り寄ってくる。
「血は止まったか。きれいになったなー。よかった」
痛い? まだ痛い? と親友は傷を見ようとした。
グラントの魔法は傷を塞ぐだけ。
治癒はしない。
「痛い。首から上が全部痛い。あと、誰だ、これやったの」
腕に彫られた名前を見せる。
「あーそれ、レイじゃない? グラントに思い出せーって言ってた」
こんなに深い傷にすることなくない?
グラントはそっと腕を押さえた。
まあまあ、と言ったウーシーは、グラントにケープをつける。
魔王は、ちょっと呆れているようだ。
ベルトから杖を引き抜いて、海の方へ向ける。
「わたしはこれからすぐ南へ向かう」
海の底に沈む有象無象を陸地に引き寄せた。
「俺も行く」
カバンを取ってこようと帆船に向かいかけるウーシーを、グラントは止める。
「ひとりで」
驚いて親友は振り返った。
「危ない。ケガしてるんだよ?」
「でもひとりで行く。ウーシーは急いで船や武器を整備しなきゃならない。
兵士の身元確認だってすぐやらなければ。
南の方に約半数が上陸したようなんだ。のんびりしていたらリケにくるかも。
帆船を整備し直してから、沿岸を南に向かってくれ。そちらの港で合流しよう」
「尚更行かせられないよ。何言ってんの? 半数って、500人てこと?」
「戦ってるみたいなんだ。誰かが。国境で」
ウーシーが息を呑んだ。
そして、次には目を輝かせる。
「すげーね。名もなき軍隊かー」
「すぐ行って確かめたい」
「分かったけど、無理するな? 敵に見つかったら」
「幻術で逃げる」
そう言って笑った時、小さく心臓が痛んだ。
「グラント。グラントは魔法使い。忘れるなー」
ウーシーが背中を叩いて言い聞かせる。
「祈りが必要なら」
「ウーシーの顔だけで十分」
「そうかー」
海からいろいろなものが出てきた。
軍艦の間をすり抜けてくる様はなかなかの恐怖で、リケの兵士たちが悲鳴を上げる。
「じゃあ、あとは頼むね」
僧侶を出して負傷者のそばを通った。
できるだけ治療を施していく。
グラントは領地の南の出入り口へ向かった。
「収容所がないんだよ……」
領主は項垂れていた。捕えられたのはあなたですか? という雰囲気が出ている。
軍艦八隻で、攻めてきた兵数は600人程度。
八割方生き残った。
リケの牢獄の収容人数をそれだけで上回るという。
初夏とはいえ、夜は冷える。
足を繋いだ敵兵の間に囲炉裏を設置するが、虐待と言われないか心配になった。
簡易な柵を作ってテントを立てて見張る。
リケの兵はそんなこと初めてで、どぎまぎしながら任務に当たった。
「初々しすぎ」
負傷の手当てをしてもらったガンナーがけらけら笑う。
「リケには商船しかない。戦うなら陸上での防衛という形になる。
しかもメイソンなら戦える人間を自分の家族につけてしまう。
普段ノコギリ握っている集団なら、こちらが少数でも勝てる。
……間違ってたかな。わたしの予想は」
グラントを見て尋ねた。
「一つの筋としては、正しいでしょうね」
まさに今回、メイソン卿は訓練した兵士を全て自分の屋敷の守備に充てようとした。
敵がそのつもりでくる箇所には機能する部隊を置きたい。
ケイレブが説得したのだ。
港に精鋭を置いて食い止めた方が万が一逃走する時の時間が稼げる。
毛ほどの差だが。
とは口には出さなかった。
港の見張りの塔の最上階に連れてこられていた。
そこからはリケの全体がよく見える。
朝に始まった戦闘は夕刻には鎮まった。
大変な作業はそこからで、今も終わっていない。
負傷者の手当ては徹夜になりそうだ。
「仮にもその方は大将だったんだからな。メイソン、天蓋つけろ」
ベッドの用意をする元同僚にそんな要求を繰り出す。
ガンナーが騎士団を辞めた時、まだ新人だったのがメイソン卿だ。
メイソンは困った顔をしながらも従僕たちに何か言いつける。
先に設られた寝台の上には意識のない大将が寝ていた。
「こんなところに天蓋付きベッドなんて、無理ですよ」
見張り窓の下に革張りの椅子を置く。
グラントはそこにケガをしたあに弟子を座らせた。
「だいたい、不名誉除隊した人間なんでしょう?
今は、メイソン卿の方が、えらいんです」
見張り台なので、本来は細い簡易ベッドが二台、端に置いてあるだけの部屋である。
そこに立派なベッドとストーブ、椅子を運べというのだ。
「グラントは意外と心が強いね」
「国王宛に嘆願書をお願いします」
軽口は無視して小さな文机を目の前に設置する。
グラントの後ろから入ってきたレイが手紙のセットを置いた。
「おまえたちが揃うと本当に狭苦しいな。どっちか去ってくれないか」
狭苦しくした張本人が不平を言う。
嘆願書の内容を指示できるのはレイだが、魔法使い相手に見張りをするならグラントがいたいところだった。
「レイ、宝飾品の類とか、呪符とか、持ってたら取り上げて」
魔力を持っているものは、レイにも分かる。
グラントは見張り窓をひとつずつ確かめた。
先ほど埃を払われたばかりで、おかしいところはない。
南の方角の窓を開けた時、森の奥の景色に首を傾げた。
夜空に明るい光が照らし出されている。
煙も上がっていた。
西の方角も開ける。点々と、あかりの灯る箇所が見えた。
「……ここはほぼ辺境の伯爵領」
グラントの呟きに、レイも同じ方向を見る。
「レイ、あれは戦の火ではない?」
グラントが確認した。
「人は住んでいないはずだ。あのあたりは海に怪物が出ると言われていて。
船はずっと沖を通る。人がいる気配を感じたことはないな。
海から見えるところは朽ちている」
「でも……」
グラントは何故かそこに行かなければならない気がして息を詰める。
「ねえ、国を出た軍艦は十五隻。ここへ現れたのは八隻。
あと七隻は? ガンナー」
「ん?」
レイに協力していたガンナーは言い訳を考えるように視線を巡らせた。
「何だって? よく聞こえなかった。
ほら、さっき、鼓膜が破れたから」
かまされた冗談にグラントは口を引き結ぶ。
「片方だけでしょう?」
杖で床を叩くと僧侶を出した。
「耳がまだおかしいそうだ」
神官姿の人影は、不機嫌そうに眉を顰めて耳を確かめ始める。
ガンナーは唖然と口を開いた。
「これ、精霊ではなくてグラントの魔力なんだろう?
どうしてこんなに本物っぽいんだ?」
「そっちの方が楽しいからです。
それで、あと七隻はどうなりましたか」
「港で撃沈されてしまったり、まあ、そんな感じで。
怪物も、ね、いたし。大きいのが」
レイが厳しい顔でガンナーを見る。
「何隻が領土に入った」
手に持っていた書類の中から海図を一番上に出した。
「さあ、それは本当に知らない。勝手に離脱したやつが出た。
副官やってた人間が」
では、最大560人が領土に侵入している。
「半分いなくなってもメイソンなら大丈夫と思ってしまったんだ。
実際何人が離脱したかなんて確認してない。
殴りに行くのは後でいいからね」
グラントは考え込みながら窓を閉めた。
レイと同時に口を開く。
「わたしは陸路であちらへ向かう」
「私は後から海路で行く」
なんだか伝わってそうだから、説明はいいか。
「面倒な作業を全てレイに押し付けてしまうけど」
「構わない。早く出ろ」
扉を出ようとしたグラントにガンナーが声をかけた。
「ケガ、大事にしてな。兜で殴られたんだろ? それ」
後頭部を指して笑みを見せる。
一瞥した後で顔を背けたグラントは黙って階段を下りた。
「グラント」
レイが追ってきて呼び止める。
「剣でやられた傷なら、私にもある。
ケイレブなんか、新人が戯れで放った槍が当たって気を失ったことがある」
「……何」
足を止めないグラントを掴んで、レイは言った。
「幻術使いが幻術にかかったからって恥じなくていい。
術を破って帰ってきたのはグラントだ。前を見ていろ」
そういえばエリカにも注意されたっけ。
うまくできなかったことを抱え続けて俯くのが癖だった。
そんなの全然恥ずかしくない。
ずっと言い聞かせてくれた。
前を見るのよ。
しばらくレイを見つめたグラントは、小さく答える。
「そうする」
港ではウーシーがストーブに当たっていた。
八隻のガレー船をスロープに引き揚げ終えて満足そう。
グラントを見るとぱっとケープを脱いで走り寄ってくる。
「血は止まったか。きれいになったなー。よかった」
痛い? まだ痛い? と親友は傷を見ようとした。
グラントの魔法は傷を塞ぐだけ。
治癒はしない。
「痛い。首から上が全部痛い。あと、誰だ、これやったの」
腕に彫られた名前を見せる。
「あーそれ、レイじゃない? グラントに思い出せーって言ってた」
こんなに深い傷にすることなくない?
グラントはそっと腕を押さえた。
まあまあ、と言ったウーシーは、グラントにケープをつける。
魔王は、ちょっと呆れているようだ。
ベルトから杖を引き抜いて、海の方へ向ける。
「わたしはこれからすぐ南へ向かう」
海の底に沈む有象無象を陸地に引き寄せた。
「俺も行く」
カバンを取ってこようと帆船に向かいかけるウーシーを、グラントは止める。
「ひとりで」
驚いて親友は振り返った。
「危ない。ケガしてるんだよ?」
「でもひとりで行く。ウーシーは急いで船や武器を整備しなきゃならない。
兵士の身元確認だってすぐやらなければ。
南の方に約半数が上陸したようなんだ。のんびりしていたらリケにくるかも。
帆船を整備し直してから、沿岸を南に向かってくれ。そちらの港で合流しよう」
「尚更行かせられないよ。何言ってんの? 半数って、500人てこと?」
「戦ってるみたいなんだ。誰かが。国境で」
ウーシーが息を呑んだ。
そして、次には目を輝かせる。
「すげーね。名もなき軍隊かー」
「すぐ行って確かめたい」
「分かったけど、無理するな? 敵に見つかったら」
「幻術で逃げる」
そう言って笑った時、小さく心臓が痛んだ。
「グラント。グラントは魔法使い。忘れるなー」
ウーシーが背中を叩いて言い聞かせる。
「祈りが必要なら」
「ウーシーの顔だけで十分」
「そうかー」
海からいろいろなものが出てきた。
軍艦の間をすり抜けてくる様はなかなかの恐怖で、リケの兵士たちが悲鳴を上げる。
「じゃあ、あとは頼むね」
僧侶を出して負傷者のそばを通った。
できるだけ治療を施していく。
グラントは領地の南の出入り口へ向かった。
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